第12話 ベルカストロの館(2)※



 ベルカストロの館は、自動車だとルミテス小教会から10分程度で着く、住宅街から外れた雑木林の中にある3階建ての館だ。没落寸前だったというのに、見栄があったのだろうか。男爵家にしてはなかなか大きな館である。しかし、今となってはレンガで造られた館は蔓で覆われ、いかにも何か出そうな重々しい雰囲気がある。

 重々しいのは悪魔の仕業か、それとも先入観か…――。



「…っていうか、そういえば鍵持ってる?」

「いや?」

「いやって!…どうやって入るつもりだよ!」

「どうやってって、こうやって――」


 エリオットは腰に掛けていたピストルをキャソックの下から徐に取り出し、ためらうことなく窓に向かって放った。






――バチィッ!!!





「「…!?」」




 窓に向かって放ったピストルの鉄弾はバチバチと透明な電流を帯びた壁にぶつかり、その場で落下する。


「……。」

「…結界?」

「だな。」

「…まじ、こんなところにデイジーちゃんいるの…?――…ジルフ…。」


 ジャックが自身の精霊に呼びかける。すると風が巻き起こり、辺りの木々がざわめく。


「…なんか、ジルフもやる気満々みたいだ。俺の女神が攫われて怒ってる。」

「いや、お前の女神ではないだろ…。」

 突っ込みを入れながら、エリオットはジャックがピストルを構えるのを静かに眺める。

 エリオットはジャックの実力を認めていた。自分と同様ジャックは四大精霊の中の一人、風の精霊ジルフと契約したのだ。


 エクソシストは試験に合格すると、精霊と契約の儀を行う。どの精霊と契約できるかは儀式を行ってみない限り分からないが、契約者の本質を好んだ精霊が契約を交わしてくれると言われている。

 しかし、契約後、その精霊をうまく操れるかはその人の才能と努力がものをいうのだ。精霊に好かれたからと言ってうまく力を発揮できなければ意味がない。ジャックは四大精霊に好かれ、尚且つなかなか筋が良かった。



「…精霊よ…、俺らに力をお貸しください…。」 





――パーンッ!!



 ミキミキッ………――ガッシャーンッ!!



 見えない壁に当たると、一度は拮抗したものの、弾丸は窓ガラスを砕いた。



「………結構ジルフの力借りたんだけど、ガラスまで届かないと思って一瞬焦ったわ…。」

「ベルゼブブに引き寄せられて、他の悪霊や悪魔も集まってる可能性が高いからな。…というか、寧ろ、壊させた可能性もあるな。わざと俺らを中に引きずり込んでるかもしれないぞ?食虫植物みたいに。」

「……はぁ、俺、生きて帰ったらデイジーちゃんにハグしてもらおう…。」

「…馬鹿かお前…。」

「何言ってんだよ!ハグにはな、ストレス解消とか安眠効果もあってだな…――」

「入ろう。」

「聞けよ!」

 ジャックが惚けているのを無視して、エリオットはナイフのグリップでガラスを割っていく。窓ガラスを広めに割ると慣れた手つきで中に入った。



「埃がすげぇな…。」

「あれー…?俺が前に入った時はこんなに荒れてなかったけどな…。部屋によって違うのかな…?」

「前って、お前が悪霊祓った時?」

「うん。一応、部屋全部見たつもりだったんだけど…、まぁ、確かに埃っぽかったけどこんなに古びてなかったというか…。」





――いやーーーーーっ!!!





「「っ!?」」


 急に響いた叫び声にエリオットとジャックは走りだす。ドアを開けると、廊下は家具で散乱しており、蜘蛛の巣や埃がすごい。


「は!?…ごほっ…ごほっ…、なんだこれ…!?」

「…悪霊か悪魔がお前に別のものを見せてたんだろ…。それか、今俺らが見てるものが現実のものと違うか…。――…ヴルカン。」


 エリオットは自身の精霊に呼びかけると、廊下にあった燭台の蝋燭すべてに炎が灯った。



『ヴルカン』四大精霊の一人。炎の精霊だ。



「…うわぁ…、何これ…。」


 明るくなったことで分かるベルカストロ邸の様子。惨殺事件が起きたと言われても納得いくような血しぶきや刃物痕がいたるところにある。



「…ベルカストロ男爵家が滅びたのには理由がありそうだな…。」

「…ん…?」

「どうした…?」


 急にジャックが目を細めて廊下の奥を見つめだした。エリオットもジャックの視線を追う。


「どうやら早速お出ましの様だよ。」

「…そうだな…。」

 廊下の奥、ひらひらとレースをなびかせながらやってくる女性。


「…本当にもともとあの身長だと思う?」

「んなわけないだろ。…いや、あれぐらいあるからってダメって訳じゃないが…。」


 ゆっくりとした動作で、天井に焼け爛れた頬を擦りつけながら移動してくる花嫁。花嫁が通った天井には血の跡がついている。



 その花嫁が急に床に倒れこんだ。



「え…、大丈夫かな…?」

「俺は嫌な予感しかしない…。」

 ジャックが心配し、エリオットが頬をひくつかせた瞬間、ガバっと顔を上げた花嫁が凄まじいスピードでクモのように動きだした。


「ギャーーーー!!!」

「だから言っただろっ!!」


 エリオットはピストルを構えて花嫁に放つが、花嫁は壁をも這って迫ってくる。

「…チッ…虫かよ…。」



「――我らの父よ 


我らの罪をお許しください――」



 エリオットは静かに祈祷文を読み上げ、ヴルカンの力をナイフに込める。




「ジャック、そっちに行ったら任せたぞ。」

 エリオットはジャックの前に進み、花嫁と対峙する。




「…いい加減、こっちの世界に居座るな。綺麗な花嫁も長居したら醜くなるぞ。」


『シャーーーーーッ!!!!!』


 手足を素早く動かし、右、左へと壁を飛んで迫ってくる花嫁を目で追う。エリオットと花嫁、二人の距離が近づいたところで、エリオットが一歩前に出た。すると壁や天井、床が一気に炎に包まれる。

 しかし、その炎に触れる前に花嫁は壁を蹴り、獣のように大きく口を開きエリオットに襲い掛かかった――





「――悪に染まりし御心をお許しください…!」





 襲い掛かってきた焼き爛れた腕をエリオットは思いきり自身に引き寄せ、その大きく開いた口腔内にナイフを入れ、焼け焦げ、爛れた頬を容赦なく引き裂いた。そのままその身体を地面にたたきつけると、エリオットは床に倒れた身体に馬乗りになり、暴れる腕を自身の手足で抑え、その他の身体は炎の渦で抑えこんだ。そして、花嫁の赤黒く爛れた額にナイフのグリップを押し当てる。



「邪となりしもあなたの子、赦しをお与えください。」



『ギャーーーーッ!!!!』



 グリップに刻まれた細かい装飾が発光すると同時に、額からジューッと焼ける音と煙が発生し、十字の赤い線が入った。





「――神の名によってあなたに安らぎを与えん…」




 その言葉と共に花嫁はフッと灰になり、ドレスとベールのみが残った。









「…相変わらず、お前の悪霊祓いは見てて清々しいよ…。」

「そりゃどうも。…というか、お前何してんだよ。ギャーギャー女みたいに喚きやがって…。」

「…うっ…、面目ない…。俺、クモとかああいう動きするやつ苦手なんだよな…、ここがクモの巣だらけっていうだけでも嫌なのに…。」

「女々しいこと言うな、めんどくさい…。」

「酷い…!」




『あ”ぁ…ーーぁ…』 


――シャキン……シャキン…





「…?」

「…え?なんなの?すぐ来るの…?」


 次は反対側の廊下の奥から、女性の唸るような声と刃物を擦る様な音が聞こえてきた。


「…どうやらその様だけど、デイジーを探すのが先だな…。」

「だよね。全部相手にしてらんない…。」


 二人は唸り声が聞こえる方とは逆の廊下へ駆けて行った。



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