12月4週目 後編
「おい。これが目に入らないのか?」
勝ち誇った表情で千咲を見つめる。
すると千咲はあからさまに落ち着きのない様子になり、懇願した表情で見つめてくる。
「あ、えっと……それってプレゼントですよね……?もしかして、私にくれるんですか?」
「さあ?それはどうだろうな。精神攻撃をしてくるような悪い子にはもらえないんじゃないか?」
「そんなこと私してません!私いい子です!だからください!私のために買ってきてくださったんですよね!?」
「まあ、それもそうだな。ほら、やるよ」
なんとか話題をそらすことに成功した俺は大人しく渡す。
「わぁ!ありがとうございます!開けてもいいですか?」
手渡された包みを見て心から嬉しそうな表情を浮かべる。
「まあ……いいぞ」
「なにかな、なにかなー?」
袋を開けて中を覗き込む千咲。
「わぁ!先輩意外とセンスあるじゃないですかー!」
そう言って取り出したのは、アロマランプ。どうやら好評だったようでホッと胸をなでおろす。
「似たようなものを持ってるかもとは思ったんだが、これよりもいいものが思い浮かばなくてな」
「もってないので大丈夫ですよ!ていうか、なによりも先輩が私にプレゼント用意してくれていたってことがとっても嬉しいです!」
今にもこちらに抱き着いてきそうなテンションで話す千咲の姿をみて、俺も嬉しい気持ちになる。
「まぁ、喜んでもらえたようでよかったよ」
「はい!いままでもらったプレゼントの中で一番うれしいかも……」
「おいおい……それは言いすぎだろ……」
「言い過ぎじゃないです!私の本心です!」
「そうかよ……」
まさかそんなことを言われると思っていなかった俺は、少し照れ臭く感じてしまい黙ってしまう。
するとそんな沈黙を破り、千咲が口を開く。
「そうだそうだ!忘れるところだった。はい先輩!これは私からのプレゼントです!」
そう言って手渡されたのは小さな小包。
「ああ……ありがとう。開けてもいいか?」
「はい、どうぞ!」
包装紙から中身を取り出す。箱を開けると中から出てきたのは、白色の文字板に黒色の時針のシンプルな時計だった。
会社につけて行っても普段使いにしても問題のないデザインを選ぶ当たりセンスあるな……そんなことを考えているとおずおずと千咲が話しかけてくる。
「先輩。どう……ですか?」
俺が黙っていたからか心なしか不安げな表情を浮かべていた。
「ああ、すまん。うん、デザインもシンプルですごくいい。ちょうどこんな時計が欲しいと思っていたんから嬉しいよ」
「ほんとですか!?あー、よかったー!その言葉を聞けて安心しました!」
「ああ。ありがとうな」
「はい!あ、それで……ちょっとその時計のことでお伝えしないといけないことがあるんですけど……」
急に千咲の歯切れが悪くなる。
「なんだよ急に?変な言い方になって……」
「変ってなんですか!?変って!もうそれじゃあ思い切って言いますね!じゃーん!これみてください!」
そういって千咲が差し出した腕には俺がいま受け取った時計を一回り小さくしたようなサイズの時計がまかれていた。
「なっ!?どういうことだこれ?」
「先輩これが何か知らないんですかー?」
「なんだよ……知らなかったら悪いのかよ……」
「じゃあ、先輩に特別に教えてあげます!これはペアウォッチで、先輩のと私のでセットになってるんです!どうですか?」
「どうかって言われてもな……こういう物って俺たちのような関係性で贈りあうものなのか?」
「それは……あんまり一般的ではないとは思いますけど……」
「そうだよな……なのになんでこれを選んだんだ?もらって嫌ってわけではないが、理由を聞かせてほしいんだが……」
すると千咲はうつむき気味になり、なにやらモゴモゴと話す。
「ん?」
「……もん」
またもや、うまく聞き取れなかったので聞き返す。
「えっ?なんだって?」
するとこちらをキッと睨みつけ、真っ赤な顔をしながら口を開く。
「私が先輩にあげたかったんだもん!先輩だって嬉しいって言ってたんですからいいじゃないですか!」
もう完全にやけくそである。
「……もんってなんだよ……もんって」
それでは理由になっていない……と言おうとするもさらに千咲が話し続ける。
「だってそれ以外に理由なんてなかったんですよ……プレゼントってそういう物なんじゃないんですか?」
「……まあ、そう言われるとそれもそうだな……理由はわかったよ」
「そうですか、それならよかったです。あ、それと会社に着けていくときは教えてくださいね!私も着けて行きますので!」
千咲のその言葉を聞きギョッとした俺は、会社に着けていくときは絶対に千咲に知られないようにしなければならないと肝に銘じるのだった。
☆☆☆
そこからはクリスマス特番を見ながらああでもないこうでもないと言い合っていると、時間はあっという間に過ぎ、早くも千咲が帰宅する時間となった。
「今日もこんな時間まですみません。それじゃあ私そろそろ帰りますね!」
いつも通り千咲が帰宅すると言い出し立ち上がる。
俺も見送ろうと立ち上がると、カサリと何かに手が当たった。
感覚がしたほうをみると、長方形の紙が落ちていた。それで俺は思い出す。
俺はそれを拾い上げると、帰る準備をしていた千咲に声をかける。
「千咲」
「はい。なんですか?」
「渡そうと思っていたものがもう一つあった。これやるよ。友達とでも行ってくるといい」
そう言って千咲にチケットを手渡す。
千咲は不思議そうな表情を浮かべ、小首をかしげる。
「なんですかこれ?あけてもいいですか?」
「ああ」
すると千咲は封筒を開き、中を見る
「なっ!これどうしたんですか先輩!?こんなものもらえませんよ!」
千咲はチケットの中を見ると慌てた様子でこちらに返してくる。
俺が手渡したものは、人気温泉宿の年末年始限定のペアチケットである。
「よく分からんが、そのアロマランプを買った時に抽選で当たったんだよ。行く相手もいないし、俺がもってても使い道はないからよかったらもらってくれ」
そう言ってまた千咲にチケットをすこし強引に手渡す。
すると今度は大人しくそれを受け取り、何かを思いついたのかニヤリとこちらを見てくる。
その顔を見てゾワリと嫌な予感がする。
「確認ですけど、行く相手がいないからくれたんですよね?」
嫌な予感はするも正直に答える。
「まあそうだが……」
「それじゃあ私と行きませんか?」
「はぁ!?何言ってんだ!?しかもこれ同室なんだぞ!」
「今日だって夜遅くまで一緒にいるんですからこんなの誤差ですよ誤差!」
「遅くまでいるのと泊まるのは誤差じゃないとおもうんだがなぁ……」
「でもこれはもう私のものになったんですから、どう使おうと私の自由ですよね?」
「いやぁ……でもなぁ……」
「いいじゃないですかー!行きましょうよー!せっかく年末でお休みなんですし!それとも実家に帰ったりするんですか?」
子供のように俺のことゆさゆさと揺さぶりながら懇願してくる。
「いや……今年はここでゆっくりしようと考えているが……」
「なんだ!じゃあいいじゃないですか!じゃ、決定ですね!先輩のこと引きずってでも連れていきますから覚悟しておいてくださいね!」
そう言って帰ろうとする千咲の背中に
「いや、やっぱり断る!俺は行かないからな!」
はっきりと聞こえる声で返事する。
しかし
「なんとしても私は先輩と温泉に行きますからね」
とそんなことを言い残されて帰っていくのだった。
まあ今年も残り少ないし無視すれば大丈夫だろうと考えていたが、その後も
メッセージで
『先輩!温泉楽しみですね!そろそろ準備始めておいてくださいね!』
会社で
「先輩!準備もうできました?私温泉旅行なんて初めてですー!」
などと三日三晩誘われ続け
「はぁ……わかったよ……付いて行けばいいんだろ付いて行けば……」
ついには根負けしてしまい、予定外の温泉旅行が決行されることとなったのだった。
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