第62話『ミクの父』

銀河太平記・050


『ミクの父』  ミク   






 お父さんの機嫌が悪い。




 どのくらい悪いかと言うと、飲み終わった湯呑を握りつぶしてしまうくらい。


 バギ!


「あー、せっかくお土産に買ってきた備前焼なのにい!」


「あ、ああ、すまん」


 そう言うと、破片を集めて袋に入れる。こまごまとした破片も、年寄りがするみたいに、お煎餅の欠片を集めるようにしてテーブルを撫でる。年寄じみて見えるんだけど、こういうお父さんも嫌いじゃない。


 ないんだけどね……


「いいよ、浅草で買ってきた安物だから」


「いや、それでもな……浅草の備前なんて貴重じゃないか」


 ちょっと嫌味っぽい。


 あたしも嫌味っぽかったかも。お父さんが機嫌悪くなるのは、たいてい仕事の後の賭けマージャンだからね。


 でも、たまに、仕事上の事だったりするから、とりあえずは黙ってる。


 犠牲になったのは、修学旅行の二日目に浅草で遊んで、たまたま見かけたアンティークの店先に特売で出ていたやつ。


 そんなに古いもんじゃない。満州戦争のころに作られたというだけの広島のお土産品。


 備前焼は、古くは水ガメや水道の土管なんかにも使われていて、丈夫にできている。


 それを握りつぶしてしまうんだから、よっぽどムカついているんだ。


 でも、仕事の事は、お父さん言わないし、こちらから聞かないことが、我が家の不文律だ。


 たとえ、不首尾だった賭けマージャンでもね。たぶん、仕事の憂さ晴らしだし。




 これ、ミクのお父さんじゃないか?




 昼休みの食堂、二つ目の焼きそばロールをパクつきながらダッシュがハンベを示す。


 ちなみに、一つ目の焼きそばロールはテーブルに着くまでに胃袋に収まっている。


「なに?」


 天ソバにトンガラシを振りながら、あたし。


「ああ、それなあ」


 ヒコが、子供用の椅子を置くと、犬ころのようにテルが収まって、ハンベを覗き込む。


 ズルズル~ ムシャムシャ ハグハグハグ……


 四人、それぞれ違う昼ご飯を食べながら、ハンベに出ているSNSの記事に注目。


 扶桑の西部丘陵でマス漢戦争の古戦場が発見され、そこから複数の遺体が発見されたというもの。


 火星は、地球より大気が薄い分、降り注ぐ紫外線が多く、生物の遺骸は、驚くほど早く分解される。


 それが、砂嵐に埋もれて、ほぼ完全な姿で発見されたというものだ。


 遺体は扶桑軍の五人の兵士で、全員が手足を拘束され、一体は首が切られて、女性兵士は下半身の衣類を付けていなかった。


 あ……お父さん、この遺体の検視をやらされたんだ……。




 お父さんは町医者だけど、若いころに監察医務院の勤務経験があって、ときどき不審死の検視をやっている。


 ビジネスライクにこなしているんだけど、たまに惨いのを検視した後にブチギレる。


 たぶん、賭けマージャンすらもやらないで、そのまま帰ってきたんだ。


 文句言わないでよかった。




 あれ?




 家に帰ると、壊れたはずの備前焼がダイニングの棚の上に置いて……いや、飾ってある。


「直したんだ」


 朝とは、打って変わって、にこやかにお父さん。


「どうやって?」


「まあ、見てみるといい」


 恐るおそる持ち上げて、驚いた。


 まるで、電気が走ったみたいに金色の稲妻が茶碗の肌を走っている。


「どうやったの?」


「金継って手法でな。金の針金と漆で直すんだ、かえって良くなっただろ」


「う、うん」


 でも、思った。


 金の針金と漆だよ。


 きっと茶碗の値段の十倍……もっとかかってるかもしれない。




 ひょっとして!?


 そう思って、医院の方の玄関に周る。


『本日休診』


 ああ、仕事休んでまで……。


 ため息をついていると、カチャカチャとツッカケの音。


「今から営業だ」


 休診の札を回収するお父さんだった。





※ この章の主な登場人物


大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓

胡蝶                小姓頭

児玉元帥

森ノ宮親王

ヨイチ               児玉元帥の副官

マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

アルルカン             太陽系一の賞金首


 ※ 事項


扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略

扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

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