第4話 照れくささと戸惑いと

―――バタバタバタバタッ


「徳ーーー!!!どうしたーーー!!??」





スパーン!!





 これまた先ほどの千代と同様、明らかに高価であろう水墨画の襖が盛大に開かれた。今まで以上に夕焼け色の光が部屋の中を暖かく照らす。

 徳はというと、顔の中央に大きな目が一つある子に思いきり抱き着かれ、その勢いで畳にしりもちをついたと思えば、わらわらと集まってきた何かに群がられて身動きが取れなくなっていた。

 よく見ると大きいものから小さいものまで、人間の形をしているものや、動物の形をしているもの様々。取り合えず、徳は人でも動物でもなさそうなものに押しつぶされていたのだ。


「お前たち!!徳が起きたら俺が一番に抱き着くと言ったのを忘れたか!?」

「ごめん、吉継よしつぐ。我慢ができなかったー!」

「ごめんね、吉継ー。」



 何やら新たな登場人物が現れたようだが、押しつぶされている徳には誰が現れたのかが見えない。

 ――姿を見てもだれか分からないだろうが――そのため、徳は目の前の自身を押しつぶしている人でも動物でもないものたちに視線を送る。

 その、人でも、動物でもないものたちは、徳が知っている単語を当てはめると「妖」「妖怪」といわれる類のものにしか見えない。本当に実在していたのか…、はたまた、夢だからなのか…。と徳は群がれながら頭の隅で冷静に考える。

 「妖」や「妖怪」と言われる存在であろうと推測しているが、不思議なことに怖いという感情は浮かんでこない。確かに背後に立っていたことには驚いて悲鳴を上げてしまったが、今こうやって自身にわらわらと群がり嬉しそうに抱き着きている様子を見ると、恐怖心よりもどちらかというと――


――かわいい…


 キャッキャと徳に群がり騒いでいる妖たちを見ていると、その妖たちが徳の上から一人、また一人と退き始めた。


「吉継が怒るから離れるー。」

「次吉継の番ー!」

 そう言って徳に群がっていたものたちは、今しがた勢いよくこの部屋にやってきた男性に、道を開けるように離れた。





「徳…。久しぶりだな…。」





 30代ぐらいのスラっとした体躯の男性を見て「あまり変わってないな」という感想が胸に浮かんできたことに疑問を持っていると、





「…父、上様…。」





 今まで言った記憶がない言葉がスルっと口からこぼれた。

 徳が疑問に思ったのも束の間、その言葉を口にした瞬間、滝のようにいろいろな記憶が脳内に流れこむ。


(…あ…――。…確かに私は、この人と共に過ごした…――。笑い合って遊んだ。手をつなぎながら庭を歩いた。寝るときはいつも子守唄を歌ってくれた…。)


 どうして今まで、父親の存在を忘れていたのだろうと思うほど、徳ははっきりとこの人物が父だと分かった。それと同時に、幼少期に一緒に遊んだ侍女の千代、育ててくれた乳母めのとの松と過ごした日々の記憶が一気に蘇る。



(なに…?これ…、)



「徳…、おはよう。あと…、お帰り。」

「あ、…ち、父上様…?」


 一気に頭の中に流れ出した幼少期の記憶に徳が戸惑っていると、いつの間にか父親だと認識した男性が目の前に移動していた。男が膝を着いたことによって目線が同じ高さになる。何とも言えない気持ちで徳が視線を彷徨させていると、ニコッと目の前の人物が優しく微笑み、徳へ腕を伸ばした。しかし、幼少期の記憶を思い出したとて、伸ばされた手にどう反応すればいいのか今の徳には分からない。

「あの、えっと…、」

「なんだ?俺には抱擁してくれないのか?」

「いや…――、」

「良いからおいで。」

 腕を優しく引かれ、徳は父親の胸の中に誘われる。


「会いたかったよ、徳。」

「……はい…。」


 トク、トクと心臓の音が聞こえるのは自身のものか。はたまた父親のものか。

 優しくも力強い抱擁。何かが徳の胸の奥から込みあげてくる。


「…っ…。」


 初めてのようで懐かしい家族のぬくもり。

 徳は少しの照れくささと戸惑いと…、言葉にできないほどの充足感で、気づけば涙があふれていた。

















「それにしても、吉継様。だいぶ早く帰ってこられましたね。」

「あぁ。すでに越前には入っていたからな。皆を置いて帰ってきたわ。」


 時間も時間であったため、すぐに夕食を父と二人で摂ることとなった。配膳の準備をしてくれている千代と、胡坐をかきながらくつろいでいる父親の会話を他所に徳は考える。



(…これはいったい…。)

 

 徳の常識の中では「妖」などは存在していなかった。今の今までは。

 しかし、徳の周りに群がる可愛い物体らは明らかに存在している。


(それに…、この記憶って…――)


 間違いなく、私は普通に孤児として施設で過ごして学校に通ってた。うん。間違いない。

 でも、この城で過ごした記憶も間違いなく自分の記憶ものなのだ。――今の今まで忘れてたけど。

 湖で遊んでた記憶もある。それ以前のものも。目の前に居るのは間違いなく私の侍女の千代と、乳母の松、そして――



 チラッと目の前の男性へ視線を送る。


 うん。私の父だ。

 さらさらな黒い短髪ときりっとした目、そして娘がいるとは思えない若々しさ。幼い頃も自分の父親は世界一かっこいいと自負していたが、今見ても明らかに群を抜いたイケメンだ。このキラキラとした光を飛ばしているこのイケメンが私の父だった。なぜ忘れていたのか本当に分からない。

 



――いや、本当イケメ…―



「しかし、徳。」

「っ!?(ビクッ)」

 吉継を静かに鑑賞していた徳は、急に視線が合い驚く。



――…じろじろ見過ぎた?


「その髪色になるとますます母親に似てくるな。」

「へ?」

 観察ではなく鑑賞し、もはや心の中で自身の父親の造形美に拍手喝采していた徳は、急に声をかけられ焦る。しかし、向けられた視線は穏やかで慈しみが混じったものだった。


「髪色…」

 言われた言葉を頭で反芻し、自身の髪の毛をつまみ今度はしっかりと観察する。



――確か母上様は私が3歳ぐらいの時にお月様になったって…



「母上様もこのような髪色だったのですか?」

「あぁ…。薄桜と蜂蜜色を混ぜた絹糸のような髪でな。本当にとてつもない美人だったよ。」

 吉継が柔らかい表情で母親のことを語る。その表情で吉継の気持ちはありありと分かった。再び徳は自身の髪に触れ、「へぇ」と答える。

 なんてことないような反応を示すも、父親の次は母親との繋がりを感じられ、徳は顔がにやけてしまうのを抑えるのが難しい。




「それとだな徳…――、」

「とくも美人!」

「とくの髪の毛もきれい!」

「あ、ありがとう…。」

「とくの髪さらさら!」

「とくは全部がきらきら!」

「うん。ありがとう。あの…、そろそろ静かに…。」

 徳を中心におしくらまんじゅうの如く群がる妖らは敦賀城主である吉継の発言など気にも留めず、ワイワイと騒ぐ。

 仕舞いには「ぼくもとくにくっつきたい」「次はわたしがとくの膝の上!」とけんかが始まる始末。配膳されていく食事がひっくり返らないかが心配なほどだ。


「ちょっと、暴れないで…。」

「だって!次ぼくのばん!」

「ちがうよ!私だもんっ!」



「………ちょっと!いい加減にしなさい!けんかするならみんな部屋から追い出すよ!」






 おとなしく引っ張られたり押されていた徳だったが、会話や行動がエスカレートしてきたため、思わず施設で子どもたちを叱るときのように妖たちを叱っててしまった。

 そしてハッと正面を向くと、ポカーンとした表情で徳を見つめている吉継と目があった。




(――…やってしまった…)




「はーい」「ごめんなさーい」

と、素直に聞き入る妖たちだが、徳はそんなこと聞こえるはずもなく一気に顔が青ざめる。

 まだしっかりとは現状を理解は出来ていないが、姫として過ごしたはずの幼少期と、それから施設で過ごしてきたであろう今までがあるのだ。そして、人生の半数以上を施設で大勢の子どもたちと割ととわんぱくに過ごしてきた。もはや姫的な性格など持ち合わせていない。

―――姫的な性格もどのような感じかは徳も良く分かっていないが…。

 とりあえず、徳の性格はお淑やかさとはかけ離れていた。



「あ…、ちが…、父上様…―」





「ぷッ…ははは!そういうところも母親そっくりだ。」

「…え?」

 急に破顔した父親に、今度は徳がポカーンとした顔を隠せない。例えるのであれば豆鉄砲をくらった鳩だ。

 

「…確かに、奥方様は結構お転婆といいますか、溌剌はつらつとした愛嬌のあるお方でしたね。」

 部屋の入り口で話を聞いていた松が微笑みながら会話に加わった。

「おう。徳は記憶にないと思うが、まだまだ乳飲み子だった徳に群がる妖たちを『うるさい!皆部屋から追い出すぞ!』って今の徳のように蹴散らしていたな。」

「へー。徳様は容姿も内面も奥方様似なのですね。」



「あ…、……そ、それで、父上様、何の話ですか?」

 失望されなかったことに安堵はするが、流石にお転婆具合が似てるというのはやや恥ずかしい。徳は赤らむ頬を見られないように顔を俯かせ、父親に先ほどの話の続きを促した。


「あぁ、そうだ。…徳の持っている力の話だ。」

「…力?」

「……あの、…会話の途中申し訳ございません。…しかし吉継様、徳様の力はどちらのほうなのでしょうか…?」

 心配そうに松が吉継へ尋ねる。






「―――それが、どちらかは今の私たちには分からないのだ。」




…ん?…今度は何の話?




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