魔女と剣士と終焉霊薬

あんきも

第1話 おばあちゃん

「お婆ちゃん、採れた?」


「こっちは大丈夫だよ。これで試薬が作れそうだ。手伝ってくれてありがとねぇ」


「ううん、当然だよこんなの。おばあちゃん身体悪いんだから無理しないでね。本当は私だけでいいのにいつもいつも付いてくるんだから......」


「まったく......人を老人扱いするなって何回言ったらわかるんだい?」


「まったくも何もその通りじゃない!自分の年わかってる?」


「わたしゃ永遠の17歳さね」


「その5倍だよ!もう十分おばあちゃん!私のおばあちゃんは世間一般的にもおばあちゃんなの!......世間って何なのかは知らないけど......」


「こんなに足腰はピンピンしてるんだよ。頭だって冴えてる。17歳も85歳も変わりゃせんさ」


「変わるよ!いい?私が17歳。おばあちゃんは85歳。ここに違いなんてないのよ!」


「うるさい子だねぇ。晩御飯抜きにするよ!」


「晩御飯作ってるのも私でしょうが!そっちこそ抜くよ!」


「なんだって!?老人は労われって教わらなかったのかい!」


「都合のいい時だけ老人になるのやめてよ!」


はぁ......まったくおばあちゃんは......


私の名前はドロシー。ドロシー=ドローレンス。さっきも言ったけど17歳。この森でおばあちゃんと一緒に暮らしてるわ。おばあちゃんは......おばあちゃん。おばあちゃんの本名は知らない。まぁ関係ないよね、おばあちゃんはおばあちゃんだもの。


生まれてこの方森から出た事は無いけれど、20歳になったら森を出て冒険者になっていいって言われてるんだよね。冒険者......冒険者かぁ。


「おばあちゃん、冒険者ってどんな感じ?」


「どんな感じって言われてもねぇ。ふーむ......」


おばあちゃんは手を止めて考え込む。そんなに難しい事なんだろうか。


「そうさね、命の危険は無数にあるけれど......それでも楽しい、やり甲斐のある職業さね」


「ふぅん。あーあ、早く20歳になりたいなぁ」


「3年なんてすぐさね。それまでは生き抜く術を学ばなきゃいけないのさ」


「もう採集から調合、狩りまで1人で出来るもの。もう立派な大人よ!」


「なーに言ってんだいクソガキの分際で!わたしゃあんたを見るとまだまだ危なっかしすぎてこの辺がムズムズするよ」


「はいはいわかりましたよ!ほら、採るもの採ったんだから帰りますよ!」


おばあちゃんはぶつくさ言いながら立ち上がる。



その時だった。



「うっ......うう......」


おばあちゃんが苦悶の表情を浮かべながら胸を押さえて蹲った。


「おばあちゃん!?」


私は荷物を放り投げておばあちゃんの元へ駆け寄る。


「おばあちゃん、しっかりして!!!」


「うぐぐ......あが......」


「おばあちゃん!!!」


見ればおばあちゃんの首筋には胸の辺りから黒い染み、と言うよりは黒い刺青の様なものが走って伸びていく。一目で呪いの類だとわかった。


「【清涼なる疾風かぜよ、祈りの耀き《ひかり》よ、邪なる魔を禊祓い給え】!」


私の手から溢れ出す可視化された魔力の流れがおばあちゃんの胸元に吸い込まれて行く。超級の【解呪ディスペル】、【禊祓アブリューション】。現状私が使える最高の【解呪】だ。


それによって首から這い上がって顔にまで達しようとしていた刺青の様な呪いは進行を止めた。が、依然としておばあちゃんは苦悶の表情を浮かべ続けている。


「【おもりの天秤は逆転す】【風霊の巫女よ、我が背に白き翼を】!!」


対象の重量をゼロにする魔術、【軽量化フェザー・エフェクト】を自分とおばあちゃんに使って担ぎ上げ、空を飛ぶ魔術である【飛行フライ】で一気に上昇して複雑に入り組んだ森をショートカットし、急いで家へと向かう。


「おばあちゃん、もう少し頑張って!!!」


私は叫び声を上げながら森の上を突っ切って行く。


魔力を注ぎ込んだ全速力の飛行により空を駆け、数分で家である洋館に辿り着く。急ぎすぎてこのままでは扉に突っ込んでしまう......それならッ!


「【風霊の巫女よ、我がかいなに風の鎚を】!」


右腕を振り抜き二階の窓を破壊する。風の塊で対象を殴りつける風属性中級魔術、【風撃ウインドブラスト】だ。少し大きく破壊しすぎた気がしないでもないけれど今はそれどころじゃない。


家の中を全速力で駆け抜けておばあちゃんの部屋に飛び込んですぐさまおばあちゃんを横たえる。


「今、なんとかするから!」


部屋にある薬草棚を見る。ぱっと見では今のおばあちゃんをどうこう出来る物は無い。


私は再度家の中を走り工房に向かう。ここなら何でも出来る筈!


「ええと、あれとこれとこれも、いやこれか、いいやこれ......あぁもう落ち着きなさい私!」


かなり慌ててしまっているのが自分でもわかる。でもどうしようもない、こんなの初めてなんだから。


なんとか目当ての薬草や魔術資材を集めて薬を作り、更にそれを煮詰めつつ魔力を加えながら素材を追加して精製する。


「出来た......!」


私はまた全力疾走でおばあちゃんの部屋へ向かう。


「おばあちゃん!飲んで!」


おばあちゃんの口に粉末を流し込もうとするが、とても飲ませられるような状態じゃない。仕方なく水に粉末を入れて開いた口の間から入れる。少し零れてしまったが問題ないだろう。薬の効き目が落ちるからあまり良くはないんだけど......


今飲ませたのは特級の抗呪効果がある薬だ。私が作れる限界。一旦押さえ込んで話を聞いたり呪いがどんなものなのか調べたりしなくてはならない。その為には一度落ち着かせなければならない。だが......


「どうして!?どうして収まらないの!?」


薬を飲ませたのに一向に落ち着く気配は無い。それどころか呪いの進行が再度始まったらしく、刺青の様な物がじわじわと体を侵食していくのが見える。


私は懸命に薬を精製しては流し込み、【解呪】を掛ける作業を繰り返す。それでもゆっくりながらも確実に広がって行く呪い。刺青が確認出来る限りの全身に回りきり、もうダメかと思った時、おばあちゃんの口が意思を持って動く。


「ドロ......シー......」


「!、おばあちゃん!!!」


「もう、やめなさい。全ては無駄な事さね......」


「何言ってるのおばあちゃん!!!おばあちゃんが諦めたら治るものも治らないわ!!!」


「諦めようが諦めまいがどのみち関係ないさね......この呪いは実に強力だ......」


「心当たりがあるの......?」


「多分冒険者時代に戦った邪竜のものさね......今まで騙し騙しやってきたけれどもう限界......だ......」


「待って!!まだ話したい事、聞きたい事が山ほどあるの!!!置いていかないで!!!」


「そう......言われてもねぇ......右手を見な......」


袖を捲り上げて右腕を見る。すると右腕は指の先から何か光沢のある真っ黒な何かに変わりつつあり、それが高速で侵食を始めていた。


「そんな!?」


あの刺青は序の口でしかなかったって言うの!?


その光沢に嫌な感じがした私はそこを触ってみる。するとそれは硬く、まるで硬質化して行っている様だった。


「黒い石になっているだろう......?なら決まりじゃ......長らく抗ってきたこの呪いはあの竜のものだったさね......」


「ち、治療法は!?」


「さぁ、どうだろうね......少なくともここ50年、現実的なものは何も見つかりはしなかったさね......」


「そんな......そんな......おばあちゃん......!!」


「ドロシー......今まで、迷惑かけたね......」


「そんな事ない、そんな事ないよ!!!」


右手を見れば既に肩口まで黒い石と化している。足の方を見ても同様だ。


「私の......孫に......なってくれて......」


「そんな、そんな!!!!」


服の下で確認出来ていなかったが、既に硬質化は首まで達して来ていたらしい。遂に顔にも侵食を始めた。


「ありがとう......ねぇ......」


「おばあちゃん!!!!!」


その後も譫言の様に言葉を紡ごうとするが、口が半分石になってしまった所為で意思を持った言葉にはならなかった。


やがて......全身が黒い石へと変貌した。


おばあちゃんは......





















死んだのだ。

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