世にも珍しいメイドさんが出迎えてくれる塾のお話

らんたんるーじゅ

世にも珍しいメイドさんが出迎えてくれる塾のお話

アイスクリームのような入道雲が青空には広がり、アスファルトからは熱波が照り返す。そんな夏真っ盛りの七月終わり。

本日が終業式の高校も多かったのだろう、平日の日中にも関わらず、ただ歩いているだけで学生服を着た連中とよくすれ違う。

揃いも揃って底抜けに明るい顔をしていて、それは彼ら・彼女らが今日から始まる夏休みという長期休暇に心弾ませているからだろう。


・・・なんて。

他人事のように彼らを揶揄する私も学生で。そして例にも漏れず今日が終業式で。

それなのにこうも暗雲たる気分のまま、とある目的地へと歩を進めているのは、数日前から鞄の中に入ったままの白い紙切れが原因であった。


学期末テストの答案用紙。

白い紙切れとは云えて妙で、実際その答案用紙は回答記述よりもバツ印の赤色ペンの方が紙面を占めている割合が高い有様だった。そんな空欄回答が多数ある答案の点数が低いことは言わずもがなで。そう端的に言うと私は成績がヤバかった。


もちろん全く勉強をしていなかった訳ではない。

けれども制服が可愛いからと中学受験期に背伸びを重ねて入学した高校は、その授業のスピードも内容も、私の不出来な頭のキャパシティを完全に超えてしまっていた。

予習をやっても授業の内容が理解できない。復習をしようにも授業中に得た知識が0に等しいから当然理解は深まらない。そんな悪循環を重ねながら日々の授業は過ぎ去っていく。


そして入学から1年とちょっとが経過した2年生の1学期期末考査。

燻りつつも騙し騙しで炎上を防いでいた火種が遂に爆発してしまったとでも言えばよいのだろうか。国語以外全教科赤点というウルトラな記録を打ち立てた私は、1学期最終日の放課後に学年主任より呼び出しを喰らい「このままだと成績不良での退学もありうる」との忠告を受けて今に至るというわけだ。


「死ぬ・・・」

それは茹だるような夏の暑さに対してなのか、それとも今置かれている状況に対してなのか。声に出した本人ですら判然としない中。手元の地図を頼りに死んだような目で表通りから離れる女子高生が1人居た。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「・・・っと。ここかな?蜂須賀塾ってのは?」

雑居ビルが取り並ぶ路地裏のとある鉄筋4階建ビル。赤錆が混じった外付けの鉄製階段を昇り、その2階扉の前に来た私は1人呟く。擦りガラス状の扉の横には『蜂須賀塾』とシンプルな案内掲示。それは手元にある案内チラシが無ければ、到底到達し得なかっただろうと感ぜられるくらいの主張の薄さで、不安になった私はもう一度手元の案内チラシを確認する。


『必ず成績が上がる蜂須賀塾!初回体験無料!』


・・・確認したことで更に不安が増した可能性があるな?


再確認した私の視線の先には原色オンリーの文字列とか、フォントの創英角ポップ体とか、チラシ作成におけるNG要素を存分につぎ込んだ珠玉の作が踊っていて。


・・・うん。

冷静に考えて見ると胡散臭いというレベルじゃないよね、これ。

『持ってるだけで運気が上がる!これ一つで仕事も彼女も出来ました!』的なパワーストーンと似たような趣がある。


けれども。そんな藁より頼り甲斐のなさそうなこのA4コピー用紙にすがりたくなるくらい、私の状況が切迫しているのもまた事実なのである。この夏休みという長期休暇の間に成績の底上げを図らねば、退学の二文字がちらつくほどの危機的状況。


加えてこの『初回無料』の文字。

両親に無理を言って私学の道へと進んだ私にとって、学費に加えて塾の費用まで負担してくれとはとてもじゃないが言えないわけで。

なけなしのバイト代で塾費用を賄うことを考えると、たとえ初回だけだとしても無料な方がありがたい。体験してみてどうにも合わないとなれば、違う塾へと鞍替えすることも容易だしね。


・・・うん。やはり行くしかない。当たって砕けろだ。

この商売っ気の無い案内掲示も、目に毒でしかない案内チラシも。どちらも改善せずに学習塾としてやっていけてるのは、それだけ実力があるってことかもしれないし。



そんな自己問答の末、私は鉄製の取っ手を握り、蜂須賀塾へ入るため、擦りガラス状の扉を押し開けた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「お帰りなさいませご主人様!」

「・・・・・・」


バタン。

再び擦りガラスによって私の視界が遮られる。

というより、私が開けかけた扉を再び閉めたのであった。


・・・え?今の何?


いや知ってはいる。あれはメイドという存在である。

主に雇い主の家で清掃や洗濯、炊事などの家事手伝いをする使用人であり、日本ではそれに追加でオムライスにハートマークを書いたり、歌ったり、戦ったりもする。そんな存在。だが。


・・・え?ここって学習塾だよね?

混乱する思考の最中、再度主張の乏しい案内掲示を確認してみる。


『蜂須賀塾』


そうだよね。間違ってはいない。

うん。じゃあさっきのは夢だったのかも?そりゃそうだよ。だって塾とメイドって全然合わないもん。ラーメンとアイスクリームくらいには合わない。だからきっともう一度この扉を開ければ・・・


「お帰りなさいませご主人様!」

頭のカチューシャとそれを彩る白いフリル。白と黒を基調にしたカラー。胸元のリボン。腰元から垂れる白いエプロン。中部袖の先にはフリル。膝丈程度のスカートの先にもやはりフリル。

頭の天辺からつま先までメイドの格好で身を包む金髪碧眼の美人メイドがそこには居た。


「・・・えっと。その。ここって蜂須賀塾で間違いなかったですかね・・・?」

内装自体は普通のテナントだし、床面は飾り気のないコンクリートだしで、その西洋風な出で立ちのメイドさんとのギャップに目が眩みそうになりながら、今なお丁重なお辞儀を続けるメイドさんに勇気を振り絞って恐る恐る尋ねる。


「左様でございます、ご主人様!」

「あ、間違いじゃなかったんだ。・・・良かった」


いや果たして本当に良かったのだろうか。むしろこのメイドさんは架空の存在で、ちゃんとした学習塾が他にある方が良かったのではなかろうか。

自分でも釈然としないまま、けれどもとりあえず尋ねなければならないことが一つ。


「えっと・・・どうしてそんな恰好を?」

「当塾はメイドが出迎える塾として有名ですので!」

「有名もなにも唯一無二でしょそんな塾。なんですかその極一部にしか刺さらないセールスポイント。え?ちゃんと勉強は教えてくれるんですよね?」

「勿論でございます!当塾はメイドが教える塾としても有名ですので!」


教えるのもメイドなんだ。やっぱり極一部にしか刺さらない気がする。というよりどこに需要があるんだ、この塾?


「んっと。でしたらもしかして貴方がその教師だったり?」

「いえ私はただの受付嬢です!勉強は全くできませんが、持ち前の愛嬌の良さと顔面偏差値の高さを武器にこの地位を獲得しています!」

「うるさいよ!?」


確かに美人だなあとは思ったけどさ!爽やかな笑顔でなんてことを言い放ちやがるんだこのメイド。というか仮にも塾の受付嬢をやってるんだから顔で仕事を取ったとか言うのは止めて欲しい。


「人生は顔が良ければイージーモードなんです!だからご主人様はお勉強をちゃんとやりましょうね!」

「私の顔が悪くてハードモードだって暗に言ってるのかな!?」


整った顔面と爽やかな笑顔からは想像も付かない口の悪さにクラクラする私とは対照的に金髪メイドさんは何食わぬ顔で私に尋ねる。

「ところでご主人様。今日はどういったご用件で?」

「えっと。その。チラシの無料体験というのを見て・・・」

「なるほど。では早速コースの説明に入らせて頂きますね?」

「あ、そういうのはちゃんとあるんだ・・・」


塾なんだからそりゃそうだろ、って話なのだがそんな些細なことに感動できるくらいには、既にこの学習塾への信頼度は地の底である。

だけど。もしかしたらクレイジーなのはこの受付嬢だけで、実際は普通に教えてくれるのかもしれないし。そんな希望的観測を抱きながらメイドさんの説明を・・・

「オススメはツンデレメイドコースとなっておりまして、料金が月々6000円――

「待てい!・・・え?コースってそういうのなの?」

「・・・?家庭教師スタイルの塾では講師によって料金体系が異なるのはごくごく一般的かと思われますが・・・?」


少し呆れたような面持ちで返答する金髪メイドさん。というかこの塾って家庭教師スタイルなのか。ってそこじゃなくって!


「なんで私が非常識人みたいな扱いをされないといけないの!?ってか講師によってじゃなくって、ツンデレメイドは属性じゃん!?属性で金額が変わるの!?」

「はぁ・・・。有名私大とそうでない大学の在学生では料金が異なるのはご存じで?」

「そりゃそういう属性ならね!?けどツンデレって別に教えて貰うにあたってプラスの要素じゃなくない!?」

「普段はツンツンしていますが、デレた時の破壊力が半端じゃないので勉強が捗ると評判ですよ?」

「それは一部の人の性癖でしょっ!?・・・あーそういう系ですか。そういう風に生徒と疑似恋愛して成績を上げさせると。だけど私はそういうの無理だと思うんで。良いです。他の塾を探しますから」

全く。対象学生が男子だけなら先に言って欲しいものだ。確かにそんなスタイルならば『必ず成績が上がる!』というのもあながち嘘ではないのかもしれないけどさ。


「ではそんなご主人様にピッタリな無表情ヤンデレ妹百合メイドコースはいかがでしょう?」

「属性盛り過ぎでしょ。というかどの辺に私オススメ要素があるって言うのよ」

「このメイドさんは女の子しか教えないちょっと困った子なんですけど、教え子の成績が100%上がるって評判なんです!」

また嘘くさい話を・・・。まるで自分のことのように胸を張る金髪メイドさんに対して向けた、私の冷めた目線に気付いたのだろうか。金髪メイドさんは更に具体的な説明を加える。


「彼女はこれまでに12名の学生さんを教えて居まして、うち4名が国公立や有名医大に合格してます。残りの8名は未だ行方不明ですけどこれは些細な話ですね」

「些細じゃなくないっ!?というかヤンデレってそのまんまの意味!?明らかに成績が上がらない生徒を殺めてるじゃん!?」

「失礼な。ちゃーんと全件不起訴処分ですからね」

「書類送検まで行ってる時点でヤバいでしょうが!無理です!そんな人はこっちから願い下げです!」


「うーん。でしたら美人メイドコースはいかがです?」

そう言って次なるメイドコース案を繰り出す金髪メイドさん。一体何が彼女をそうさせると言うのか。もしかして他に生徒が居ないのか?だから私に対してこうもコース加入を勧めるのだろうか?だとしたら尚更御免被りたいのだけれど。


「あのね?まず前提としてメイドに教えて貰いたいという欲求が無いんだってば」

「このメイドさんは顔だけで世を渡っていく処世術と外見の価値を極限まで高める方法を懇切丁寧に教えてくれますから、顔に自信が持てないご主人様にオススメです!」


「そのメイドさんって貴方のことですよねっ!?」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


結局。顔の良い金髪メイドさんの熱意ある説得により、ツンデレメイドコースと無表情ヤンデレ妹百合メイドコースと美人メイドコースの3点特盛セットをまんまと契約させられてしまった私は、夏休み期間中、唯一無二のメイドが出迎え、メイドが教えてくれる塾へと入り浸ることになる。


・・・のだが。それはまた別の話である。

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