第7話 力の特訓
早いもので、徳がこの世界に来て半年が経った。
始めのうちは夢を見てるのかと思うこともあった。だが、眠りにつき、夜が明ける、という生活を繰り返していくうちに、ここでの生活が日常となっていた。
施設での暮らしは夢だったのか…、それともあれも現実だったのか、それさえも徳には分からない。しかし、もはや徳にとって夢か夢じゃないかなど、もはやどちらでもよい。
どちらの世界の記憶も、徳にとってはかけがえのない時間。今の自分を形作る財産だった。
そして、その徳はと言いうと…、
――この世界に来ての難題にぶち当たっていた。
「…できない!」
持っていたビー玉程度の大きさのガラス玉を文机の上に転がして、ごろんと後ろに倒れこむ。
この世界に「チャクラ」や「神力」「妖力」という話を聞いた際に、徳にも力が使えることが分かったが、まだ覚醒していないため、どの力が使えるかはわからないらしい。「妖力」というのは妖が持っている力なので、「チャクラ」か「神力」か…。
力を覚醒させるためにも、身体の中の力をコントロール出来るようにならなければならないみたいなのだが、これが難しく、ちっとも訳が分からない。
これでも、いつも試験の順位は学年で5番以内に入っていたため、頭は良い方だと自負しているし、運動神経では女子には負ける気がしないと思うほど身体を動かすのも得意だった。
だがしかし…――
「どうすればガラス球に力を流し込めるのさ…。」
父の話によると、全身に集中し、力を感じ、そのままガラス球に力を注ぐイメージだというが…、毎日やっても力を注ぐどころか、力を感じることさえ出来ない。出来たときは自分で出来たとわかるから大丈夫だと言われたが…。分からないということは出来ていないのであろう。
父にコツを教えてもらいたいが、父は豊臣秀吉の天下統一の戦の最中。徳が目覚めたときは一時的に城に帰ってきたようで、すぐに秀吉のもとに戻らなくてはならないと、一週間もせずに奥州へと行ってしまった。
父の手紙によると、豊臣秀吉の天下統一まであと一息のらしい。ぶっちゃけ徳にとってはそんなことどうでもよかった。早く父親に会いたいし、次、父に会う時には力のコントロールができているところを見せ、褒められたいという思いから徳は毎日ガラス玉とにらめっこをしているのだが…。
「う~ん…」
横になりながらガラス球をもう一度摘まみ上げ眺める。無意識に眉間にしわが寄ってしまう。
(…全身の力を感じる…)
瞳を閉じ、全身に意識を集中する。
集中する…―が、いつもの如くなにも感じない。
ミーンミーンという蝉の大合唱が耳に響くだけ。
「…はぁ…」
集中力が切れてしまった徳はゆっくりと瞳を開ける、と…――
ガラス球のすぐ向こう、女性の頭だけが、徳の目の前にぷかぷかと浮かんでいた。
「徳様、冷えたスイカがございます。お食べになりますか?」
「うわぁ!」
ろくろ首の梅だ。集中していた徳に気を利かせて、静かに頭だけ部屋の中に入ってきたのだろう。が、徳にとっては逆効果だ。
「まぁ!驚かせてしまって申し訳ございません!」
梅は眉をへの字にし、顔で申し訳ないという表情を作りながら、これまた、もたもたと身振り手振りでも申し訳なさを表現しながら、外で待機していた身体が部屋の中に入ってきた。
ここでの暮らしには慣れてきたが、はやり、人生の半分以上を妖のいない世界で生活しており、ましてや5歳ごろの記憶には曖昧なことが多々ある。徳が培ってきた常識を日々壊していく妖たちに徳は日々驚かされるばかりだ。
壁に寄り掛かったと思ったら急に話しかけられて『ぬりかべ』だったし、寝ようとしてふと寝返りをうったら障子に浮かんだ滅茶苦茶たくさんの目と合った。『
「…いや、大丈夫。でも、今度からは集中しているときこそ声かけてくれたら嬉しいな…。…で、スイカだっけ?」
いまだドキドキと胸が早鐘を打っているが、徳は平常を装い梅に質問する。
「…申し訳ございませんでした…。以後そのように…。…そうなのです、小川で冷やしていたスイカを回収してまいりましたので、お食べになりませんか?」
少しだけしょぼんとしていた梅だったが、気を取り直したようで、徳はおやつに誘われた。
エアコンなどない場所で暑さに耐えながら特訓していたため、今ので完璧に集中力が切れてしまった。徳は二つ返事で皆が集まっている縁側へ向かった。
「あ、とく~!」
「とくこっち~!」
「徳様、お疲れさまでした!さぁさぁ、こちらへ!徳様のは一番甘そうで大きなものを用意しておりますゆえ!」
「わーい」
縁側では千代がスイカを妖に切り分けているところだった。松もそこにいる。
「特訓はいかがでしたか?」
徳が特訓中、
「全然ダメ。分かんないよー」
徳は妖たちに倣って縁側に座り込み、凝り固まった肩甲骨や首筋を伸ばす。
「これこれ、徳様。はしたないですよ。」
「はーい。」
普通にストレッチをしただけだが、注意を受ける。
「はしたない」これはここに来て戸惑ったことベスト3ぐらいに入るセリフだ。
――え、それじゃあ、開脚ストレッチなんてしたら松さん目ん玉飛び出ちゃうんじゃ、――という思考も無くはないが、郷に入れば郷に従えである。徳は素直に返事を返した。
それに、松の「はしたない」はランクがあるらしく、「本当に許せないはしたなさ」と「許せるはしたなさ」がある。ちなみに今のは許せる方のはしたなさだ。許せない方の「はしたない」行動をするとめっちゃ怖い顔で怒る。でも、それもこれも自分の為に怒ってくれていると思うとむず痒く、徳は怒られても少しうれしく感じるのだ。――一応言っておくが、マゾヒズムではない。
「大丈夫だよ徳。」
頭で独り言ちていた徳の横で、スイカをシャリシャリ食べていた妖狐の弥彦が、徳を見上げた。
「徳の力は確かにあるんだから。」
幼稚園児か、小学校低学年生ぐらいの容姿だが、紳士的なのがこの弥彦なのだ。
「それに、覚醒しなくっても、徳は徳なんだから。どんな徳でもみんな徳が大好きだよ。」
徳の腕にしっぽを絡ませながら大人っぽい笑顔で見上げてくる弥彦があまりにも魅力的すぎて、徳は思わず弥彦に抱き着いた。
「弥彦ー。わたしも大好きだよー!」
「うわ!徳、スイカが落ちる!」
徳が抱き着いたのと同時に周りにいた妖たちがわらわらとそれに続く。
「とくだいすき~!」
「弥彦ばっかりずるい~!」
「おまえら!便乗するな!俺と徳がつぶれる…!」
「これこれ、やめんか…」
徳と妖がじゃれあう。これが敦賀城の日常となっていた。
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