第43話 蝦夷

 その昔、東北地方一帯を縄張りとして暮らす人々がいた。

彼等は幾つもの部族に別れ、山々を移動しながら狩猟によって

日々の糧を得て暮らしていた。

 彼等の社会には身分の上下はなく、敬うべきは年長の家族、

部族の長、そして自然の中に息ずく八百万の神々の声を聴き、

神託を下す巫女が、部族の重要な決定を司っていた。

 縄張りを巡り、部族同士の小競り合いもあったが、争いを

忌み嫌う巫女達の談合により、数百年の間、彼等は自然と共存

しながら平和に暮らしていた。


 桓武天皇の御代、北への領土拡大を目論んだ朝廷は、坂の上

ノ田村麻呂を総大将とした軍を派遣して、関東を参加に治め更

に東北へ侵略を開始した。

 先住民の彼等を朝廷軍は【蝦夷】と呼び、自分達大和の民と

差別して、圧倒的な武力を持って蝦夷を制圧しようとした

 これに反抗し、最後まで朝廷軍と戦い部族を守ろうとした男

がいた。

 その男の名は阿弖流為アテルイという。

 阿弖流為は地の利を生かし最初は善戦したが、最後は田村麻

呂に捕らえられ京へ連行された。

 しかしこの時田村麻呂が阿弖流為を殺さなかったのは、彼を

天皇に引き合わせ、形だけでも恭順を示させれば、これ以上無

益な戦をせずに済むという思惑があった為とも伝えられる。


 しかし、朝廷の公家達の前に引き出された彼の姿を見て、公

家衆はその異様な姿に恐れ慄いた。

 彼は六尺以上の長身で全身に刺青を施し、その髪は血の様に

赤く、瞳は真昼の空の如く青かった。

––––化け物じゃ、恐ろしや、恐ろしや–––

 公家達は阿弖流為を処刑する事を“お上”に進言し、天皇の命

で阿弖流為は斬首された。


 田村麻呂は最後まで阿弖流為の助命を朝廷に訴えたが、その

甲斐無く処刑が行われると、将軍職を辞しそのまま出奔する。

 その後も朝廷は軍を東北へ派遣したが、たどり着く前に疫病

や天災に見舞われ、多くの兵士達が戦の前に死んでいった。

 桓武天皇はこれを阿弖流為の呪いと判じ、以降東北への侵攻

は見送られた。


 時は流れ、蝦夷と呼ばれた者達は小さな部族に別れ、山の奥

深くで独自の暮らしを守りながら、細々と生き延びていた。

 彼等の中には里で暮らす民と混じり、そのまま里の民となる者

もいたが、陸奥の山には阿弖流為の末裔と称す荒脛巾という部族

が住んでいた。


 彼等は朝廷に最後まであらがった阿弖流為を称え、いつしか彼が

生まれ変わり、再びこの地に山の民の王国を作り上げると信じ

それを子孫に伝え続けた。

 そして––––– 時は流れ阿弖流為と同じ赤い髪と青い瞳の赤児が、

陸奥の山奥で誕生した。



 輝宗が伊達藩の当主となった頃、山中で古い金鉱の跡を見つ

けたと、山に迷い込んだ領内の村人の報告が届いた。


 かつて奥羽の平泉に藤原家が国守として都を築き栄えた時代

がある。

 朝廷をも凌ぐ莫大な財を生み出したのは、奥羽の山奥に金を

産出する金鉱を藤原家が所有していた為である。

 鎌倉幕府を開いた源頼朝は弟の義経討伐の為軍勢を平泉に送り

義経に味方した当主泰衡を処刑した。

 それにより当主しか知ることの無い金鉱の場所を知る者は絶え、

平泉を中心に栄えた奥羽の国は滅亡した。

 しかしその後、奥羽地方を治める豪族達の間ではこの金鉱は、

藤原家が密かに抱えていた山の民によって守られ、今も何処かに

存在するとまことしやかに語り継がれていた。

 

 報せを聞いた輝宗は、古の藤原氏の金鉱かと胸を躍らせ手勢を

金鉱跡がある山へと捜索に向かわせたが、それを阻んだのがそこ

に住み着いていた荒脛巾族だった。


「荒脛巾の族長の名は流威るいと呼ばれていた。おそらく古の蝦夷

の英雄阿弖流為から付けられた名前だろう」

 景綱は実父の名をその様に語り、末路わぬ民として山の奥深く

で英雄を待ち続けながら朝廷への怨念を滾らせ生きてきた一族に

想いを馳せた。

「当初輝宗様は山の民と共存し、その協力を得て金鉱の開発をと

考えていた。身体能力の高い彼等は戦でも大いに心強い味方とな

り得る。だが、流威の率いる荒脛巾族は頑なにそれを拒み、近く

の村を襲うなどして、交戦的な態度を見せ続けた。そして遂に‥

‥‥」

 景綱は痛みに耐える様に目を伏せ、静かに言葉を発した。

「流威は荒脛巾とそれに呼応する部族を率いて、城下を目指して

攻め込んで来たのだ」

「その様な戦があったなど、私は聞いた事がありません。それ程

の大戦ならば、記録に残す筈では‥‥‥」

「残せなかったのだ。攻めて来た彼等の中には女子供達も数多く

居た。それを我等伊達藩の軍勢は‥‥‥鉄砲を使い皆殺しにした

のだ」

「まさか、そんな‥‥‥」

 重長は言葉を失う。政宗の父先代の当主輝宗は名君と誉高い人

物だと聞いていた。そんな輝宗が山の民を女子供迄皆殺しにする

など、信じられない思いで重長は首を振った。


「輝宗様は自ら討伐隊を率いて、荒脛巾等山の民との戦に赴いた。

同じ頃、伊達藩は南の所領を巡り蘆名家と争っていた。蘆名にこ

領土内の合戦が露見すれば、攻め入る隙を与えてしまう。輝宗様

は直ぐにもこの内乱を納めなければならなかったのだ」

 景綱は彼方を見つめ、流威の最後を語る。

「輝宗様の近習だった儂は殿の精鋭達に加わり、僅かな手勢を伴い

山奥へと逃げる流威を追い詰めた。既に数本の矢と銃弾を受け満身

創痍のあの男が、輝宗様に向いこう言った。–––– 我等の血は絶える

事なく生き続け、やがてお前達に仇なす者が再びこの地に生まれる

だろう–––– と、その時その男の目が確かに儂を捕らえた」

 景綱の肩が微かに震えた。

「あの男は儂に呪いをかけたのだ。だから儂は恐れた。いつかこの

身があるいは儂の血を受け継ぐ者が、やがて伊達家に仇なす日が来

るのではないかと」

 景綱は深いため息を吐くと、重長に向き直り再び話を続ける。

「儂はあの男の呪いから逃れる為、身を粉にして伊達家に政宗様に

お仕えして来た。やがて、政宗の当主としての地位が盤石になった

頃、儂に縁組みの話が舞い込んだ」

 景綱は幾分表情を緩め、当時を懐かしむ様に重長の母志津につい

て語った。

「己の素性を偽って生きる儂が妻子を持つなどと、それまで頑なに

それらしき話は断り続けていたのだが、業を煮やした周りの者達に

強引に話を進められ、最後は政宗様に後押しされる形で志津を迎え

た」

 景綱は微笑すると、重長に床の間に置いてある文箱を所望した。

 文箱を受けとった景綱は蓋を開け、中を重長に見せた。

「これは‥‥‥」

 重長が中をあらためると、大小の和紙で包まれた包みと使い古した

黒塗りの櫛が箱の中に治められていた。




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