第70話『孫大人と乾杯』

銀河太平記・058


『孫大人と乾杯』 児玉元帥   






 JRと言います……



 胡旋舞に似た激しいダンスパフォーマンスが終わって、満場の拍手になると、孫大人が呟いた。


「プ、JRですか(^0^;)!?」


 ほとんどふき出しかけながらコスモスが驚く。


 ダンサーの名前だとは分かるが、NT(日本鉄道)の昔のイニシャル、JRがNTに変わった経緯までは触れないが『時代遅れ』の隠語であると言えば、その名前がふざけていることが分かる。


「シリアルの頭文字なだけなんですが、わたしも本人も気に入っておりますよ(^▽^)」


 わたしには分かる。


 あのダンサーはレベルマックスのロボットだ。それも、わたしのボディーと同じ敷島教授の作品。


 名称からも類推できるが、おそらくはJQの後継機。おそらくPI(パーフェクトインストール)の能力がある。PIされているとすれば、本質的には、もうロボットとは呼べないだろうが。


「でも、演舞集団と名乗っておられるんですから、他にもメンバーはいるんですよね?」


 コスモスがカクテルを傾けながら聞く。


「JRにばかり金と手間がかかりましてね、まだ、みなさんにお見せできるほどのものではないんで、裏をやってもらってます」


「うら?」


「照明とか音響?」


「それもですが、満州の平原とか双鉄(レール)、それにアジア号とか、ステージのパフォーマンスに関わる全てです」


「ホログラムエンジニアでしょうか?」


「これをご覧ください」


 孫大人が指をワイプさせてインタフェイスを出す。画面にはシアター内の空気組成を現すグラフが出ている。


「ん……?」


 百を超える組成がリアルタイムで表示される。


 酸素 窒素 二酸化炭素 アルコール……宇宙船のシアターなら当然含まれるであろう組成が続く。


 鉄分……セルロース……え?


 あっても不思議ではないが、常識では考えられない分子がけっこうな量で混ざっている。


 これは、鉄路の敷かれた満州の大気組成そのものだ。ホログラムというのはリアルではあるが、単なる視覚情報を操作しているだけで、空気の組成までは変えられない。


 つまり、あの草原やレール、アジア号は実在していたということになる。


「いやはや、まだまだオモチャのレベルですがね、完成すれば、すごいエンターテイメントになると思うんですよ」


 いや、もうエンタメのレベルではないだろう。


「大人が神戸でおやりになろうと思っていらっしゃるのは、どのような?」


 コスモスが目を輝かせる。


「いや、ほとんど趣味のレベルですよ。神戸や宝塚のグッズを扱ってみようかと思っています。宝塚のファンは火星でも根強いですからね」


「それなら、うちの商売もイッチョカミさせていただけるかも。ねえ、お姉ちゃん?」


「そうね、うちも大阪のグッズを掘り起こしてみようかしら」


「では、これからもよろしくということで」


「乾杯しましょうか、お姉ちゃん(^▽^)」


「ええ……あら、フェイクビールですか?」


「アハハ、バレましたか、すっかりアルコールが弱くなって、まあ、歳なんで勘弁してください」


「ええ、もちろん」


「じゃ」


「「「かんぱーい!」」」


 控え目にグラスを合わせる。


 乾杯のあと、互いにレベル2の情報交換。ま、昔の名刺交換のようなもの。


 越萌マイがわたし、越萌メイがコスモスという名乗りである。


 擬態とはいえ、わがシマイルカンパニーの程よい門出になった。


 JRが同席するかと思ったが、まあ、大きいとはいえ宇宙船、会う機会もあるだろう。




 それから月を経由して地球に着くまでは平穏な旅だったが、JRに会うことは無かった。





※ この章の主な登場人物


大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

扶桑 道隆             扶桑幕府将軍

本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓

胡蝶                小姓頭

児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ

森ノ宮親王

ヨイチ               児玉元帥の副官

マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)

アルルカン             太陽系一の賞金首


 ※ 事項


扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略

扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信





 

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