1月1週目 中編

「はぁぁぁ……」


湯船につかると思わず声が出てしまう。


辺り一面に広がる雪景色。そして外と湯船との寒暖差で普段以上に心地よい。




しばらく露天風呂を堪能していると、仕切りの向こうから千咲の声が聞こえてくる。


「せんぱーい!いますかー?」




幸いなことにこちら側に他のお客さんはおらず気兼ねなく話すことができるが、向こう側はそうでないかもしれない。


「ああ。そっちは他に人はいないのか?」




「はい!先輩の方も大丈夫ですかー?」




「こっちも大丈夫だ」




「そうですか、それなら気兼ねなくお話しできますね!お部屋の景色もすごかったですけど、こっちもすっごい見晴らしいいですねー!」




「そうだな……本当に贅沢だ」




「そうですよねー!この景色見てたら日頃の疲れなんて吹っ飛んじゃいます!」




「同感だ……」


そこで会話がしばらく途切れ、そのせいか少しウトウトし始めてしまう。




その後千咲に話しかけられるが、眠気が勝ってしまいうまく受け答えできないいた。




するとそれを心配したのか


「せんぱーい!!大丈夫ですかー!!」


と大声で話しかけられる。




その声で一瞬にして目が覚める。


「ああ、すまん。すこしウトウトしてた」




「それならいいですけど、のぼせないように気を付けてくださいね。それじゃあ私はお先に出ますねー」




「わかった。俺ももう少し浸かったら出ることにするよ」




☆☆☆




温泉から出ると、のれんの前に千咲が立っていた。




「先輩遅いですよー!先輩が鍵もってるんですからこれじゃあ湯冷めしちゃいますよ!」




「そうだったな、それはすまん。温泉だとなんだかすべての行動が遅くなるんだよな……」




「あー。でもそれ分かります!普段よりも動きが遅くなるからいつも通りの感覚でも時間が過ぎるのが早いんですよねー!」




「そうだよな。こういうところ来るといい意味で時間感覚がなくなるよ」




「分かります分かります!ていうか今何時ですか?」




「ん?そういえば何時だろうな?」


そう言いポケットに入れていたスマホを確認する。




表示されていた時刻は18時。思いのほか時間が経ってしまっていたらしい。




「もう18時ですか!?あれ?そういえば夕食って何時でしたっけ?」




そこでやっと気が付く


「じゅう……はち時?」




「「ああああ!」」




そろって気が付いた俺と千咲は慌てて部屋へと駆け戻る。


それでもやはり間に合わなかったようで、部屋の前で困ったように立ちつくすスタッフさんたちを見つける。




急いで鍵を開け


「「すみませんすみません!」」


中に招き入れる。




「ゆっくりで問題ありませんよ……」


スタッフさんたちはバタバタとする俺たちを、やさしくたしなめるような視線を向けてくる。




「いえいえ。そういうわけにもいきません!はい、終わりましたのでお願いします!」


片づけをすぐに終わらせると、千咲が部屋に招き入れる。




「ありがとうございます。それでは用意させていただきますね」


その後はあれよあれよといううちに進み、気が付けば俺と千咲の目の前には豪華な料理が並んでいた。




「先輩!これみてください!船の上にお刺身が乗ってますよ!」




「ああ、普段は食べられない宿の料理って感じでちょっとテンション上がるな。それじゃあさっそく食べようか」


そう言って料理に手を伸ばそうとすると千咲に腕を掴まれる。




「なんだよ?」




「ちょっとまってください!写真撮りませんか?」




「ああ、それもそうだな」


そう言ってスマホを取り出そうとすると


「あ、いえ。料理の写真もなんですけど、私たち二人で写真撮りましょう?」




「なんでだよ……また悪用するんじゃないだろうな」




「人聞きが悪いなー!そんなことするわけないじゃないですか!」




「前科のある人間の言うことなんて信じられるか……」




「うー!なんでですかー!いいじゃないですか!撮りましょう撮りましょうよー!」


俺の腕をつかみぶんぶんと振り回す。




するとそのやり取りを見ていたスタッフさんは、俺の方をみてにっこり微笑むと


「それでしたら私がお撮りいたしますが」


まさかの提案をしてきた。




まさかの方向からの援護にこれ幸いと


「はいー!ぜひお願いします!スタッフさんもこう言ってることですし、先輩ももうあきらめてください!」


とニコニコしながらスマホを渡す。




お店の人にそう言われてしまいなかなか断りづらい状況となってしまい


「いや……ちょっと」


そうして答えを渋っているうちに千咲がこちらに身を乗り出してきて腕をつかむ。




そして自分の方に強引に引っ張ってきたかと思えば、一気に距離が縮まり千咲の顔が目の前に来る。




「お、おい……」


気恥ずかしさを感じて離れようとしたところで


”カシャ!”


とシャッター音が鳴り撮られたことに気が付く。




「どうですか?もう一度撮られますか」


しかし、そんなことはお構いなしにスタッフさんは千咲に確認する。




「いえ!ばっちりです!ありがとうございます!」




「いえいえ。それではごゆっくりお食事をお楽しみください」


そう言ってスタッフさんはお辞儀をして去っていく。




「はい!ありがとうございます!」


撮った写真を見返しているのだろうか、スマホを見ながらニヤニヤとしている千咲に声をかける。




「おい……」




「なんですかー?先輩?」




「なんでそんなにニヤニヤしてんだ……?そんなに変な写真なのか?」




「いえ、そんなことはないですよー!ふふふ……」




「その笑いじゃ信用ならんぞ。ちょっと見せろ」


千咲の持つスマホを取ろうと手を伸ばすもひょいっとよけられてしまう。




「私のスマホなんか取ろうとするなんてない考えてるんですか先輩!どうせ写真を消そうとか思ってたんでしょ!」




図星を言い当てられ答えに窮してしまう。


「い、いや……そんなことないぞ……?」




「先輩バレバレですからね。ま、何と言われようともこの写真は消しませんけどね!」




「わかった。それじゃあ消さなくてもいいからちょっと見せてくれ」




「まあ、見るだけなら……見るだけですよ……」


そう言っておずおずと画面を見せてくる千咲からスマホを素早く奪い取り


「やっぱり嘘だったんじゃないですかー!」


取り返そうとする千咲を手で防ぎながら削除ボタンを押す。




「この写真でまた脅されでもしたらたまったもんじゃない……」




これで一安心と思いスマホを返そうとするとそこにあったのは


「えっ……なんでそんなことするんですか……?せっかくの先輩との写真なのに……」


瞳に涙をためてこちらを見てくる千咲の姿だった。




その姿を見てやりすぎてしまったことを痛感する。


「す、すまん……いつもの仕返しのつもりでやったんだが……」




「ひどいです先輩!そんなことするとは思ってなかったです」




「申し訳ない……なにかお詫びさせてくれないか?」




「じゃあ、もう1回先輩と写真撮らせてください……」




「まあ……わかったよ」




「えっ、いいんですか?」


涙で赤くなった目をこすりながらそう言われる。




「ああ、消去はやりすぎだったと反省してる……」




「ほんとですか!それじゃあ私のスマホで撮るのでこっちに寄ってください」


言われるがままに千咲の横に移動する。




「先輩もうちょっとこっちです!」


そう言われ更に近づくと千咲はスルリと腕を絡ませてきた。




「おい、そこまでしていいとは言ってな……」


言い切る前にシャッター音が鳴る。




そして千咲はその写真を見返すと


「ふふっ。先輩との写真嬉しいな……」


と小さく呟き大切なものを抱きしめるように包み込む。




その呟きと表情を間近で見てしまった俺は


なんで俺との写真をそんな大事そうにするんだよ……そんな反応されると俺に気があるのかと勘違いしてしまうぞ……


とそんなことを悶々と考えてしまい、せっかくのごちそうなのにあまり味を感じられないのだった。

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