第21話 役立たずのもどかしさ

「大谷の姫…。危険だからそいつを放せ。」


 倒れた妖を抱きかかえた徳の横に信繁がしゃがみ込み、徳から妖を離そうとする。その周りを佐助らが囲み、妖を警戒しながら見下ろしていた。


「…こいつ、今のうちに始末した方がいいんじゃねぇか?」

「そんなっ!?まだ子どもですよ!?」

「子どもでも危険には変わらねぇだろ。」

「才蔵とやらと同意なのが腹が立つが、妖は危険だ。始末しないにしても捨ておいたほうが身のためだ。」

「でも…!」

 徳は腕の中に抱えている幼稚園児程度の男の子の顔を覗く。施設で世話をしていた子どもたちや城で仲良くなった菊介、弥彦の顔が思い浮かぶ。


「……信繁様、…ごめんなさい。私、この子を見捨てることが出来ません…。だから、…その…、先にお屋敷に戻られていて欲しいです。」

「…は?」

「んん?」

「…妖と共にいると、皆様へご迷惑がかかってしまうかもしれないので、…私一人で森に残って、この子のお世話をします。私を助けにここまで来ていただいたのに申し訳ないのですが…。あ!でも、侍女の仕事は戻ったらいつもの倍行わせていただきますしっ…!」

「いやいやいや、そこじゃないから!姫さん、自分が何言ってるのかわかってるの!?」

「…だから危機感がないと言っているんだ。妖が起こした地鳴りにさえ立ってるのが精いっぱいだっただろう。妖が目覚めて攻撃でもしてきたら、あんたは一息でやられてしまう。…それに。妖がどうこうの前に、森で動物にでもあってみろ。危険しかない。」

「徳様が森に残るというのであれば、私もそれに従います!ですので信繁殿、佐助兄さま、心配せずにご帰宅いただいて結構です!」

「俺も一緒に残ってやってもいいぜー。なんか楽しそうだからな。」

「いや、お前はもう帰りなよ。何でまだいんの?」

「あぁ!?猿飛てめぇっ!俺の扱い雑じゃねぇか!?」


「……大谷の姫。前に妖についての質問された時、あんた普段から妖と関りを持っているような言い方だったな…。だから、今もその妖にそこまで肩入れしてるのか?」



 騒がしかった空間が、信繁の発言でシーンと静まり返った。


 以前、信繁は妖と関わっているような発言は、他の人には決してするなとと言っていたが、信繁が今そのことを言うということは、このメンバーなら知られても大丈夫だと判断したのだろう。しかし、徳は言ってはいけない城の秘密をよそに漏らしてしまったのではと心配になって千代を横目で覗く。



「――…そ、そーんなことはないですよ!妖なんてそうそう出会うことなんてありませんし。ね、徳様!」

「え?あ、うん!今初めて妖見ました!」


 バチっと目が合うと千代が否定の言葉を発した。やはり言ってはいけないやつだったようだ。口走らないで良かった。


「ほう。千代殿も妖を見たことがないと。」

「はい!生まれてこの方妖と遭遇したこともございませぬ!」

「――…ねぇ知ってた千代?…千代ね、嘘つくとき耳がぴくぴく動くんだよ?」


 佐助が千代の癖を指摘した瞬間、千代は自身の両耳を勢いよく手で塞いだ。


「まぁ、今は髪で見えなかったけどね。」

「なっ!佐助兄さま!?」

「…おいおい。こんなひっかけに引っかかるって、俺よりこいつのほうが口止めの術使ったほうがいいんじゃねぇの…?」

「うるさいぞ才蔵!佐助兄さまも、私を騙したのですか!?」

「いや、耳がぴくぴく動くのは本当だけど…。――…で、どういうことかな?」

 佐助が笑顔を浮かべながら圧をかけるという器用なことをしながら千代に尋ねる。


「う……。…佐助兄さまのことは信用しております。しかし、…その他の者を千代はまだわかりませぬ…。申し訳ございませんが、お話し出来かねます…。」

 千代は佐助への罪悪感と、これ以上何も悟られまいという気持ちが入り混じり、地面を見つめたまま答えた。

「…それは、吉継殿に他言してはならぬといわれているのか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが…、その…今が彼らにとって生きにくい世であるため、皆が口を慎んでいるといいますか…。」

「…はぁ…。……分かった。その答えで充分だ。嫌な質問をして悪かったな。――…大谷の姫。屋敷へ帰るぞ。」

「え?…いや、ですから私はこの森に…。」

「そこの妖も屋敷へ連れていく。それでこの森にもう用はないな?」

「え?…信繁様?」

女子おなごらを残して森を去るなど出来るはずがないだろう。」

 信繁があきらめたような、あきれたような顔で徳を見つめる。

「でも、…ただでさえご迷惑かけているのに、さすがにそこまでは…。」

「だが言うことは聞いてもらう。その妖は佐助の部屋で世話をする。あんたの部屋はだめだ。」

「え!?おれの部屋!?」

「別にいいだろう。周りに大した部屋もないから何かあっても損害が少ない。」

「いや!おれの部屋の損害があるじゃん!」

 信繁と佐助が言い争っている声を聴きながら徳は腕の中の妖の子を見つめる。きっと彼らにとっては妖は恐怖の対象。異分子なのだ。それなのに屋敷へ連れてもよいと信繁が言ってくれたことに、徳は申し訳ないと感じつつも安心感とうれしさを感じる。





「千代…。父上様は…、妖の事…、」

「隠してはおりませんよ。ただ…、話す相手は選べとはおっしゃられております。」

「…そっか…。……私、妖について信繁様たちに話したい…。」

「……徳様が信用していらっしゃる方なら、きっとお話しても大丈夫しょう。」

「…本当に?私、判断間違えてないかな…?」

「ふふ。どうされたのですか?いつになく慎重ですね。…大丈夫ですよ徳様。…それに、信繁殿の今の発言で、私もお話ししても良いかなと思ったところでした。」

「え?本当?」

「はい…。妖を屋敷へ連れて行くなど、越前国えちぜんのくに以外でお聞きできるとは思いませんでした。

――このような方もいらっしゃったのですね。」

「?」

「いえ。今の世の妖についても徳様にお話ししておらず申し訳ございませんでした…。この話も、後程詳しくお伝えさせていただきます…。」












「そうだ、大谷の姫。」

「はぃ…――、」

むにっ


 信繁に呼ばれ顔を向けると、徳は信繁に両頬をつぶされた。

「…なにすりゅんでふか。」

「あんた、じゃじゃ馬にも程がある。喧嘩場に飛び込もうとしたり、妖に一人駆け寄ろうとしたり…。子どものように目が離せん。」

「…ご、ごめんなさい。」

「守られるだけは嫌と言っていたが、力も覚醒してない以上、まだ守られる存在だということを忘れるな。」

「…ごめんなさい。」

「はぁ…。帰るぞ。」




 徳は先に歩を進める信繁の背中を眺めながら、先ほどの信繁の戦いを思い出す。

(――信繁様の言うとおりだ。助けたいって気持ちだけが焦って、今のままじゃ私は足手まといだ……。早く人間も、妖も、…家族を守れるだけの力が欲しい…。)




「…どうやったらあんな風になれるかな…。」

 

 徳の独り言は誰の耳にも届かない。

 ようやくコオロギが一匹、静かな森でひっそりと鳴き声を上げる。分厚かった雲の隙間から星空が顔を覗かせはじめた。


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