第61話『赤さびの露頭』

銀河太平記・049


『赤さびの露頭』  バルス   






 自分が聞くのが一番だと思った。



 マース戦争で死にかけた自分は、ほとんどロボットだ。


 ほんのわずかに残った脳組織を生かして人がましくファルコン・Zのパイロットをやっているが、どこまでが人間としてのバルスの判断か、バルスのスキルをコピーしたPCの判断か分からない。


 児玉元帥のようにPI(パーフェクトインストール)をしていないので、自分の言動・思考・能力が自分のものであるという確信がない。


「バルスのオペは独創的だ」


 船長が言ってくれているので、操縦と戦闘に関するスキルには、まだ人間バルスの創造性が残ってはいるんだろう。


 操縦や戦闘は個人的なスキルだ。いわば、兵や下士官のスキルであり、戦術を担う左官や、戦略的意思決定を任せられる将官級のスキルではない。そういうものは船長が担っていればいい。


 自分の生き残った脳細胞の寿命は、そう長くはないだろう。


 自分のスキルは兵・下士官のそれであるから、換えはいくらでもある。


 ひがみで言うわけではないが、ファルコン・Zのチームで、一番互換性があるのが自分だ。


 昼食後、殿下が「ちょっと遠乗りをして帰りたい」とおっしゃったので、自分一騎だけがお供することになった。


 全員がベースを空けるのは二時間を限度としているからだ。





「すまないね、わたしの我がままに付き合わせて」


「いえ、殿下が見分を広められるのは、火星のためにも地球のためにもなることです」


「アハハ、そんな意気込みは無いよ。これからは火星での隠遁生活だからね、運動を心がけていないと、すぐに太ってしまう。森ノ宮親王家はデブの家系だからね」


「そうなんですか、そのようには見えませんが」


「明治大帝の死因を知っているかい?」


「はい、恐れながら糖尿病であられたと兵学校で習いました」


「うん、そうなんだ。うちは、その明治大帝の素因を受け継いでいるらしい。父はそうではなかったけど、祖父は肥満の傾向があって、食事制限や薬が欠かせなかったからね。僕は食いしん坊の我がままだから、食事制限なんてまっぴらごめんだから」


 殿下は体質についておっしゃられているが、受け継がれている素因は体質だけではないと思う。


「バルス君、あの丘の麓だけが、微妙に砂の色が違うと思うんだけど、気のせいかなあ」


「あれはマース戦争でマス漢の機甲部隊が潜んでたところです。わが軍の試製パルス弾の直撃を受けて鉄屑になったものが劣化して酸化第二鉄の砂のようになってしまったものです」


「あんなになってしまうものなんだね……」


「非鉄パーツはチーチェの餌食になってしまいました。初期チーチェはPCやICチップをそのまま使っていましたから」


「そうなんだ……」


「あそこに行ってもいいかい?」


「はい、お供いたします」




 殿下は、麓に着くと、馬を下りて、端正な姿勢のまま歩かれた。


 遠くから見れば赤茶けた砂地なのだが、現場に立ってみると、まだまだ砂に還らない破片や残骸が散らばっている。


「これは軍服の切れ端だね」


 一群れのボロを持ち上げられる。軍服の生地は対紫外線の繊維が使われているので、鉄がボロボロになった中でも、ある程度は残っている。


「タグが残っている……七号サイズ……小柄な女性兵士が着ていたんだね……紫外線が強いから、骨は分解されてしまったんだろうね」


 マース戦争のころは、ロボット兵は補助的な役割で、第一線には生身の兵隊が数多く送り込まれていた。


「先月の砂嵐で、丘の一部が露頭して、地形が変わって崩れやすくなっています。お気をつけください」


「うん、ありがとう」


 殿下は、露頭部分がお気になるようで、お近づきになると、露頭からはみ出ているボロを引っ張り出された。


 ザザザーー


「危ない!」


 露頭が崩れ落ちるので、庇おうと思ったが、殿下は身軽に身を避けられる。


「これは……」


 露頭から出てきたボロは、ほぼ完全な数体分の軍服。


「扶桑軍……」


 早くに埋もれてしまって紫外線の影響をうけていない、それは、まだ、しっかり形を保っていて、中身があった。


 つまり、ミイラ化した扶桑軍兵士のそれであり。ミイラはことごとく手足を結束されたままで、そのうちの一体には首が無かった。


「捕虜になった人たちだね……」


 ミイラは七体分あって、軍服から、二人が男性。三人が女性であることが分かる。


 首を切られていたのは男性で、曹長の階級章を付けている。


 それに、女性兵士の三体分は下半身が露出している。


「惨いことがあったようだね」


 殿下は、ミイラ七体の結束を解いておあげになり、一カ所に集めると「せめて、シートを掛けてあげよう」とおっしゃり、自分も馬の鞍からシートを外し、殿下といっしょに掛ける。


「この悲劇が、又起こるかもしれません」


「そうだね……今度は火星ではないかもしれない」


「女系天皇でなければ、殿下が皇位に就かれておられました」


「…………」


「今上陛下は、よくやっておられるよ」


「はい。しかし、殿下が……殿下を皇位にお付けしようという動きもございます」


「そういうことが起きて欲しくはないから、僕は元帥に無理を言って、ここまで逃げて来たんだよ」


「殿下」


「壬申の乱を起こす気は僕には無い……勘弁してください、バルス君」


「失礼しました……遺体の回収をベースに要請します」


「そうだね、そうしてあげてくれたまえ」




 殿下は、コスモスたちが回収に来るまで振り返られることは無かった。





※ この章の主な登場人物


大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓

胡蝶                小姓頭

児玉元帥

森ノ宮親王

ヨイチ               児玉元帥の副官

マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

アルルカン             太陽系一の賞金首


 ※ 事項


扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略

扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

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