アフターストーリー
二人の生活
3月23日。蓮は今日、鷹坂高校を卒業した。
「蓮先輩!」
校門を出ようとした時、生徒会長になった花梨さんに声をかけられた。
「卒業おめでとうございます!」
「ありがとう!」
花梨さんは精神面も成長し「会長になって学校をめちゃくちゃにする」と言っていた頃の花梨さんは、もう何処にもいない。
親しみ易く、優しく、先輩に敬意を払う、よくできた女子生徒になっていた。
「これから三年生として頑張るんだよ!」
「はい!てことで、第二ボタンください!」
「え」
「ください!」
「え」
「え。じゃなくて」
「ま、まぁいいけど。なんで僕の?」
「それも分からないんですか?鈍感アホマヌケ先輩」
「うわ!数ヶ月ぶりに本性表した‼︎」
「いいからよこせ」
「は、はい。どうぞ」
「ありがとうございます!」
時々怖いけど、そんな花梨さんも嫌いじゃない。
「それじゃ、この後雫先輩に会う約束あるから帰るね!」
「はい!」
蓮が帰って行った後、花梨は第二ボタンを見つめて思った。
(いい子にしても、さすがに蓮先輩の気は引けなかったな)
「さて、学校を闇に落としますか」
花梨が猫を被っていたことを最後まで知ることなく、蓮は帰宅途中、黒い車を運転する、スーツを着た雫と合流した。
「乗って」
「はい!」
助手席に乗り、僕達は雫先輩の家に向かった。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます!」
「最後の下校、瑠奈さん達とじゃなくてよかったの?」
「はい。泣いちゃいそうなので」
「そう」
「仕事は順調ですか?」
「もちろん」
雫先輩は、詩音さんと一緒に香水やアロマを扱う店に勤めている。
「そういえば今日、雫先輩の家で何か話すんですよね」
「私も詳しくは知らないけれど、お父様とお母様が話しがあるみたいなの」
「なんか緊張しますね」
「そう?機嫌いい感じだったから大丈夫よ」
「なら安心です!」
雫先輩の家に着き、しばらく雫先輩の部屋で時間を潰した。
「そ、そういえば」
「なんですか?」
「第二ボタン......誰にあげたの?」
僕は瞬時に雫先輩に背を向け、第二ボタンがあった部分を握って隠した。
「隠さなくてもいいわよ?もう無いのは見ちゃったから」
「すみません......」
雫先輩は少し残念そうな表情をしていて、軽い気持ちで花梨さんにあげたことを後悔した。
「誰?」
「花梨さんにあげちゃいました」
「そうなのね......」
「で、でも!第二ボタンなんてなんの意味もないですし!」
「私にとっては大事なのよ!」
「はい!ごめんなさい!」
「はい!許す!」
僕がノリで押し切ろうとすると、雫先輩も笑顔でノリに乗っかって許してくれる。
そして二人で笑い合い、僕達が喧嘩することは今のところない。
「コンコン!ガチャ」
「お姉ちゃん、なんでわざわざ口で言うの」
「お父さんとお母さんが呼んでるよ。リビングに行きな」
「分かった」
「了解です」
足早にリビングに行くと、ニコニコと機嫌の良さそうな雫先輩の両親がソファーに座っていた。
「やぁ、蓮くん!卒業おめでとう!」
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「さぁ、座りなさい」
「はい!」
僕と雫先輩がソファーに座ると、雫先輩のお母さんは一枚の地図と鍵をテーブルに出した。
「二人にプレゼントよ」
「宝の地図ですか?」
「貴方達が二人で暮らすお家。明日から二人で暮らしなさい」
「家をプレゼント⁉︎」
「お母様!ありがとうございます!」
「雫は蓮くんを幸せに、蓮くんは雫を幸せに。約束だよ」
「はい!」
「蓮くんのご両親にも許可をもらっているから安心しなさい」
「いつの間に⁉︎」
「サプライズだよ」
まさかの急展開だったが、明日から雫先輩と暮らせる喜びに胸を躍らせ、その日は早めに帰り、翌朝の10時、雫先輩が荷物とプップを車に乗せて僕を迎えにきた。
「おはようございます!」
「おはよう!」
「行きますか!」
地図を頼りに僕達の家に向かうと、それらしき家を見つけた。
「これじゃないですか?」
「地図を見せて」
「ほら」
「多分ここね」
その家は、ごく一般的な家よりも少し大きな、二階建ての家だった。
「あ!表札が涼風です!」
「入りましょ!」
車を止めて、最初に庭に入った。
「庭が広い!しかも地面がコンクリートですよ!」
「雑草が生えなくていいわね」
「早く中に入りましょ!」
「蓮くん、嬉しそうね」
「当たり前じゃないですか!僕と雫先輩の家ですよ⁉︎」
雫先輩も嬉しそうにニコニコし、家の鍵を開けた。
「うひょー!玄関も広い!とりあえずお風呂を見ます!」
「なぜお風呂?」
「広いお風呂に憧れがあるので!」
僕はテンションが上がり、廊下を走ってお風呂を探した。
「ここリビングだ!家具が揃ってる!広い!」
「ふふっ。さっきから広いしか言えてないじゃない」
「だって広いんですもん!」
その後もトイレや一階の部屋を見て周り、やっとお風呂を見つけた。
「デカ!一緒に入れますよ!」
「は、入らないわよ?」
「ケチ」
「ふふふっ。蓮くん、なんだか子供みたい」
雫先輩もテンションが高い僕を見て嬉しそうで、僕はそれを見て、ますます嬉しくなってしまった。
「寝室は二階ですかね」
「そうね!」
二階に上がると、廊下の両サイドに二つずつドアがあり、右二つは寝室で、左奥の部屋はなにもなく、物置部屋ということで解決した。
最後の部屋を雫先輩が開けると「わぁ!」と嬉しそうな声を出し、中を見ると、キャットタワーや、猫の飼育用品が揃っていて、丸ごと一部屋が猫のための部屋になっていた。
「すご!」
「私、プップを車から連れてくるわ!」
「はい!」
雫先輩は急いで階段を降りて行き、数秒後に階段から落ちるような音がして一階を見ると、雫先輩はスネを押さえて倒れていた。
「大丈夫ですか⁉︎」
「滑ったわ......」
「お笑い芸人じゃなくてよかったですね」
「ふざけないでちょうだい」
「はい、ごめんなさい」
嬉しくなると怪我する呪いにでもかけられてるのかな......
「僕がプップ連れてきますね」
「お願い......」
プップを連れて戻ってくると、雫先輩は床に座りながら、痛そうにスネを撫でていた。
「大丈夫ですか?」
「もう大丈夫」
雫先輩はプップが入ったケースを持ち、ゆっくり階段を上がって行った。
雫先輩が舞い上がった時は、一人で行動させない方がいいな......
その後、二階から「プップー!こっちこっち!」などと、雫先輩の楽しそうな声が聞こえてきて、僕は邪魔しないようにリビングに行き、携帯を開いた。
「瑠奈からだ」
瑠奈からメッセージが届いていて内容を確認すると、林太郎くんと瑠奈が白目をむいているプリクラが送られていた。
「なんで白目......」
でも、幸せそうでなによりだな。
僕も送り返してやろうと二階に行き、プップと遊ぶ雫先輩の隣に座って携帯を構えた。
「写真?」
「白目むいてください!」
「い、いやよ」
「白目むいてくれたら、もっと大好きになっちゃいます!」
すると、雫先輩はあっさりと白目をむいてくれた。
「こ、こうかしら」
「そのまま!」
二人で白目をむいて写真を撮り、瑠奈に送り返した。
「誰にも見せちゃダメよ?」
「瑠奈に送っちゃいました」
「なにしてるのよ!」
「ラブラブ具合を見せつけようと思って!」
「恥ずかしいじゃない!」
「大丈夫です!雫先輩は顔が整ってるので!」
「そういう問題じゃないわ!」
本当、白目になっても美人なのは意味分からないけど間違ってないんだ。
美人ってだけで、なにしても得だ。
少し膨らませている雫先輩の頬をプニっと潰すと、ムッとした表情で睨んできた。
「なに」
「可愛いなって」
あ、赤くなって目を逸らした。
雫先輩が会長だった時は攻略できなかったのに、今はたった一言で雫先輩の喜怒哀楽が変わる。
「は、離して」
「ぷにぷに〜」
「ニャ〜ニャ〜」
「お腹空いたんじゃないですか?」
「そうみたいね」
プップの餌入れに餌を入れ、雫先輩はポケットから車の鍵を出した。
「お昼ご飯はなにがいい?買い出しに行くわ」
「ピザ!チーズ増し増しで!」
「分かったわ。夜は?」
「そっか!今日から夜も一緒なんだ!」
「そうよ!」
「それじゃ、一緒に買い出し行きましょ!」
こうして僕達の同居生活が始まり、幸せの絶頂を感じていたが、その日の夜、僕達は付き合い始めてから初めて大喧嘩をした。
「僕はこっちの部屋がいいです‼︎」
「私も‼︎」
自分の部屋をどっちにするかという、くだらない理由で僕達はムキになり、お互いに譲ろうとしない。
「私がプップの飼い主なの。私の部屋をプップの部屋の目の前にするのは当然だわ!」
「僕だって世話しますよ!」
なぜこの部屋に拘っているかというと、奥の寝室には押し入れがあり、押し入れの中に謎のお札が貼られていたからだ。
「蓮くんはニートじゃない!プップを養えないわ!」
「近々バイト始めます!」
「始めるまでの間はどうするつもり?」
「雫先輩が仕事に行ってる間に世話しますよ!」
「必要ないわよ!餌と水だけしっかりすれば、仕事中ぐらい平気だわ!」
「雫先輩はお札が怖いだけじゃないですか!」
「あんなの怖くないわよ!」
「ビビリ!」
「蓮くんだってそうじゃない!」
「僕は雫先輩とは違います‼︎」
「もういいわ!私はリビングで寝るから、勝手にすればいいわよ!」
「はいはい!勝手にしますよー!」
「ふん」
「ふん」
言い合いになってしまったが、それなりに後悔はしている。
それから数時間、雫先輩が気になってリビングへ行くと、雫先輩はソファーで寝ていたが、顔に涙の跡があるのに気づき、胸が痛く締め付けられ、寝室から掛け布団を持ってきて、雫先輩にかけてあげた。
「ごめんなさい」
そのまま僕はソファーの横で眠りについた。
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