夜の営みは高熱
「うっ‼︎」
「蓮くん⁉︎なんで床で寝てるのよ」
雫先輩にお腹を踏まれて目を覚ました。
「雫先輩と寝ようと思って」
雫先輩はムッとした表情で僕を見下ろした。
「自分の部屋があるでしょ」
「そうなんですけど......」
それから雫先輩は何も言わずにキッチンに立ち、テーブルに卵焼きとウインナーを置いてシャワーを浴びて仕事に行ってしまった。
怒っていてもご飯を作ってくれる優しさに、ますます喧嘩してしまったことを後悔して、雫先輩の機嫌を取るために、一人でショッピングモールの雑貨屋にやってきた。
「あ、花屋のお爺さん」
「お?君はー」
「前に、卒業生に花を渡したくて買いに行ったの覚えてませんか?」
「おー、あの時の」
雑貨屋でぬいぐるみでも買ってあげようと思ったが、たまたま花屋のお爺さんと会い、花をプレゼントすることにした。
「今日、花買いに行ってもいいですか?」
「もちろん。1時間後なら店が開いておる」
「分かりました!」
1時間の間、ゲームセンターで時間を潰して花屋に向かった。
「来ました」
「いらっしゃい。今日はどんな花が欲しいのかな?」
「実は、恋人と喧嘩してしまって......花でも買って機嫌を取りたいなって」
「なら、この花にするといい」
お爺さんが持ってきたのは、マーガレットという、中央が黄色く、そこから真っ白な花びらが咲いていている、シンプルで綺麗な花だった。
「綺麗ですね」
「これをプレゼントすれば、きっと仲直りできる」
「それじゃ、これにします!」
「ありがとうございます」
植木鉢に入ったマーガレットを買い、僕は店を出た。
「ありがとうございました!」
「またいつでも買いに来てください」
「はい!」
そのまま真っ直ぐ家に帰り、キッチンの陽当たりの良い場所に置いてみた。
「育て方とか聞けばよかったな」
それから二階に行き、お札のある部屋から2時間かけてベッドをもう一つの部屋に移し、僕のベッドとくっつけて、僕はリビングで雫先輩の帰りを待った。
外も暗くなった頃、雫先輩は「ただいま」も無しで帰ってきた。
「おかえりなさい」
「......」
「ご、ご飯どうします?」
「作るわよ」
雫先輩がキッチンに立った時、花に気付いて、指先で優しく花びらに触れた。
「これ、どうしたの?」
「プレゼントです!」
「......ごめんなさいと変わらぬ想い」
「なんですか?」
「マーガレット。この花の花言葉よ」
雫先輩はニコッと笑い、料理を始めた。
「な、仲直りってことでいいですか?」
「さて、どうかしらね」
「一回火を止めて、二階に来てくれません?」
「なぜ?」
「見せたいものがあるので!」
「分かったわ」
雫先輩を寝室に連れて行き、くっつけたベッドを見せた。
「今日から一緒に寝ましょ!」
「一人で運んだの?」
「はい!かなり時間かかりましたけど!」
「......昨日は私もムキになっていたわ。ごめんなさい」
「僕もごめんなさい」
「でもあのお札、家を建てる時に必ずお祓いみたいなことをするらしいのだけど、そのお札で、怖いものじゃないらしいの」
「そうだったんですか⁉︎」
「お母様がそう言っていたわ」
「まぁ、とにかく仲直りできてよかったです!」
「で、でも、一緒に寝ると......」
「なんですか?」
「蓮くん、寝ぼけて変なことするから......」
「僕なにしました⁉︎」
「内緒」
「えー」
それからは雫先輩の機嫌も直り、楽しく夜ご飯を食べ、別々にお風呂に入り、同じ寝室で電気を消して横になった。
「雫先輩って、みんなと連絡取ってます?」
「たまにはね。梨央奈さんなんて、東京でアパレルの社長になったらしいわよ」
「凄いですねー」
「蓮くんは夢とかないの?」
「雫先輩と幸せでいれたら、それでいいです」
「今は幸せ?」
「はい!」
「ならいいけれど......蓮くんも男の子じゃない?」
「は、はい」
「我慢ばっかりで辛くないのかしら......」
「だって海に行った日の夜、そんな雰囲気になって、次の日に高熱出したじゃないですか」
「や、やっぱり、したかったわよね」
「ま、まぁ、雫先輩となら」
「......もし次があるなら、その時は頑張るから......」
なーんですか⁉︎誘ってるんですか⁉︎
「こ、こっちのベッド来ません?」
雫先輩は無言で僕のベッドに潜り込み、僕の目の前に顔を出した。
そのまま僕達は無言でキスを繰り返し、服の上から雫先輩の体を触ろうとした時、雫先輩はバッ!と勢いよく起き上がり、自分のベッドに戻った。
「やっぱり無理......恥ずかしすぎるわ......」
「大丈夫ですよ。心の準備ができるまでいくらでも待ちます!」
「嫌いになったりしない......?」
「しないですよ!」
「ありがとう......」
翌朝、雫先輩は高熱を出して仕事を休んだ。
「恥ずかしくて高熱ってなんなんですか」
「分からないわよ......」
「とにかく今日はゆっくりしててください」
「ご飯作るわ......」
そう言って、ゆっくり体を起こした。
「ゆっくりしてないと、またいっぱいキスしますよ」
「んじゃ作るわ」
「自分の言ってること分かってます⁉︎」
「え?」
「いっぱいキスしてほしんですか?」
「して......」
そうだった......雫先輩は高熱を出すと思考が鈍って素直になるんだ。
海に行った時も、熱を出して急に甘えてきたりしたんだよな......
「熱下がったらしますから」
「今がいいの......私、お料理頑張るから......」
あぁ......雫先輩が会長の時、雫先輩に怯えていたみんなに今の雫先輩を見せてあげたい。
「んじゃ、ゆっくり休んだらしてあげます」
「分かったわ......」
ふー。やっと寝る気になってくれた。
おかゆでも作ってあげよう。
リビングに行き、携帯で作り方を見ながらおかゆを作っていると、急に後ろから雫先輩に抱きつかれた。
「ちょっと!寝ててくださいよ!それと危ないです!」
「好き......」
「分かりましたから!離れてください!」
「んーん」
熱出してる時の方がキスの先もしてくれるんじゃないかとも思うが、さすがに可哀想すぎてできない。
雫先輩に後ろから抱きつかれたまま冷蔵庫に移動し、袋に氷を詰めて渡した。
「頭冷やしてください。風邪とかじゃなくて謎の高熱なので、冷やせば治ります」
「んー」
風邪の時は割と普通なのに、このタイプの高熱になると急変するのはなんなんだ。まぁ、めちゃくちゃ可愛いけど。
「おかゆ要らないんですか?」
「いらない」
「分かりました。ちょっとトイレ行くので離れてください」
「すぐ戻ってきてね」
「はい」
僕はトイレに入り、すぐ詩音さんに電話をかけた。
「もしもし!」
「どうかした?」
「雫先輩が高熱を出して、めちゃくちゃ甘えん坊になっちゃいました!家事が手につきません!」
「雫、頭撫でるとすぐ寝るよ」
「そんなわけないじゃないですか!」
「やってみな?」
「は、はい」
詩音さんと電話を繋げたままトイレを出ると、雫先輩はトイレの目の前に立って僕を待っていた。
「女の子と電話?」
「ちょ、ちょっといろいろありまして」
言われた通り、雫先輩の頭を撫でると、雫先輩はゆっくり目を閉じて、僕に寄りかかって寝てしまった。
「本当に寝ました」
「でしょ?」
「廊下で寝られたんですけど、どうしてくれるんですか」
「ベッドまで運んであげて」
「えー......」
「雫は今、安心してる状態だから、ちょっとやそっとじゃ起きないよ」
「分かりました......」
「それじゃ仕事に戻るね」
「はい」
階段を見上げて「はぁー......」とため息を吐き、なんとか雫先輩をおんぶしてベッドに運ぶことができた。
「よし......」
学生の頃は鬼会長攻略。今は甘え鬼攻略......雫先輩といると退屈しない。
それからの時間は暇すぎて、ネットでバイトを探していると、近くの本屋でバイトを募集しているのを見つけ、早速電話をかけた。
「もしもし、アルバイトの面接をお願いしたいのですが」
「ありがとうございます。身分証のコピーさえあれば本日来ていただいても大丈夫ですが、いつだと都合いいですか?」
「履歴書とかなくて大丈夫なんですか?」
「はい。こちらに来ていただいた時に簡単な履歴書のような物を書いていただきますが」
「分かりました!今から言って大丈夫ですか?」
「はい。お待ちしております」
真面目そうな男性の声で、怖そうな人じゃなさそうだと安心し、早速家を出た。
コンビニで保険証の両面コピーをし、本屋へ行ってレジの店員さんに「面接で来ました」と声をかけると、その男性は電話対応してくれた店員さんだった。
見た目は30代後半ぐらいで、どこにでも居そうな普通の人だ。
「それでは、奥の部屋へどうぞ」
「はい」
裏の休憩室のような場所に連れてこられ、一枚の紙を渡された。
「こちら全てに記入お願いします」
「分かりました」
これが言っていた簡単な履歴書か。
高校名の横に元生徒会長とか書いたら受かるかなと思い、小さく記入し、その他の記入欄も全て書き終えた。
「書けました」
「確認しますね」
「お願いします」
初めてのバイト面接に緊張していると、男性が口を開いた。
「鷹坂高校の元生徒会長なんですか」
「はい!」
やっぱり食いついた!計画通りだ!
「音海さんとも面識が?」
「はい!あります!」
「そうですかー......」
男性の表情が険しくなり、嫌な予感が頭をよぎる。
「今回はすみません」
「ど、どうしてですか⁉︎」
「この本屋は、音海家とあまり仲がよろしくないご家庭が経営している一部でして」
「で、でも、僕は関係ないんじゃ......」
「すみません......」
「分かりました」
テンションガタ落ちで家に帰り、ベッドに倒れ込んだタイミングで雫先輩が目を覚ました。
「寝てしまっていたわ」
「おはようございまーす」
「元気がないようね。どうしたの?」
「おはようございますの一言で分かるの凄いですね」
「雰囲気よ。それで、なにがあったの?」
「バイトの面接に行ったんです。ここは音海家と仲良くない家庭が経営してる一部の店だからーとか言われて断られました」
「どこのお店?」
「デパートの近くにある大きな本屋です」
「......元婚約者の親が経営している本屋ね」
僕はそれを聞いてイラッとし、枕を本気で殴りつけた。
「おりゃ‼︎」
「そんなことで断ってきた店なんて大したことないわ。働けなくてラッキーだったと思いなさい」
「......ニートでごめんなさい」
自分で言ってて情けなくなる......
「あまり気にしていないわ」
「それより体調は良くなりました?」
「えぇ、すっかり元気よ」
「よかったです」
「蓮くんは最悪働かなくても、生活には困らないのだから、あまり焦らなくていいからね」
「でも、結婚するとかってなったら、ニートの旦那とか嫌じゃないですか!」
「け、結婚も考えているの?」
「それ前提で付き合ってますけど」
「そ、そう。でもお金には困ってないし、子供ができたら、いろいろ手伝ってほしいこともあるだろうし......仕事はいいわよ」
「もう子供のこと考えてるんですか?高熱出すのに」
「それとこれは別よ!お母様が毎日連絡してくるのよ」
「なんて?」
「二人の子供はいつ抱けるのーって......」
「現実的に5年後とかじゃないですかね」
「5年後......」
雫は、5年以内に蓮と結婚できるかもしれないと、密かに胸を躍らせた。
「はぁー。やっぱりとりあえずバイト探しますね」
「そう、無理しないように」
「はい」
今すぐ子供を欲しいとかは考えていないが、いつか、ちゃんとプロポーズするために、結婚指輪ぐらいは自分で買いたい。
こっそり調べたら、20から40万円が一般的って買いてあったし......どれくらい先になるかな。
その後、バイトを紹介してもらおうと千華先輩に電話をすることにした。
「千華せんぱ〜い」
「どうしたの⁉︎」
「店長に僕を紹介してください」
「バイトしたいの?」
「はい!」
「美桜が辞めて、いい人いないかって聞かれたばっかりなの!店長に代わる!」
「は、はい!」
店長に電話が変わり、僕は思わずベッドの上で正座をした。
「千華さんから聞いたよ!バイトしたいんだって?」
「はい!」
「時給800円!良ければ今から来て!」
「分かりました!」
「シンプルな服装でね!」
「はい!」
こんなあっさり決まっちゃった!しかも店長さん、めちゃくちゃいい人そう!
「雫先輩!バイト決まりました!」
「おめでとう!千華さんのところ?」
「はい!」
「浮気はダメよ?」
「しませんよ。雫先輩こそ、職場に男の人居ないんですか?」
「一人もいないわよ?」
「おー!安心安心!とりあえず行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
蓮が部屋を出て行き、雫は蓮の枕を抱き寄せって横になった。
「早く5年経たないかしら......」
「すぐ経ちますよー」
「まだ居たの⁉︎」
「行ってきまーす!」
「い、行ってらっしゃい」
雫は顔を真っ赤にしながら、本当に蓮が家を出たか確認し、中川先生に電話をかけた。
「雫です」
「久しぶりね!」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
「結婚って、どれくらい付き合ったらしてもいいんですか?」
「なーにー?蓮くんっと結婚?」
「ま、まだ決まってません。同居生活を始めたばかりです」
「あら!本当、まさか二人がねー」
「そ、それで、どれくらいですか?」
「んー、そうねー。1ヶ月でも1年でも、10年でも、なんでもいいんじゃないかな?」
「真剣に聞いてるんですが」
「別にふざけてないわよ?どれくらい付き合ったかなんて決まりはないの。二人が一生一緒に居たいと思えるなら、今日だっていいんだから」
「そうなんですか?」
「そう!特に二人は、いろんなことを一緒に乗り越えて、それで今も仲良くお付き合いが続いてるんだから、結婚した後に後悔なんてしないと思うわよ?」
「な、中川先生は結婚しないんですか?」
「あ!報告が遅れてごめんね!今ねー、お腹に赤ちゃんがいるの!」
「そうなんですか⁉︎」
「うん!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう!蓮くんとは、そういうことしたのかな?」
「......まだ......私のせいでできてないです」
「あらら、でも蓮くんのことだから、全然平気です!とか言ってるんじゃない?」
「言ってくれました」
「確かに、体で愛を確かめ合うのも一つの方法だけど、それだけが愛じゃないし、今までしてこなかったのに結婚してくれる男性なんて激レアよ!大事にしなさい!」
「だから、まだ結婚するかどうか」
「もうすでに、したくて仕方ないから電話してきたんでしょ?」
「......」
「いい報告待ってるわね!」
「蓮くん次第です」
「雫さんも頑張るの!」
「は、はい。ありがとうございました」
「うん!またなにかあれば電話してね!」
「はい」
電話を切り、雫はボソッと呟いた。
「私は、なにを頑張ればいいんだろう」
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