第2話 序・2『北大街のカルチェタラン』
銀河太平記
序・2『北大街のカルチェタラン』
カルチェタラン
初めて看板を見た時は、北大街に店を構える割には抜けていると思った。
カルチェラタンが正しく、カルチェタランはモジリとも言えない誤植めいたものだと十二歳の小学生にでも分かる。いっしょに来た東条は「おまえも酔狂なやつだな」と方頬で笑って部隊に帰ってしまった。
地下への階段を降りて、一坪ほどのエントランスを抜けると、いつもながらキツネにつままれたようだ。
地上の『奉天物産公司ビル』から想像していた倍以上の広さがあるのだ。
種を明かせば、隣接したビルの地下部分を買い取って拡充しただけの事なのだが、ちょっと心地いいフェイクだ。
二十世紀初頭のアールヌーボー風のしつらえと相まって、ちょっと異世界めいた雰囲気がある。
客はマンチュリアの国是のように多国籍めいている。満州系 日本 ロシア 中国 朝鮮 他にもアメリカやヨーロッパの匂いのする奴もいる。よく見ると、ロシア人が日本人のファッションであったり、日本人が漢族めいたコスであったり、アメリカ人が辮髪にしていたり、雑多でいい加減だ。
違法な薬めいたものは軍用ハンベ(腕時計型端末)も感知しないので、見かけの割には健全なのかもしれない。
まあ、地下とは言え北大街に店を構えているんだ、すぐに目につくような違法性があるはずはない。
私服とはいえ、軍人の匂い丸出しなので、気に障るようなリアクションがあるかと期待したが、そういう面白いこともなくステージ上手側のテーブルに収まることができた。
酒と食い物は水準以上で、フライドポテトもチキンもレトロな昭和や平成の味がする。
店のビールを一通り試したころにショ-タイムになって、国籍不明の踊り子たちが素敵なパフォーマンスを披露してくれる。完成度の高さに高水準のホログラムかと疑ったが、軍用ハンベは人間であると教えてくれる。
おや、ロボットでさえ無いのか。ちょっと感心した。
今日日の商用パフォーマンスはロボットかホログラムだ。
もし、二百年前の芸能プロデューサーが居たら、どの子をスカウトしたらいいか目移りがして迷い死ぬだろう。ロボットもホログラムも完成度は高く、かぶりつきのシートで、たまに飛んでくる踊り子たちの汗は、ちゃんと塩辛い。その汗をいちいちハンベで計測でもしない限り人間と変わらない。
しかし、人間の能力というのは凄いもので、今の時代の人間は、割と見破ってしまう。
二百年前にCGが完成の域に達したころでも、ゲーマーやヘビーユーザーはたいていリアルとCGの区別はついたという。見破っても非難するわけではない。うまく騙してくれたことを喜ぶのだ。古典であるファイナルファンタジーが映画化された時、アメリカの俳優ユニオンが「どうだい、いっそ彼女のアクター登録をしないかい?」と言って、ソニーもスクエアエニックスも面白がって、ユーザーは喜んだ。
しかし、それは『よくできている』という賞賛であり、本物に対する評価ではない。
だからこそ、エンタメの世界ではリアルがもてはやされる。
ロボットやホログラムにはスピリットが無いのだ。
スピリット……心ともソウルとも言える、気障に言うと精神そのものだ。宗教者は「人は神との紐帯があるが、作り物には、それが無い」などと云う。
軍人の目から見ると、ロボットはどこまで行ってもロボット。人間の優れたスキルやパターンは憶えられても独創が無い。一見独創に思えても国家レベルの量子コンピューターに掛ければ、どのデータから演繹したか知れてしまう。
だから、軍隊のロボット化は2/3が限度だ。日本のように余裕のない国でも10%は人間の軍人、主に指揮官クラスが人間だ。指揮官を人間にすることで、敵に我が方の編成や作戦を予測されないようにしている。
近代史の冒頭に出てくる第二次大戦。あの戦いでの日本軍は悲惨を通り越して滑稽であった。
負けても負けても、日本軍は夜襲など型にはまった攻撃しかしてこない。米軍は予測された時間、予測された場所で、予測される倍ほどの装備と兵力を配置しておくだけで勝てた。
敗因は指揮官たちの固定概念による作戦と指揮。いわば人間のロボット化であったから笑うに笑えない。
夢想している間にステージパフォーマンスもフィナーレに近くなってきた。
気づくと、ロボットとホログラムが混じっている。やはり、この非常時、カルチェタランと云えど、全てをリアルでやるわけにもいかないのだろう。
「そうでもないわよ」
いつのまにか、店のグランマ(女主人)の美音(ミオン)が横に収まっていた。
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