ミトラと伝説の森

多々川境

序章・伝説の森に住む女、ミトラのたまいき


 物語を語りなさい。

 そこに森が広がる。

 山が広がる。林が、木の匂いが。主人公の恐れが、

 どよめきが。

 太古の夜の影におびえた誰かの記憶が、国境で泣いた人物の影が。

 太陽に顔を背けてお前の後ろに長くのびた影から生まれ、野辺に躍り上がる。


 森の中には湖がある。

 さ迷う誰かが森を蹴立てて叫ぶ。

 悲しみを野辺に浸し、世界を歩く


 森のそこに張り付いたその村ではいろんな出来事が起こる。

 それは決まりきったことだった。

 

 すべては生まれる前から決まっていた。


 成人の儀式をして、それから結婚をして、子供を作って、年を取って、それから神に召される。

 それが、ずっと繰り返していたわたし達のやり方。

 わたし達の世界。


 星々はわたし達の秩序。

 星々はわたし達のありか。

 わたし達は星から生まれ、星へと帰る。

 わたし達、それをきちんと知っている。

 生まれると人は星の名前をもらう。

 生まれた時間と方角に沿ってつけられる。

 産婆しか知らない大事な秘密。

 だからわたし達は、本当の名前を名乗らない。

 子供のころの癖をとって名前をつけるの。

「しくしく」とか「もじもじ」とか、そんなとこ。


 本当の名前は誰にも教えちゃならない。

 成人したら、家の名前をもじって別の名前をつける。

 わたし達は、ずっとこの生活を繰り返してきた。


 いつか星々にかえるまで、私たちはずっと森といる。

 森は私たちの懐、私たちの母。私たちの良い食べ物、私たちの木陰。私たちの墓。


 眠る前には太陽に祈る。夜との恐ろしい戦いに打ち勝って、もう一度昇ってくれるよう、うんと目をきつく瞑って祈りを捧げる。


 裸麦を大地に放れば、あとは秋までその土地に入ることはない。

 麦を実らすのは悪霊のため息だと知っているから、そんなところには立ち入らない。

 年貢を取り立てて急き立てる人も、椅子に座った王様もない。

 星々はずっと、ずっと、わたし達を見おろして、いつも頭のずっと上にいる。

 

 永遠に同じ出来事を繰り返す、わたし達のふるさと。

 そこは永遠の国。

 わたし達は、そこからきて、そこへと帰る。


 悪霊はエニシダを恐れるから、結んで家の前にぶら下げる。

 年に一度あつい蒸し風呂に入って悪霊を追い払う。

 死んだ人が出たら、北のほうにうずめるの。

 

 繰り返し繰り返し世界は過ぎていく。


 冬の前には少しだけキノコを取ってツボの底へ入れておく。

 冬でも食べ物はあるけれど、ずっと前に何も取れない時があって、その時死んだ人々が、食べ物のない家に立ってだれか連れていくことがあるというから。



「悪霊の丘。悪霊の世界。悪霊の谷。

 あちこちに悪霊が居る。

  

 それを恐れて印を切る。

 毎日。」


 わたし達は円環を永遠に繰り返す。

 滅びた王国も何もかも、いまだ見ぬ未来。

 避けた未来。

 わたし達は円環の永遠の王国の中に居る。

 ここは幸福な国



 ここは、永遠に繰り返す、王国

 と、ミトラはのたまいき。

―――――――――――――『芋が始めて取れた日に、正体がつかないほど酔っぱらったミトラがこぼした言葉』より―――――――――


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