第3話 平和な1日

今日は休日なので、学校は休みだ。琴音ことねは朝から桜花のビルに籠っていた。


「琴音さん、カフェオレとキャラメルマキアート、どちらがいいですか?」


望月もちづきがマグカップを持って尋ねる。


「キャラメルマキアートでお願いします。…すみません」


琴音が、部下である望月にあまりにも申し訳なさそうな顔をするので、望月は困ったように言う。


「そんな謙虚にならなくても…。あなたはボスなのですよ」

「…そうですね。もっと堂々としなくては…」


琴音は、ため息をついた。お手洗いに行ってきます。と琴音は席を立った。その後、琴音と入れ替わるように島本しまもとが入ってきた。そして、部屋をぐるっと見回して呟いた。


「おや?琴音サンはいないのか?出前をとろうと思ったんだが」

「出前?」


望月が琴音の机の上にキャラメルマキアートの入ったカップを置き、聞き返す。


「おぉ!奏多かなた、お前ピザは何が食いたい?」


島本はバッとピザ屋のメニュー表を望月の目の前で広げてみせた。


「ピザか…それは楽しくていいな。じゃあ、私はマルゲリータで」


望月の返答に島本はキョトンとする。


「なんだ、意外と普通なものを頼むんだなぁ?」

「…悪かったな。私はそんなに、不思議な食べ物は得意じゃないんだ」


そうかそうかと島本が笑っているところに、琴音が帰ってきた。


「あれ、和也かずやさん?いらっしゃっていたんですか」

「おお!琴音サン!琴音サンはなんのピザが食いたいですか?」


今度は、琴音の目の前にメニュー表を広げた。


「わぁ!たくさんありますね!出前をとるんですか?」


琴音の目がキラキラと輝く。その姿に、島本は胸を張る。


「そーそー!せっかくだから、何か楽しいメシにしようってなりましてね!」

「いいですね!では私は…あっ!このハニーのピザ、おいしそうです!」

「だよなぁ!!俺も、それ惹かれていたんですよ」

「この、ホイップクリームとイチゴのデザートのようなものもいいですね!」


楽しそうに話す2人を見て、望月はいつの間にかほっとしていた。琴音は何故か今回の桜花の活動縮小を自分の責任だと思っているようだった。組織のことは全て、トップである自分の責任。琴音のその考え方は、琴音が桜花のボスに就いてからずっと変わっていない。今朝から元気がないのも恐らくその責任感を1人で抱え込んでいるせいだ。昨日、話し合いの後に諭したが、やはり心のどこかで責任感は抱えてしまうらしい。こういう時、島本の存在は助かると、頼もしさを感じていた。


「それじゃあ、奏多はマルゲリータ、琴音サンはハニーチーズと、ストロベリージャムと、バナナチョコでいいですね?」

「はい!お願いしますっ!」


注文を受けた島本は、満足気に出て行った。それにしても、と望月は隣に立っている、自分より背の低い琴音を見下ろした。


「あんなに食べられるんですか?それに、甘いものばかり…」

「いいんです!こういう時は、好きな物を好きなだけ食べましょう!そんなことより、」


琴音は望月を見上げ頬を膨らました。


「奏多さんこそ、食べなさすぎじゃありませんか?!そんなんじゃ体力つきませんよー!!」


さっきとは打って変わってポジティブになり、腰に手をあててぷくーっと膨らむ琴音に、望月は思わず笑ってしまった。


「はは!そうですね、足りなかったら他の人のをこっそりもらってしまいましょう」


そうしましょうと、琴音はつられて笑う。

2人は、笑っていた。こんなに明るく、平和な時を過ごしたのは久しぶりで、何だか気が抜けてしまい、望月は、


「…へ?」


琴音の頭を撫でていた。


「あぁ、すみませんっ!つい…」


望月は慌てて手を退けた。


「も、もぅ、子供扱いしないでくださいよ。私、高校生ですよ?」


琴音は顔を赤らめて縮こまる。


「そう、ですね。すみません」


望月も珍しく気を動転させた。


「あ!キャラメルマキアート、ありがとうございますっ」


琴音はマグカップに入っているキャラメルマキアートを一気に飲み干した。

出前が来たと島本が呼びに来るまで、部屋には変な、微妙な空気が流れていた。

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