「忘れるな」

『終焉だと? こんな紙っきれで何が出来る?』

「そうだな。できる事と言えば、お前を封印する事だろうな。カクリ、始めるぞ」

「あぁ」


 カクリは立ち上がり両手を前に出す。気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。そして──


「お主の黒い匣を取り除く」

『なっ──』


 カクリは鋭い視線を向けるのと同時に呟くと、ベルゼに張り付いた五芒星が光り出し浮かび上がる。その光は徐々に上へと上がり、彼の頭上に移動し照らし始めた。


『なんだ、これ』


 頭上にある五芒星を見上げ、ベルゼは疑問の声を上げた。嫌な予感が頭を走り、その場から逃げようと足を踏み出そうとするが、金縛りのように体が動かなくなった。


『っ貴様!!!! 何を──あの男、どこに行った?』


 カクリに怒りをぶつけると、いつの間にか明人の姿が無くなっている事に気づき、周りを見回す。だが、どこにも彼の姿はなく、忽然と姿を消してしまった。


 見つけたくともその場から動く事が出来ず、ベルゼは怒りで顔を歪ませ、体をわなわなと震わせる。歯を食いしばり、喉が裂けてしまう程の声量で叫んだ。


『貴様ぁぁぁぁあああああ!!!!!』

『お前の匣は真っ黒で、俺好みだ。だが、今回は仕方ねぇから封印で済ませてやる。俺の優しさに感謝するんだな!!』


 姿はどこにもないが、声だけが響き渡る。

 カクリは必死に五芒星を操り、ベルゼの行動を制限していた。


『何故だ。何故だ何故だ何故だ!!!! 何故だぁぁあああ!! 我は悪魔だ。完全なる悪魔となった!!! ただの人間に負けるはずない!! 許されぬぞ人間!!!』

「なにっ!?」


 ベルゼが叫び、その場から動こうと無理やり移動しようとする。その事に対し、カクリは驚きの声を上げた。それでも、なんとか押さえつけようと歯を食いしばるが、彼は歩みを止めない。


『負けぬ、絶対に負けぬぞ!!!』


 五芒星から手を伸ばし、外に出ようともがく。

 カクリとベルゼがお互い引かず、力の押し合いとなる。今のカクリは力が今半分になっており、ベルゼの方が力を温存している状態。そのため、彼の手が少しだけ五芒星から注がれる光から出てしまう。


『そうだ。我が人間になど、負けるわけがなっ──』


 カクリの拘束から開放されると、口元に狂気的な笑顔を浮かべた時。どこからか悲しげな声が聞こえ、ベルゼを呼ぶ。


『もうやめて、純彦』

『純彦、頼む、やめてくれ』


 光の外に男女の人影が現れた。そんな二人は、光から少しだけ出たベルゼの手を優しく包み込む。


 その男女は、ベルゼが人間だった頃の両親。涙を流し、悲し気な表情を浮かべている。


『誰だ貴様ら!!!』


 今のベルゼには両親が分からない。怒りのままその手を払おうとするが、力強く握られており話す事が出来ない。


『貴方は純彦。私達の大事な息子よ』

『忘れないでくれ。私達は、何時でも純彦が大事だ。何処へでもついて行く。例え地獄だとしても。だから、もうやめてくれ。優しい純彦に戻ってくれ』


 両親の声はベルゼに届いておらず、なんとか手を振り解こうとしたり、大きな声で『離せ』と叫びまくっている。

 カクリも再度動きを止めようとするが、半分の力では限界があり、今以上の力を出す事が出来ない。


「明人よ。もう、限界だ。早くしてくれ」


 カクリは必死に呟くが、返答がない。明人の方もすぐに動ける状況ではなかった。


『このまま、終わらせる訳にはいかぬのだ!!!』


 ベルゼがとうとう両親の手を払ってしまい、五芒星から出ようとしてしまう。

 カクリも必死に止めていたが、ベルゼの力の方が強く、少しずつ外へと進んでしまう。

 

 とうとう、ベルゼの身体は片足だけを残し五芒星から出てしまう。あともう少しで自由の身を手に入れると思った時、ベルゼはまたしても動きを止めた。足を止めた理由は、誰かに掴まれた感覚があったからだ。


『なにが──』

『もう、やめて──』


 ベルゼの足元には、傷だらけの少年。純彦が立っていた。


『なぜ、貴様がここに──』

『もうやめて。これ以上、お父さんとお母さんを困らせないで』


 純彦はベルゼのズボンを掴み、訴えかけている。力はそんなに入っているように見えないが、それでも何故かベルゼは動けなくなっていた。

 少年を見下ろし、驚きの表情を浮かべ固まっている。


『な、んで。弱虫が、やめろ。やめろ。我の前に貴様が現れるな!!! 我は悪魔だ!! 人間みたいな弱い生き物ではない!!!』

『違う。君も、僕と同じ弱い生き物だ。弱いから、人から力を奪うんだよ。強い人は、そんな事しない』

『黙れ!!! 貴様のような弱虫になどわからぬ事だ!! 貴様のような弱い生き物など存在する価値すらないのだ!!』


 ベルゼは叫ぶが、額には大粒の汗が流れ、なぜか怯えたような表情を浮かべている。声も微かに震えており、何かから逃げるように足を動かそうとした。だが、それは叶わない。


『確かに、僕は存在してはいけない存在だった。僕が産まれなければ、お母さんとお父さんは困らなかったし、死ぬ事は無かった。僕のせいでお父さんとお母さんは死んでしまった』


 顔を俯かせ、純彦はボソボソと呟く。


『だから、これ以上困らせないで。悲しませないで。もう、やめて。お願い……』


 純彦の訴えは、取り乱しているベルゼの耳にもしっかりと届き、先程まで暴れていた彼は徐々に大人しくなっていった。


『我は悪魔だ。そのような事、貴様のような弱い者の言い分などに従うわ訳がないだろう!!!』


 何かから逃げるようにベルゼは、純彦を蹴りあげようと動いた時──…………



 ────忘れるな。ここは、お前の記憶の中だという事を



 明人の声が響き、ベルゼは目を大きく見開き動きを止めてしまった。

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