第9話 始まり(1)※

※そこまで怖くはないのですが、悪魔祓いメインなので※印をつけさせていただきます。



 

 祓魔部屋は名前の通り、悪魔や悪霊祓いのための部屋だ。広い正方形の部屋の中央に向かい合った3人掛けのソファが2つと、その間にテーブル一つ。そして、奥にベッドが一つ。壁には大きな十字架が掛けられておりその下には大きな暖炉。暖炉の上の部分、マントルシェルフにはマリア像と燭台が乗せられている。

 普通の部屋との違いは、部屋の天井中央ではなく、四隅を四角く囲うように白熱灯が設置されているのと、窓がないところ。そして、いたるところに燭台があるという点だろうか。


 エリオットは部屋に入るや否や、暖炉の薪にマッチで火をおこす。そしてすべての燭台の蝋燭に火をつけると、白熱灯の電気を消した。


「…電気、消しちゃうんですか?」

「あぁ。どうせ点けてても消える。最悪割られるからな。消してた方がいい。」

「…なるほど…。」

 緊張した様子もなくそう答えたデイジーは、きょろきょろと部屋を見渡している。能天気なのか、肝が据わっているのか、それとも顔に出ないだけなのか。


「…怖くないのか?」

「怖いですよ?」

「そうなのか?あまりそうは見えないな。…顔に出ないのか?」

「どうなんでしょう…?…エリオ神父がいらっしゃるからそこまで怖くないのかも。」

「……だから、…はぁ…。もう少し緊張感を持て…。」

 のほほんと笑顔でそう答えるデイジーに呆れつつ、エリオットはデイジーをソファに掛けさせ、自身はその向かいのソファに座った。


「…今から、あんたに憑いている奴を引きずりだすぞ。…悪魔か、悪霊か…。そいつの感情に引っ張られそうになると思うが、自我はしっかりと持っておけ。あと、目は開けるな。」

「はい…。」

「あんたが危険だと判断したら一旦止める。一度で祓えないこともあれば、何時間もかかることもあるから、それも念頭に入れておけ。」

「はい…。…あの、エリオ神父…。」

「ん?」

「…エリオ神父が危険な場合も中止して、…無理はなさらないでくださいね?」

 目の前で心配そうにそう発言するデイジーにエリオットは気が抜けた。依頼者にそんなことを言われたのは初めてだ。

「憑かれてんのはお前だぞ?俺のことは良いから自分の心配をしろよ。」

「…でも…。…約束してください。危険なことは、無茶はしないって…。」

「……はぁ…。分かった。無茶はしない。これでいいか?」

 エリオットは両手を挙げ、降参ポーズでデイジーに伝える。すると、デイジーは今から悪魔祓いが始まるというのに、穏やかな満面の笑みを浮かべる。本当に、能天気というか、マイペースというか。













「…じゃぁ、始めるぞ…?」

 エリオットはソファからゆっくり立ち上がる。




 その声と共に、部屋中の蝋燭の炎がふらっと揺らめいた。















「――汝、デイジー・ローズの身体に憑きし者よ。姿を現せ。」

 祈祷書を片手に、初めの決まり文句を唱えながら、エリオットは香水瓶のような容器に入った聖水をデイジーにかける。すると、デイジーの祈るようにロザリオを握った手が震えだした。




「…お前は誰だ?」







きゃきゃきゃきゃきゃっ!!



あはははは!



きゃー!ふふふふふ!!









 エリオットの問いを無視するかのように子どもの笑い声が部屋の中で響きだす。声の種類からして複数いるようだ。窓もないのに蝋燭の炎が先ほどよりも大きく揺らめき、足音が部屋のいたるところで聞こえだす。音は聞こえるが、姿はまだ見えない。




「…何体いるんだ?」















『――知りたい…?』

 エリオットの耳元でささやき声が聞こえる。


 エリオットはそれを無視してデイジーから視線は離さない。デイジーの手の震えは止まらない。青白くなった頬から汗が落ちる。






「その子はお前のものじゃない。信仰心が深いぞ。お前じゃ手に負えん。」



バシっ!!


 その声に反応するかのように、マントルシェルフの上にあった燭台が固定していたネジを弾き飛ばしてエリオットに飛んできた。

 しかし、エリオットは予想していたかのように視線をそらさずキャッチする。

 その燭台を静かにテーブルの上に置き、マッチで再び蝋燭に火をつける。




「どうした?余裕がなくなるのが早いな?図星だったか…?」


 ガタガタと家具が揺れ、蝋燭の炎が轟々と燃え盛る。




「…なぜデイジー・ローズに憑く?お前の目的はなんだ?」










『知りたいかっ!?知りたいか~!?』

 緊迫した雰囲気にそぐわない皺枯れた声が、デイジーの身体から返事をする。



「…この子どもらはなんだ?お前が集めたのか…?」



『ぎゃははははっ!!俺のコレクション!全員俺のこ レくしょ  ン…――』

 最後の言葉は壊れたレコードのように聞き取りにくかったが、エリオットはこの短い会話で粗方分かった。

 デイジーに憑いているのは悪魔と、それに引きずられ、悪霊と化した子ども達の霊だ。そして、その悪魔に心当たりがある。

 大抵の悪魔は祓われた後は一度は消滅するが、その後何世紀もの時間を経て再び蘇ってしまうのだ。魔力の弱い悪魔ほど蘇るのが早く、魔力の強い悪魔は蘇るのに時間がかかる。

 もちろん、新たに生まれる悪魔もいるのだが――。









ダンダンダンダン!!


バンバン!!


ダンダンダンダン!!



 壁を強く叩く音が部屋の中で響く。音が響くたびに壁に黒いヘドロの様な手形がついていく。



ギシッ


ギシッ



 ベッドのマットレスが上下に揺れ、ベッドが軋んでいる。






『――楽しい?』



 ふわっとエリオットの耳元で誰かが囁いた。煩わしいが反応してはダメだ。その間も部屋の中を縦横無尽に駆け回る足音と笑い声。

 相手の正体も分かったため、そろそろ祈祷書を読もうかと瞬きをした瞬間、デイジーの四方八方、大きな口を開け、身体を食むように纏わりつく顔色の悪い子どもたちが見えた。その数30は優に超えている。


「…っ」

(…おいおい…、随分好かれたようで…。) 


 エリオットはヴルカンに合図を出す。エリオットの読みが当たれば、数は多いがこいつは序列的には下級の悪魔だ。

 深呼吸をして祈祷書を読みだす。




「我らの父よ 


我らの罪をお許しください――」







「うぅ…」

「…。苦しいか?お前が集めた子どもらはもっと苦しい思いをしたぞ?」



『うるさいっ!!』


 目の前のデイジーが苦しみだす。しかし、その体内から聞こえる声は別人だ。

 エリオットの碧眼がほわっと光を宿した。フィルムにごみや傷が付いた映画の映像の様に子どもらの姿が見え隠れする。エリオットは祈祷書を読む声を止めない。





「悪に染まりし御心をお許しください


邪となりしもあなたの子


赦しをお与えください――」







『や め ろーーーー!!!!!』








 蝋燭の炎がブワっとすべて消えた瞬間、青白く、目と口の中が闇のように暗い子どもの顔がエリオットに勢いよく迫った。叫び声と共に口の中から黒い何かがエリオットの顔に飛沫する。




「ヴルカン。」


 エリオットの小さなつぶやきに、消えたはずの蝋燭の炎がすべて灯る。先ほどよりも強い炎が部屋を明るくし、悪魔の全貌が明らかになった。

 顔は子どもの顔だが、四足歩行の牛の様な大きな体。体躯のいたるところに目と口を見開いた子どもの顔が浮き出ている。その開かれた目と口からは赤黒い液体がだらだらと流れ出し、床にぼとぼとと溜まりをつくる。すその姿は確かにおぞましい。



(…趣味が悪いな…。)



 エリオットは心の中でヴルカンに合図を出し、精霊の力を部屋全体に放った。

 この部屋はただ窓がないだけの部屋ではない。精霊の力を漏らさず部屋の中にため込み、増幅させることが出来るのだ。



「正体を現したな。悪魔ドレカヴァク。」

『俺の名前をなぜ…。』

「ハッ。人間を舐めるなよ、悪魔クソ野郎。」







『――おぉおおおぉのれぇぇえええっ!!!』






 悪魔ドレカヴァクの身体から無数の手がエリオットの首に伸びるが、ヴルカンの力がその手を縛り上げる。エリオットは立ち上がり胸元に入れていたピストルを目の前の悪魔の額に当てる。






「また眠るんだな。



――神の名によって悪魔よ。退け。」










 パンっ






 広い部屋の中で銃声が響いた。




















 ドレカヴァクが砂のようにさらさらと消える。エリオットは顔についた黒い何かを雑に袖で拭き、ソファに座り込んで再び祈祷書を読みだした。すると、一人、また一人と子どもたちがきらきらと消えていく。

 ドレカヴァクが消えた途端、先ほどのように走り回る音や笑い声は聞こえない。穏やかな表情でエリオットが読む祈祷書を聴く子どもたち。最後の一人が消えたのを確認すると、エリオットは祈祷書をパタンと閉じ、ソファの背もたれに埋もれた。


「…はぁ…。弱い奴だったが、なかなか胸糞悪かったな…。」


 エリオットは自身の精霊ヴァルカンに話しかける。するとふわっと身体が熱くなり、同意の声が聞こえた。


 悪魔ドレカヴァクは丁度一世紀前に現れた悪魔だ。死後、洗礼を受けずに彷徨っている子どもらの霊を集め、悪霊化させる趣味の悪い悪魔。これでまた一世紀は現れないだろう。

 エリオットはソファの上で意識を失っているデイジーを見やる。悪魔に憑かれて身体を乗っ取られない人間を初めて見た。大抵、悪魔が身の危険を感じると悪魔憑きの人間を操ってエクソシストを殺そうとしかけてくる。それに、こんなに早く悪魔祓いが済むとは思わなかった。

 デイジーが悪魔に乗っ取られないほどの自我を保っていたのか、それとも悪魔がよほど焦って早々に姿を現してしまったのか。


 エリオットは汚れたキャソックを脱ぎ、ソファの背に掛ける。そして、向かいのソファに近づきデイジーを横抱きにした。女をソファに寝かせるのはエリオットの精神に反する。先ほどまで悪霊が飛び跳ねていたベッドだが、ソファーよりはましだろう。デイジーを横たわらせ布団をかけた。

 悪魔と戦うのはエクソシストだけではない。悪魔憑きの人間も身体の中で悪魔と戦うため、ずいぶん体力を消耗するらしい。


 エリオットはベッドに腰かけ、デイジーの穏やかな寝息を確認する。しばらく寝かせていてもよいだろう。エリオットは静かにソファへ戻り、デイジーが起きるまで今回の悪魔祓いの報告書を作成するのだった。

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