私は大丈夫だから


雫先輩は病院に運ばれ、疲労だと診断され、僕は点滴を打たれながら眠る雫先輩を眺めている。


「んっ」


雫先輩は眉間にシワを寄せ、眩しそうに目を開けた。


「おはようございます」

「ここは?」

「病院ですよ」

「学校に戻るわよ」

「もうみんな帰りました。起き上がらないでください」

「......迷惑をかけたわね」

「大丈夫ですよ。なにをそんなに頑張ってるんですか?」

「蓮くんが気にすることないわ。生徒会の仕事もしばらく無いし、体力回復に努めることにするわね」

「無理しすぎないでくださいね。高校生なんですから恋でもして、もっと青春をエンジョイしましょうよ!それに今回の学園祭で実感したんです」

「なにをかしら」

「雫先輩は確かに鬼です。怖いです。でも、みんなを楽しませるのに一生懸命な素敵な会長だなって」

「勘違いしないことね」

「え?」

「私は私のために生徒を楽しませただけよ」

「なら、やっぱりいい人です!みんなが楽しんでるの見たかったんですよね!」

「そう思っているのなら、蓮くんは私に失望することになるわよ」

「よく分からないですけど、とにかく、なにかあれば相談してください。なんでも力になりますから」

「いろんな人の気持ちを背負おうとする癖、もうやめなさい」

「そんなつもりじゃ......」

「私は大丈夫だから」


そう言った雫先輩の表情は、どこか切なかった。


「大丈夫なら、大丈夫って顔で言ってくださいよ」

「そうやって、人の心に入り込もうとするのもやめなさい」

「あー!そうですか!もう知らないですよ!」

「それでいいのよ」

「って言うと思いました?」

「バカにしているの?」


怖い‼︎もう元気なんじゃないの⁉︎なにその目つき‼︎


「とにかく、僕達は仲間なんですから!それにー」


そう、僕は雫先輩の弱みを握るチャンスだと思い、寝顔の写真を撮っていたのだ。


「素直にならないと、この写真、誰かに見せちゃいますよー?」

「もしもし結愛さん、今すぐ来てくれるかしら」 

「そ、それは卑怯です!」

「嘘よ。電話なんてしていないわ」

「よかったです......」

「いいわ。その写真消してくれたら、少しは素直になってあげる」

「本当ですか⁉︎消します!」


雫先輩に画面を見せながら写真を消すと、雫先輩はいきなり僕を見下すような目つきに変わった。


「よかったわねー。私が今、生徒会長じゃなくて」

「か、帰りますね」

「そうしてくれると助かるわ」


僕は逃げるように病院を出た。


病院を出ると、睦美先輩がベンチに座りながら夜空を見上げていた。


「睦美先輩?」

「あ!やっと出てきた!」

「どうしました?」

「ここに座って空見てみな」


睦美先輩の隣に座り、空を眺めると満天の星が広がっていた。


「綺麗ですね」

「本当に生徒会終わっちゃったんだねー」

「睦美先輩、これからは自由ですね」

「私は生徒会に居たかった。もっと早く会長の心を知れたら、もっと長く生徒会に居れたのになー」

「雫先輩の心ですか?」

「怖い時は怖いけど、鬼の仮面は偽物だね」

「どうしてそう思うんですか?」

「私を信じてくれたからね。あーあ、寂しいな......」

「卒業はまだ先じゃないですか。また雫先輩が会長になったら、生徒会室に遊びに来てくださいよ」

「......行かないよ」

「え⁉︎」

「会長は私を救ってくれたから、残りの学校生活は自分の力で頑張るよ。それを会長に見てもらって安心してもらう」

「あの人、睦美先輩を見てる暇なんてありますかね」

「ない。ないのに見てくれるんだよ。涼風くんのことも、他のメンバーのことも、他の生徒のことも......だから会長は倒れたの」

「いくらなんでも、そんな全員を監視できませんよ」

「それをやっちゃうんだよ、あの人は。それに監視じゃなくて、見守ってくれてるんだよ?よく分からないけどさ、いつか、会長を助けてあげるんだよ?」

「梨央奈先輩みたいなこと言いますね」

「そうなの?でもね、会長は何かを抱えてる。そんな気がする」


梨央奈先輩が教えてくれたことが本当なら、僕はそれが何なのか知っている。


「まぁ、雫先輩を救えるかどうかは不安でしかないですけど、とにかく目の前のことから解決しなきゃですね」

「例えば?」

「あの赤髪の転校生......危険な気がします」

「あー、いたね」

「それに、雫先輩と関わりがあるみたいですし」

「何があっても会長は負けないと思うけどね。それより涼風くんって、生徒会ではどのポジョンだったの?」

「ポジョンですか?雑用......ですかね」

「雑用でも副会長と付き合えるなんて夢があるね」

「......はい?」

「あぁ、もう別れんだもんね。ごめんごめん」

「いやいや、そこじゃなくて」

「え?なに?」

「梨央奈先輩って副会長だったんですか?」

「知らなかったの?」

「まったく。睦美先輩は?」

「雑用だよ。千華さんは会計と雑用」

「乃愛先輩と結愛先輩は?」

「書記だよ。でも、大半は会長が一人で全部やっちゃうみたいだけど」


僕より後に入った睦美先輩の方が詳しいのはおかしい!


「ほとんどの仕事を一人でやって、尚且つみんなを見てたら、そりゃ倒れますね」

「デートしようよ」

「睦美先輩、会話の流れって知ってます?」

「え⁉︎私なんて言った⁉︎」

「僕、デートに誘われました」

「えぇー⁉︎」

(いつか誘おうってことで頭がいっぱいだったせいだ......)


睦美先輩は顔を赤くして俯いてしまった。


「生徒会が存在しない今、学校帰りに遊びに行っても怒るのは先生ぐらいですかね」

「そ、そうだね」

「明日、遊び行きますか?」

「いいの⁉︎」

「ただ、瑠奈にバレたら絶対着いてきます」

「バレないようにしよ!」

「了解です」


みんなが持っているデートチケットは、早いところ消費してもらいたいしな。

あと持ってるのは結愛先輩と雫先輩......雫先輩に関しては気にする必要はないか。


「明日どこ行く?」

「適当に街をブラブラしましょう」

「適当に......」

「あ、違うんです!とりあえず街を歩いて、入る店を決めたいなって」 

「分かってるけどね!」

「脅かさないでくださいよ」

「へへ!」


睦美は、もう明日しかチャンスが無いと考え、告白をしようと心に決めた。


「もう遅いですし、帰りますか」

「うん!」


雫は病室の窓から二人が帰っていくのを見下ろし、小さな声で呟いた。


「恋......ね......」

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