「そんな気がするの」
「つまり、抜き取ったのと同時に消滅してしまったという事か」
「そうよ。最初はいけるかなと思ったのだけれど、私は元々そういう事は苦手なの。専門外だわ。抜き出せた事だけでも褒めて欲しいわね」
ファルシーは少し鼻を鳴らし顔を背ける。自分は悪くないというような態度だが、明人はそんな事はどうでも良く、気にせず何かを考えている。
「一つ聞いてもよいか、明人よ」
「一つだけだからな。それ以上の質問は受け付けねぇぞ」
カクリが明人に近付き、問いかけた。
「なぜ明人の記憶を女から抜き取る必要があったのだ。契約を解除してしまったらそのまま戻る訳では無いのかい?」
「少しは考えろ。お前の脳みそは何で出来ている。いや、何も詰まっていないのか。だから考える事ができ──」
「余計な事は良い。早く質問の答えだけを言うのだ」
明人の言葉を遮り、カクリはジトッとした目で見上げる。
「はぁ。真陽留とベルゼが契約を解除。つまり、力の制御が出来なくなるって事だ。そうなると、音禰の中には俺の記憶と自身の記憶が残る事になる」
明人はカクリにも分かるように噛み砕いて説明し始めた。
「俺が一度、記憶が無理やり送り込まれ倒れた事があんだろ。それと同じで、音禰の脳も処理出来ず目を覚ます事は無い可能性があった」
説明を受けた音禰は体を震わせ、カクリも納得したように「そういう事か」と頷く。
「私からも一つ。貴方、記憶が無くなってしまう事を分かっていたみたいだけれど、予想していたのかしら?」
ファルシーの言葉に真陽留と音禰は、勢いよく彼の方を向いた。それに対し明人は何も答えず、眉を下げ、呆れたように笑みを零しながら肩を落とす。
「え、でも──」
「今はどうでもいい話だろ。とりあえず、今はベルゼについてが先だ。カクリはどうしたいんだ」
「………明人に任せる」
カクリは少し考えたあと、レーツェルから離れ明人を見上げ言った。
「そうかよ。なら──」
明人は今後についてみんなに伝えた。
その内容は、全てを納得する事は出来ないものであったが、それでも今の段階では一番効率的で、一番現実的な方法だった。そのため、最初反対していた音禰と真陽留は、最終的には頷く事しか出来なくなり、渋々了承した。
☆
ベルゼを封印してから三年の月日が経った。
真陽留はもう
音禰は半月前に一度、家族の元に帰ったがすぐに真陽留の住むアパートへ移動していた。そして、二人でお金を貯め、少し大きな家へと引越し今は同居している。お互い幼馴染、友人という関係のまま。
真陽留は人と接する事が得意なため、今ではある有名なケーキ店で働いていた。
有名店なだけあって何時でもお客様がおり、冬なんかは特にお客様の列が途切れない。
雪が降ると外を眺めながら真陽留は顔を青くし「地獄の始まりだ」と呟くのが毎年の恒例になっているのだが、今の季節は秋。そこまで忙しくないらしく、余裕そうに仕事へと向かっていた。
音禰は事務仕事をしている。
パソコンを扱うのが思っていたより得意だったらしく、少し教えてもらっただけで普通に出来るようになった。
仕事内容も直ぐに頭に入り、今では周りから期待されている逸材となっている。
そんな二人は、今商店街を買い物袋を手に持ち歩いていた。
「もう忘れ物はないかな」
「ないだろ」
「適当だなぁ。今日はすき焼きだよ。早く帰って準備して食べようよ!!」
「また太っても知らねぇからな」
「そうやって言うの本当に良くないと思う!!」
二人は楽し気に商店街を歩く。周りは人で賑わっており、高校生、親子、ママ友。色んな方とすれ違いながら、二人は楽しく歩いていた。
お店の中から聞こえる音楽や、楽しげに話している人達。そんな声を耳にする度、心地よく気分が上がる。
色んな話をしながら二人が商店街を出て真っ直ぐ進んでいると、大きな病院に辿り着いた。
そこは三年前、音禰が入院していた病院。二人はそこで一度立ち止まり、病院を見上げる。
「この病院。何かあった気がする」
「あぁ、そうだな。僕もそう思うよ」
音禰と真陽留は目の前に広がる病院を、沈痛な面持ちで見上げていた。
見た目は普通の病院で、何も変わったところはない。患者の出入りもそこまで多い訳ではないが、少ない訳でもない。結構人気な病院だった。
「ここを通る度いつも思うの。私、何か大事なものを忘れているって」
「僕も思う。でも、何を忘れているのか、なんで忘れているのか。全く思い出せない。大事なものだったはずなのに……」
「えぇ」
二人はその後、少し考えたが何も思い出す事が出来ず、仕方なく自身の家へと帰って行った。
そんな二人の後ろを子狐とコウモリが二匹、影に隠れながら観察するような目でジィっと見ていた。
「おい、本当に何も言わなくても良いのか?」
「仕方がないだろう。明人が何も言うなと言うのだ。私達は見守る事しか出来ん」
「暇だっつーの」
「それも仕方がないだろう。もう少しで私の力も切れてしまう。また新たに力をかけるか、それとも──」
コウモリと子狐はそのような会話をしたあと、周りに気づかれないようにそっと姿を消した。
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