幸せな匂い


一人で唐揚げを買いに向かっている時、美桜先輩に声をかけられた。


「おい」

「学園祭でもなにか文句ですか?」

「違うわ!前のこと謝りに来た」

「別に大丈夫ですよ?」

「謝らないと私が嫌なの!」

「ほー、それじゃ謝ってもらいましょう!深々と頭を下げて!」

「は?」

「ん?なんですか?それが謝る人の態度ですか〜?」

「あんま......」

「え」

「調子に乗んなよー‼︎‼︎」

「うぁ〜!ごめんなさい!くっ、苦しい......」


美桜先輩は僕の後ろに回り、腕で首を絞めてきた。


「反省しろ‼︎」

「はい......」

「謝れ‼︎」

「ごめん......なさい......」


なんで僕が謝ってるんだ......


「んじゃ、私もごめん」

「あー!苦しかった!そして謎にいい匂いした!」

「あー、さっき拾った香水かも」

「勝手に使ったんですか?」

「別にいいかなって」

「良くないですよ、先生見つけたら預けてきださい」

「あ、あれ誰だっけ」

「中川先生です。パフェ持って機嫌良さそうですね」

「先生、落とし物拾った」

「あら、ありがとう!」

(これって......)


中川先生に香水を預けると、中川先生はスタスタと何処かへ行ってしまった。


中川先生は校長室へ行き、一人の女性に香水を渡した。


「これ落としたでしょ」

「ありがとうございます」

「ここなら帽子とマスク外しても大丈夫よ、詩音さん」

「はい」

「それで?雫さんとは会わないの?」

「はい、今日は久しぶりに妹の姿を見れて安心しました」

「雫さんは毎日、よくやっているわ」

「一人で歩いていましたけど、友達はいるんでしょうか」

「いるわよ?とっても素敵な子達が」

「そうですか。雫には、私が来たことは言わないようにお願いします」

「どうして会ってあげないの?」

「私は逃げたんです。そのせいで雫が苦労しています......今更会えません」

「そう。でもね詩音さん」

「なんですか?」

「今の生徒会を甘く見てると、すぐに見つかっちゃうかもよ?」

「きっと、私も心のどこかで見つけてほしいと思っています」

「また家族で暮らせるといいわね」

「はい」

「今はどんな生活をしているの?」

「水族館の経営をしています。表に出ることもないので私には向いています。社員にここの卒業生、元生徒会の子が入った時はビックリしましたが」

「もしかして睦美さん?」

「はい、直接会ったことはないですが、頑張っているようです」

「よかったわ」

(詩音さん、あの頃の元気が全然無いわね......)


中川先生はクレープを詩音に渡した。


「そうそう!このクレープ、良かったら食べなさい!」

「いただきます」

「雫さんは今日で会長としての仕事を全て終えるのよ。雫さんはずっと会長として生きてきたから、終わってしまったらどうなるのか不安なのよ」

「先生は言いました。雫には素敵な友達がいると、だから......きっと大丈夫です。それに雫は強い子です、私より」

「......」

「今日は招待いただきありがとうございました。クレープもありがとうございます」

「もう帰るの?」

「はい」


その頃、雫は一人で廊下を歩く蓮を見つけ、声をかけるかかけないか悩んでいたが、あっさり蓮に見つかってしまった。


「あ、雫先輩、なにしてるんですか?」

「いや、あれね、遊ぶとなるとなにをすればいいか分からないものね」

「やりたいことやったらいいじゃないですか」

「そ、そうね」

「僕は唐揚げ買ってきますね」


僕が歩き出すと、雫先輩は僕の制服を掴み俯いたまま小さな声で言った。


「......」

「どうしたんですか?」

「私に......思い出を......」

「え?」

「だから、その」

「ハッキリしてください、雫先輩らしくないですよ?」

「......私と学園祭を周ってください......」

「え⁉︎敬語⁉︎保健室行きます⁉︎熱があるかもしれません!」

「勇気を出したの......馬鹿にしないで」

「あっ、え......それじゃ......最初は唐揚げを食べます!いいですね?」

「あ、ありがとう」


その時、二人の真横を詩音が通り過ぎて行ったことを二人は気づかなかったが、雫は蓮に聞いた。


「なんだか、懐かしいような、幸せな気持ちになるような、そんな匂いがしたわ」

「あぁ、さっき美桜先輩に首絞められて、その時に香水の匂いが付きました」

「いいえ、蓮くんからではなく、さっき通り過ぎて行った人から......」

「変装した美桜先輩じゃないですか?美桜先輩、演劇部に誘われて劇に出るらしいですし」

「なるほど、そうね。唐揚げ屋さんに行きましょう」 

「行きましょう行きましょう!」


雫先輩と二人で、外にある唐揚げ屋に来ると、千華先輩が唐揚げ屋の手伝いをしていた。


「げっ......」

「げってなに⁉︎」

「千華先輩、なんで手伝いなんてしてるんですか?」

「大変そうだったから!」

「雫先輩、やっぱり唐揚げ食べたくないです」

「そうね、私も遠慮するわ」

「はー⁉︎なにそれ‼︎」


すると、唐揚げ屋をしていた一年生の女子生徒が話に入ってきた。


「会長と蓮先輩じゃないですか!会長が買いに来てくれるなんて嬉しいです!」

「唐揚げ串を一つ買うわ」

「雫先輩⁉︎」

「ありがとうございます!」


雫先輩は僕だけに聞こえるように小さな声で言った。


「あんな嬉しそうにされて買わないのは可哀想じゃない」

「さっすが、優しい〜」


僕達が話すのを見て、何故か千華はニッコリ笑った。


「ち、千華さん、なによその笑みは」

「別に〜!」


結局唐揚げを買って校内に戻ったが、雫先輩は唐揚げを食べる気はなさそうだった。


「まさか、食べないで捨てるんですか?」

「そんなことしないわよ、後で千華さんに食べさせるわ」

「うわっ......」

「もーらい!」


後ろから瑠奈の声が聞こえ、瑠奈は雫先輩から唐揚げを奪った。


「瑠奈!楽しくてテンション上がってるからって、それはヤバイって!」

「あ、林太郎くん」

「いただきまーす」

「瑠奈!雫先輩に返せ!」


瑠奈が唐揚げを一つ食べ、林太郎くんは青ざめた表情で雫を見つめた。

すると雫先輩は瑠奈を見てカウントダウンを始めた。


「6、5、4、3」

「し、雫先輩許してください‼︎」

「0」


次の瞬間、瑠奈は急に苦しみだし、床を転がり回った。


「る、瑠奈!どうしたんだ!」

「ぐっ!グハッ‼︎」

「瑠奈‼︎......瑠奈?瑠奈〜‼︎」


瑠奈は林太郎くんの腕の中で目を閉じた。


「やっぱり食べなくてよかったですね」

「早くここから立ち去りましょう」

「え、は、はい」


二人を放置して、雫先輩と三年生の教室の人間UFOキャッチャーをしに来た。


「人間UFOキャッチャーってなんですか?」

「言葉で方向を指示すると、その通りに人が動いて景品を取ってくれるらしいわよ」

「アナログですね」


取るも取らないも、その人のさじ加減じゃん。


「一回やるわ」

「か、会長!」

「やるのは蓮くんよ」

「ふぅー......」


なんで今安心したんだ。


「んじゃやりまーす」

「どうぞ!」


ほとんどお菓子とジュース......目玉商品はパソコンのスピーカーか。


「右......ストップ」


手を広げて歩く姿はシュールすぎて顔が引きつってしまう......


「前......ストップ」

「うぃーん!ガッシャン!」

「あ、取れなかった」


つまんな!なにこれつまんな!


「蓮くん、あれが欲しいの?」

「パソコン持ってないですけど、テレビにも使えるみたいなので」

「そう。次は私がやるわ」

「ど、どうぞ!」

「あのスピーカーを取りなさい」

「雫先輩?やり方違いますよ?」

「おめでとうございまーす!」

「取れたみたいよ?」


クソゲーすぎるだろ......


きっと目玉商品は最後まで取る気はなかったんだろうな、みんなの表情を見れば分かる。


「大事にしなさいね」

「あ、ありがとうございます」

「次はなにかしたいのとかある?」

「お化け屋敷行きます?」

「お、お化け屋敷なんてないわよ」

「一年生の教室でやってましたよ」

「ないわ」

「あります」

「ない」

「ある」

「......」

「怖いんですか〜?」

「行くわよ」


雫先輩なら強がってそうなると思った。そして、一度自分の下駄箱にスピーカーを入れ、雫先輩とお化け屋敷の前にやってくると、中から乃愛先輩と結愛先輩の叫び声が聞こえてきた。


「きゃ〜‼︎」

「結愛‼︎早く行って‼︎」

「足が動かない!」

「早く早くー‼︎」

「うぁ〜‼︎」


その声を聞いた雫先輩は平気そうな顔をしていたが、脚はしっかり震えていた。


「出れたー‼︎あ、雫と蓮もお化け屋?」

「怖いよ」

「ど、どれくらいの怖さかしら」

「去年の蓮達の5億倍」


お願い、さらっと僕を傷つけないで。


「んじゃ楽しんでね!」

「よし!行きますよ!」

「ちょ、ちょっと......」


雫先輩の手を引っ張り、強引にお化け屋敷に入った。


「雫先輩、近いですよ」

「道が狭いからよ」


僕は思い出した、雫先輩を脅かすと、お化け役も被害を受けかねないんだ。


「ふふふっ......」と不気味な声が聞こえて、少し鳥肌が立った。


「結構怖いですね」

「だ、だから言ったじゃない」

「なにも言われません」


お化け屋敷は真っ暗で、不気味な女の声が聞こえてくるが、お化けが脅かしてくる様子はない。


「雰囲気で脅かしてくるパターンですよ、平気です」

「もっと早く歩いてちょうだい」

「僕の話し聞いてます?」

「み、見て、明かりよ」


全然話聞いてないや。

にしても中間地点で懐中電灯......怪しい。

懐中電灯は机に灯りが付いた状態で置かれていて、手に持って周りを照らすと、壁中に真っ赤な手形が大量にあり、雫先輩は我慢できずに大きな声で叫び出した。


「きゃー‼︎」

「叫び声にビックリしますよ‼︎」

「だっ、だって......」

「なにも出ませんよ、早く出ましょう」

「そ、そうね」


そして一歩踏み出した瞬間、ダンボールで作られたであろう壁が一枚倒れ、そこから血だらけの人が沢山追いかけてきた。


「あ〜」

「待て〜」

「きゃ〜‼︎」

「し、雫先輩‼︎行きますよ‼︎」

「あ、足が震えるのよ!」

「やばいです‼︎来ます‼︎めっちゃ来ます‼︎」

「やだやだやだ!」


雫先輩が子供みたいになっちゃったよ‼︎


「掴まってください!」


懐中電灯を置き、雫先輩をおんぶして僕は全力で走った。


「ドア開けてください!」

「ま、前見れないわ!」

「手が塞がってるんですよ!」

「なんでよ!」

「雫先輩をおんぶしてるからですよ!」

「ちょっとどこ触ってるのよ!」

「は⁉︎......とりゃ‼︎」


僕は雫先輩を無理矢理降し、僕一人でお化け屋敷を出てドアを閉めた。


まったく、助けてあげたのに酷い先輩だ。


「来ないで!やめて!」


雫先輩、完全に鬼キャラを忘れてる......


「やめなさい!」

「うっ!」

「あっ‼︎」 

「ぐあっ‼︎」


え、なにが起きてるの⁉︎


そしてお化け屋敷の出口が開くと、お化け役の人達が倒れいて、血塗れのメイクのせいで殺人現場みたいになっていた。


「蓮くん?」

「は、はい......」

「私を置いて行ったわね」

「そんなことより、なにやってるんですか⁉︎殺人現場みたいになってますけど!」

「私に近づいてきたからよ」

「あぁ......それにしても雫先輩、相当怖がってましたね」

「なにを言っているの?私は蓮くんとお化け屋敷になんて入ってないわよ?」

「なにそれ怖い」

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