第13話 ベルカストロの館(3)



「いやいやいやいや、悪霊湧きすぎでしょ!俺らの力も、体力もこのままじゃ底ついちゃうよ!」


 ピストルのグリップで背後に居た悪霊を殴るように祓うジャックは大声で嘆いた。


「はぁ…はぁ…、こんなに連続で悪霊祓いするの初めてなんだけど…。俺ら、こんな雑にやっててちゃんと祓えてるって、すごくない?」

「はぁ…、まぁ…、雑っていうか、祈祷文は確実に葬り去るためのものだからな。殴って消えてくれるならこれでもいいんだろ…。」

「いや、でもさ、ピストルで撃ったりナイフで刻印付けたりしてないんだよ?…やばいよ俺ら、絶対今経験値が右肩上がりどころか垂直に…――。」




パーンッ

「うぉ!……はぁ…、あと何体ぐらい湧いてくるんだろう…。」

「分からん。」

 話を遮る形でエリオットはジャックの背後にピストルを放つ。弾丸は見事悪霊に命中した。打たれた悪霊はさらさらと灰になって消えていく。


 このピストルは対悪魔や悪霊用に特殊加工がされた祓魔師エクソシストの武器だ。精霊の力を注ぐことで放つ弾丸が悪魔や悪霊を祓うことが出来る仕様となっている。また、祓魔師エクソシストに支給されるピストルやナイフには細かい装飾がなされており、その装飾は精霊の力を増強される効力がある。

 基本的に使い方はピストルは弾丸を放ち、ナイフはグリップの十字架を額に当て祓うというのが普通だ。しかし、この二人は先ほどから肉弾戦のごとく悪霊を殴り、蹴り倒しながら前に進んでいる。


「まだ悪霊だからこのやり方で祓えてるが…、悪魔が大量に湧き出てきたら、厳しいな…。」

「一応、ジルフの力は温存して祓ってはいるけど、ピストルの弾が少ないかも…。エリー、あと弾何発ぐらい残ってる?」

「俺はあと10ぐらいだな。」

「俺、もうほぼほぼないよ。あと2発…?」

「そもそもベルゼブブにピストルが効くか分からん。」

「いや、その前にこのペースで悪霊がわんさか湧いてきたらベルゼブブに会う前に弾が無くなっちゃうよ…。」

「…まずはデイジーの保護を優先して、ベルゼブブはその後…――、」




――ポーン…


~♪






「…ピアノ?」

「…だな…。向こうからか…?」

「…明らかに怪しくない?…しかも、このいかにも悲しげな曲が不吉感漂ってるんだけど…。」

「…ヴェートーベンの月光だな。」

「詳しいなお前。」

「まぁ、嗜みだ。」

「は?これだからお坊ちゃんは…。…行ってみる…?」

「…悪霊が廊下から消えたんだ。来いってことだろ…。」

 急に悪霊の姿が一体も残らず消えた。静かになった廊下に響くのはピアノの悲しげな旋律。長らく使われていなかったはずなのに、調律のとれたピアノは確かな音色を奏でている。

 二人はピアノの音が聞こえる部屋の前まで移動すると、視線を合わせた。


「とりあえず、ドアを開けるが、まだ覗くなよ。」

「分かってるよ。お前じゃあるまいし、そこまで無鉄砲じゃない。」

「……開けるぞ…。」



――ギィー…



 扉を開くとピアノの音色がより一層廊下へ響き渡った。

 曲は止まることなく奏でられる。二人は目で会話をして頷き合うと、ドアを挟んだ両端でピストルを構え、一気に部屋の中へ突入する。

 当たり前だが部屋の中は暗くてよく見えない。窓から微かに外の光が注がれているが、それでも薄暗い。

 いつの間にか天気が崩れていたようで、ピアノの音色とともに、ゴロゴロと唸る雷の音と、窓に当たる水滴の音が部屋中に響きわたる。

 その時、雷鳴と共に窓が光った。


「…何かいる。」

「…あぁ。…ヴルカン…。」


 エリオットがヴルカンに声をかけると、唯一ピアノの上の小さな皿の上に置かれていた小さな蝋燭に火が灯った。



「…!?」

「デイジーちゃん!?」


 緊迫していた二人の予想はいい意味で裏切られる。ピアノの鍵盤の前にいたのは二人が探していたデイジー本人だった。

 だがしかし、様子がおかしい。ぼーっと宙を見つめ、鍵盤を見ることもなくピアノを弾き続けている。しかし、そこでピタリと曲が止まった。


 




「…リストのラ・カンパネラ…。」

「はい…?」

 止まった指は再び曲を奏で始める。しかし、デイジーはエリオットらの会話さえも聞こえていない様で、宙を見つめたままだ。


「おい、デイジー…。」

「…。」

「…デイジー!!!」


 エリオットはデイジーの視線に入り込むように、デイジーの肩をぐっと掴むと顔を覗き込んだ。

 すると、はっとしたようにデイジーの瞳に光が戻った。

「………あれ…?エリオ神父…?」

「…お前…、」

「…ほ、本当に…、エリオ神父…?…」

「デイジー、お前…――」

「エリオ神父っ!!」

「っ…!」


 デイジーの瞳が揺れた瞬間、デイジーがエリオットの胸に飛び込んできた。思わず引き離そうとしたエリオットだが、胸元に縋りつき、プルプルと震えているデイジーを見るとそうもいかず、肩に置いた手はトントンと背を叩く。


「…遅くなって悪かった。…何があった…?」

「……会えてよかったです…。」

「…。」

 微かに鼻をすする音が聞こえる。相当怖い思いをしたのだろうか。悪霊を見慣れているエリオットでさえ不気味だったり、不快な形相を目にしたのだ。慣れてなかったり苦手な人には堪えるだろう。それも、それらに打ち勝つ力がないならなおさらだ。

「…。」

「…。」

 ふと、エリオットは背後からのちくちく刺さるような視線を感じ、顔だけを動かす。いや、確認する必要もなく、原因は分かっている。


「…俺の女神…。」

「…不可抗力だ。」

 エリオットは頬を引き攣らせながら答えた。















 

「…あの、この屋敷、幽霊がたくさんいるんです…。」

 デイジーは気持ちが落ち着いたのか、もそもそとエリオットの胸元から離れると、辺りを見渡しながら呟いた。


「あぁ、知ってる。ちなみに悪魔もいる。」

「え?私に憑いてた悪魔ですか…?」

「いや、別の奴だ。それでジャックと一緒にお前を迎えに来た。」


 エリオットは答えると身体をずらし、背後にいた人物を振りかえる。


「やっほ。大丈夫だった?デイジーちゃん。怖かったね。もう大丈夫だよ。」

「ジャックさん…!…私の為に…、お二ともごめんなさい…。ありがとうございます…。」

「いえいえ~。謝んないでよ。お礼はデイジーちゃんからのハグでいいし。」

「まだ言ってんのかお前。」

「今さっきまでハグしてたやつに言われたくねーよ。」

「いや、ハグではないだろ。」

「ハグだろうがよ!」










『あ”ぁ…ーーぁ…』 


――シャキン……シャキン…






「……またやって来た。」

「…とりあえず、一階まで降りて外に出るぞ…。」

 部屋の外から女性の唸り声と刃物を擦るような音が聞こえてくる。依頼者の保護が一番の優先事項であるため、取り合えずはデイジーを安全な場所へ移動させなくては。ベルゼブブを祓うのはそのあとだ。

 デイジーを安全な場所へ――と言っても、デイジーがベルゼブブに狙われているため、デイジーに安全な場所はないかもしれないが、――この悪霊屋敷から出すだけでもエクソシストこっちにとっては守りやすい。


 デイジーを覗くと、胸の前で祈るように組まれている手はガタガタと震えている。相当怖いことがあったのだろうか。あの能天気でマイペースなデイジーがこんなにも怖がっている様子を見かねて、エリオットはその震える手に自身の手を重ねた。


「……大丈夫。絶対に守るから。」

「…っ、はい…。」

「…行くぞ?」


 デイジーが頷いたのを確認し、エリオットは微かな違和感を感じながらデイジーの手を引いて廊下へ向かって歩き出した。



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