第9話 出会い(2)

 喉元に押し付けられているものが何かは分からない。しかし、今が良い状況ではないということは徳にも瞬時に理解できた。


「ご、ごめんなさい。あ、あなたのお宅ですか?…わ、わ、私も、どうしてここにいるのかわからなくって…――、」

「そういうのが通じると?」

 首に当たっているものがよりぐっと押し付けられる。


(…ま、待って…、怖いんですけど…!…で、でも!…私だって何でここにいるのかわかんないしっ…!)


「主様、どうかされましたか?」


 恐怖で思わず震える手を握り締め、どう説明しようかと悩んでいると、シュッと襖障子越しに上から影が落ちた。



 背後の人物の意識が部屋の外に逸れたのが気配で分かる。

「…?主様?…開けますよ?」

「…待て…――、」

 返事をしない背後の人物に違和感を感じたのだろう。静止をかける前に外の人物が思いきり襖障子を開けた放った。


「…。」

「…。」

「…。」




部屋の中に沈黙と緊張が走る。





「…えーっと、もしかして、お楽しみ中だった?」

 紺色の布で全身を隠し、目だけが露出している、いわゆる「忍装束」の人物が、頬を掻きながら気が抜けるようなコメントをのたまった。





「はぁ。」

トンッ



 忍装束の男の発言を受けてかは定かではないが、背後の人物は深いため息を吐くと徳の背を押した。それと同時に徳は喉元に当たっていた「何か」からも解放される。――が、徳はよほど恐怖心が強かった様で、膝から崩れた状態のまま立ち上がれない。とりあえず背後の人物から距離を取らくてはと思い振り返った徳は、背後の人物を目視した瞬間、目を見開いた。



「…ぁ…。」

 

 本当に同じ人間なのだろうか、と、あまりの造形美を疑いたくなるようなを美少年が、月明かりを浴びながら徳を見下ろしていた。その少年が手にしているものは刀だ。

 しかし、物騒な刀さえ、月明かりと共に少年を輝かせるための一つの要素となり、危うさ伴う蠱惑的な印象に仕上げていた。



 だが、それよりも驚くことが徳にはあった…。




――私はこの人物を知っている。いや、正確には見たことがある…




「…真田――、」




グイッ

「おっと、お嬢さん、この人が誰か分かって忍び込んだの?何処かからの刺客かな?」

 忍装束の人物の登場で和らいだ空気が一瞬にして張り詰めた。徳の危ういポジションは変わっていなかったようだ。いや、むしろ悪化している。

 今度は忍装束の人物に思いきり引き寄せられ、美少年と距離が出来たと思えば後ろから羽交い絞めにされ、飛苦無とびくないが喉元に当たる。先ほどの比ではない背後からの圧に徳は生命の危機を感じる。

 驚きと再びやってきた恐怖で頭が回らず、言葉が出てこない。



ツーっと生暖かい何かが喉元から流れる。







「……佐助、やめ―、」


 ドクンッ



「…ッ!?」

「佐助!離れろ!」


 その瞬間、徳を中心に突風が吹き荒び、カマイタチの如く周囲のものを切りつけた。


「…はぁ…、はぁ…、苦し…っ。」

 しかし、徳は周囲を気に掛ける余裕はない。心臓がどくどくと熱を持ち、息苦しく呼吸ができないのだ。ついに徳は胸を抑えながら膝から崩れ落ちる。







「……え…、ナニコレ?どういうこと?」

「知らん。」

「え、ちょっとっ!何してんの主様っ!」 

 轟々と部屋の中で竜巻が発生したように吹き荒れる中、飄々と会話をする忍と主人。そしてその主人は会話を雑に切り上げると、突風の渦中へ自ら足を踏み入れた。驚きの行動に忍は声を荒げる。





「一度眠れ。」

 少年は鋭利な突風をもろともせず徳へ近づき、背後に回ると手刀を落とした。徳が意識を手放したことで吹き荒んでいた突風は止み、辺りは一気に夜の静寂に包まれる。――一瞬だけ。



「いやいやいやいや!何してんのっ!?なんで近づいたの!?」

「あのままにしてられんだろう。」

「いいじゃん!あのままくたばればさぁ!いっそのことトドメさせばよかったじゃんっ!なにご丁寧に寝かせてんのさっ!」

「だが、どう見ても刺客ではない。」

「だからってあんたがやる必要あった!?気絶させるなら俺に頼んでよ!」

「…この小袖、…どこか良いところの娘か…?」

「聞いて!」 

 佐助の訴えを無視して男は倒れている徳を見下ろす。薄紫に紗綾形さやがた模様の小袖。透き通るような白い肌に蜂蜜色とも薄香とも言えない淡い髪色。



「…佐助、母上の部屋に運ぶぞ。」

「え?嘘でしょ?世話する気?」

「仕方ないだろう。娘を道端に放り出すわけにもいかん。」

「さっきの力見たでしょ?この子襲われても絶対普通の男なら瞬殺出来るって。それに怪しいじゃん。どうやってこの屋敷に入ったのさ。俺の結界すり抜けてさ。」

「だが、お前も刺客ではないと判断しているんだろう?」

「…。」

「…。」

「…あーもー!分かったよ。監視だから。監視のためだから。」

 佐助のしぶしぶとした返事を聞くと、主である男は徳の横で膝を着いた。


「ちょいっ!何してんの!?」

「運ぶんだが。」

「だからなんであんたが!俺がやるから離れてよ!」

「………俺が運ぶ。お前は襖でも開けてろ。」

「はぁ?……はぁ…。分かった。分かりましたよ。主様。どうせあんたは折れないんでしょうしね。でもそいつが怪しい動きしたら即殺すからね。」

「絶対そうならないって分かってるんだろう。」

「ほんと、主様のそういうところ憎ったらしいよね。」

「そりゃどうも。」 

 


 男は徳を優しく抱き上げる。その軽さに驚きつつ、再び徳の顔を覗き込んだ。先ほどまで驚異的な力で部屋の中を荒らしていた人物とは思えない穏やかな表情だ。

「…………。」

「ん?なんか言った?」

「いや…、…なにも。」



 男は見つめていた視線を上げ、ゆっくりと歩を進めた。

 


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