ルシアンはキスをする

山岡咲美

ルシアンはキスをする(前編)

「おはようルシアンさん、今日も早いのね」


「はい金江かなえさん、おはようございます」


 朝早くアパートの前の道で黒髪に青い目の少年ルシアンは詰襟の制服を着て静かにお辞儀をした。


「もう日本馴れた?」


「ええ、とても良い国ですね」


「そう良かった」


 金江はそのアパートの大家さんだ、ずいぶんと高齢だがまだまだ元気で暫く死なない。



◇◆◇◆



 小枝琉美子こえだるみこは奇跡を見た。


「ルシアン君?」


 中学へと通う車道の真ん中に彼、隣の席のルシアンがたたずんでいた。


 猫?


 ルシアンの足下には黒猫が横たわっている、車にひかれたらしいその猫は体の半分を潰されながらもかろうじて息を繰り返していた、もう助からない……。


「車は? 音がしない……」


 小さな田舎町とは言え朝の通学時間、車が通らないのはおかしいと琉美子は思った、まるでそこにはルシアンと黒猫しか居ないみたいで、そこに居る筈の琉美子本人ですら自分を異物だと感じてしまう空間となっていた。



「もう十分苦しんだね、もう天国に行こう」



 ルシアンがそう言うと黒猫はルシアンを見上げそのまま何かに抱き抱えられる様にくうに持ち上げられ浮いたままルシアンを悲しそうに見つめた。


「大丈夫、僕はみんな天国に贈るよ」


 ルシアンはキスをする、黒猫はゆっくりと光の粒となり天へと昇って行った。



「ルシアン君?」



 道路の中央、黄色のセンターラインに黒猫の死体がある、朝の通勤時間、車がその両脇を少し避けながら通って行く、ルシアンはもうそこには居ない……。

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