第11話 この世界にはイケメンしかいないか

 まだまだ星も見える彼誰時かわたれどき、徳は事前に案内してもらっていた台所にいた。

 言ったからには仕事をしなくてはと朝食を作りに来たのだ。外はぼんやりと薄暗く、作業をするにはまだ早い。しかし、二度寝をするには足りず、部屋で微睡まどろむことも落ち着かないため、早めに赴いたのである。


(――それにしても…、真田幸村じゃなくって良かった…。)


 徳は昨日の出来事を思い出し、何度目かの安堵のため息をついた。

 そう。刀から解放され、後ろを振り返った際には信繁が真田幸村の特徴と一致しすぎて、血の気が一瞬にして引いたが、人違いであった。

 そして、昨日の出来事のおかげで徳は今後の方向性を考えることが出来たのだ。


(この世界が小説の中と同じ世界とは限らない…。でも、同じじゃないとも言い切れない…。だから、今後もし真田幸村と出会ったとしても、そもそも真田幸村と恋人との恋愛を私が邪魔しなければいいんだ。)


 真田幸村と結婚さえしなければ、そもそも真田幸村に出会ったとしても悪役令嬢的ポジションにはならないのだ。

 しかし、気を抜いてはならないのは、悪役令嬢の断罪ストーリーでは、悪役令嬢が主人公である場合、身に覚えのない罪を擦り付けられて断罪されるパターンもあった。(朱里情報)

 自身の立場上警戒して損はないだろう。




(せっかく家族とまた出会えたんだから…、今ある幸せを壊したくない…!)




「絶対に悪役令嬢になってたまるか…。」

「悪役令嬢?」

「うわぁ!」


 誰もいなかったはずの台所に声が響き、徳は思わず悲鳴を上げてしまう。

「うわぁって、姫さん…。もう少しおしとやかな悲鳴は出ないの?」

 後ろを振り向くと、蒲萄えびぞめ色の小袖を着た、これまた信繁と違ったタイプのイケメンが眉を八の字に苦笑いをして立っていた。声の様子からして――

「…佐助さん?」

「おはよう。あ、そっか。昨日は顔隠してたのか。そうだよ。佐助だよー。」

 朝日も登り始めたため、薄暗い台所でも相手の顔もなんとなくわかる。黒檀の短髪を前髪だけ爽やかに上げた背の高いこの男。


(…なんなの?この世界にはイケメンしかいないの?)

 爽やかな鳥のさえずりを聞きながら、少しの理不尽さを感じた徳だった。













「こんな朝早くからどうされたのですか?」

「そうそう。朝餉の準備をしようと思ってね。主様も本気で姫さんに料理させる気はないと思うよ。そもそも姫さん料理なんてしたことないでしょ?」

「料理ぐらいなら私だってしたことありまよ。」

「え、あるの?」

 驚いた様子で佐助が徳を振り返る。

 そこで徳は自身の過ち気づく。いたって表情は鋭くないものの佐助の瞳は徳を探っている。きっとこの世界のオヒメサマは料理をしないのだという判断に行きついた。


 しかし覆水盆に返らずだ。ごまかすしかない。

「えーっと…、趣味で時々…?」


(嘘は言っていない。それに、そういう姫だってきっといるはずだ。きっと…。)


 そう徳は自分に言い聞かせるが、佐助の視線が痛い。明らかに探られている。

「ふーん…。…んじゃ、姫さんの仕事とっちゃいけないし、今日は姫さんが料理する?」

「…はい。させていただきます…。」

 なんだか含んだような言い方だったが、居心地が悪かったため、徳は無理やり意識を朝食づくりへと移した。

…が――、



「…。(えーっと…)」

「…?どうかしたの?」

「…これ、どうやって使うんですか?」


 ここにきて失念していたことがあった。調理器具である。もちろんガスやIHコンロもない時代。何かで見たことあるようなかまどがあるが、どう使用すればよいのか分からない…。


「…一通り説明しようか?」

「お願いします…。」







 佐助に調理器具や、調味料の場所、食材の場所などの説明を受けた。意外にも味噌や醤油、酢や砂糖など、前の世界で使っていたものがあったため、徳は大いに安心する。




 そして、また徳は気づく。


(…このかまどって、どうやって火をつけるの…?)

 使えそうなかまどが大小合わせて5つあるが、そもそも火がなければ使えない。どうやって火を起こせば良いのか思案していると、


「あ、そうだ忘れてた。」




シュシュシュシュッ


ふっ


しゅぼっ




「え?」

「ん?」

「えぇぇえ!?なにそれ?なに今の!?」


 佐助が手でいろいろな形を作ったと思えば最後に人差し指と中指だけを合わせて立て、そこに息を吹きかけると――


―――そこから火が噴き出したのである。

 

「え!!…え!?なに今の!?すっごく、忍者っぽかった!」

「いや、まぁ、…一応、本職は忍だよ…。…昨日の格好見たら分かるでしょ。」

 若干引き気味の顔を見せるが、徳は気にせずかまどの前にしゃがみ込んでいる佐助に詰め寄った。



「今のはどうやって?ほかに何ができるんですか!?」

「ひ、姫さん、説明するから、お願いだから落ち着いて…。」

 徳は昨日この男に殺されそうになったことも忘れ、キラキラと瞳を輝かせながら佐助を見つめる。


「えーっと、…ごほん。」








 佐助の説明によると、先ほどの佐助が行ったものは忍術であり、わずかでもチャクラがあれば、印を結び、術を繰り出すことができると。しかし、印を結ぶのはチャクラの制御が難しいため、結局チャクラがあっても忍術が使えない者が多いのだということだった。


「で、二つ目の質問だけど、忍術では基本火の他に水、風の3つを操ることができるよ。そのほかにもいろいろあるけど、まぁ、基本それらを操ることかな。」

「すごい…。じゃあ、制御ができれば私でも使えるかもしれないってこと?」

 徳は今まで力のコントロールを行っていたが、正直言ってどのように発揮できるのかはピンと来ていなかった。まさか自身がこのようなファンタジックな能力を秘めていたとは。忘れかけていた童心が顔を出し思わず胸が弾む。


「そうだね。理論的にはね。でも、修行には何年も要するし…。それよりも、姫さんは俺なんかよりもすごい量の力を持っているんだから、そっちをうまく利用した方が得策だね。」

「そ、そうなんですか…?」

「力をそれだけ持っているってだけですごいんだからさ。俺は武将様たちみたいに多くないから忍として忍術を鍛えるしかなかったけど。」

「私の力は多いほうなの?」

「めちゃくちゃ多いよ。今台頭している戦国大名と肩を並べきれるぐらい。うちの主様なんて意味わかんないぐらい強いもんな。バケモンだよありゃ。主様ってチャクラ量に加えて忍術も――。」




「ずいぶん仲が良くなったみたいだな。」

 



 竈(かまど)の前で二人しゃがみ込んで話していると、背後からとげとげしい声が放たれた。

「げ…。お、おはようございます主様。」


(うわっ…)

 寝起きのためであろう、台所の入り口に右肩をもたれかかるように立っている信繁は、少し着崩れた小袖とけだるげな表情がとてつもなく色っぽい。本当に父と言いこの二人と言い、この世界にはイケメンしかいないのか…


「お、おはようございます信繁様…。」

「…。」

 だが、イケメンを鑑賞している暇はない。明らかに睨まれている。徳は昨日に引き続き冷や汗が流れだす。そうだ。こんなことしている場合ではなかった。



「ちょ、朝食、作りますね…っ!」

「…」

「の、信繁様は何がお好きですか?」

「…なんでもよい。」

フイッ


 長い間睨まれていたが、徳が立ち上がると信繁は何事もなかったかのように台所を立ち去っていく。シーンと静まる台所。徳は未だしゃがんでいる佐助へ視線を送った。


「えーと…。ごめんなさい…。私、まだ怪しい人物のままでしたね…。初めて見た忍術に興奮しちゃって…。」

「…えー、いや、う~ん…。」

 しかし、佐助からの返事はなかった。佐助は先ほどまで自身の主人がいた場所を眺めながらぶつぶつと考え事をしている。


「…。」

徳は気持ちを切り替え朝食作りに急いだ。

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