「ありがとう」
ベルゼは自身の足にしがみついている純彦を蹴りあげようとしたが、それは叶わない。純彦の両親が彼を抱きしめ、優しく声をかけた。
『貴方は心優しい子。大丈夫。大丈夫よ』
『あぁ。純彦、またお父さん達と一緒にいて欲しい。ずっと一緒にいて欲しいんだ』
『お母さんは純彦が居てくれてとても幸せだったわ。だから、お願い。もう一回、お母さんと呼んでくれないかしら』
二人の暖かい温もりにベルゼは動けず、振り払う事も出来ず。ただその場に立っていた。
足にしがみついていた純彦も手を静かに離し、彼を見上げる。
『僕、もう人を傷付けたくないよ』
純彦の涙が、地面に落ち雫が跳ねる。それを見たベルゼの目からも、大粒の涙が流れ、崩れるようにその場に座り込んだ。
『我は、強くなるため力を欲したのだ。力がなければ何も出来ない。生きる事さえ、許されぬのだぞ。それなのに──』
「たしかに、お前の生きていた時代ではそうだな。だが、今はもう必要ないだろ」
姿を消していた明人が、闇の中から姿を現した。無の表情で、何を考えて、何を思っているのか分からない。
座っているベルゼを見下ろし、言葉を続ける。
「もう、必要ない。力なんてもんは要らねぇんだよ。必要なのは、今のお前の意思と想いだ」
『意思と、想いだと?』
「そうだ。今のお前がやるべき事は、過去の自分と向き合い、認める事。もうお前は一人じゃねぇ。なら、出来るだろう」
明人はベルゼの近くにいる人達に目を向けた。
ベルゼが人間だった頃の大事な家族。自身の息子を守り抜こうとした大事な人達。弱くて何も出来なかった自分自身。
彼は何もない空間を見上げ、五芒星の光に目を細める。
『────我の、負けだ』
悲しげに、でも、もう吹っ切れたように。彼は自身の負けを、認めた。
明人は「そうか」と一言口にし、カクリの方を見た。
その目線をカクリはしっかりと受け止め、小さく頷く。まるで会話をしているような二人に、ベルゼは優しげな笑みを浮かべた。
『想いなど、必要ないと思っていたのだが、そうでも無いらしいな』
「当たり前だ。結局は、お前も自分の想いと向き合い、負けただろう」
『人間風情が、生意気に物を言うでないわ』
そんな会話を最後に、ベルゼは目を閉じ眠りに入った。
いつの間にか周りにいた人達は消えてしまい、ベルゼだけが五芒星の光の中に残される。
「カクリ」
「分かっておる。しっかりと自身の想いと向き合えたのだ。少し納得できん部分もあるが、
カクリが言うと、五芒星が時計回りにゆっくりと回り始めた。そして、徐々に下がる。
「カクリ」
「っ。なんだ」
ベルゼは閉じていた瞼を開け、左右非対称の瞳を向け名前を呼ぶ。それに驚きつつも、カクリは反応し声をかけた。
「────ありがとう」
その言葉に目を見開くカクリだったが、そのあと、優しく微笑みながら「まったくだ」と口にした。
五芒星がベルゼを囲った時、徐々に姿が薄れそのまま消えて行く。
残された明人とカクリの姿も薄くなり、それと同時に、真っ暗だった空間が明るくなり始めた。
上空から光が差し込み、残された明人とカクリを照らし出す。
二人は眩しさで目を細め、微笑みながら姿を消した。
☆
「大丈夫かな……」
「心配だけど、僕達は待っているしか出来ない。信じて待っていよう」
「うん」
倒れてしまった三人を心配そうに見ている音禰と真陽留。
「どうやら、最終局面らしいわね」
「あ、ファルシーさん。あの、体、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ、心配かけてごめんなさい」
腹部から流れ出ていた血は止まり、顔色もわずかだが戻り始めている。体はまだまだふらついているが、大分マシになっていた。
「ここで失敗してしまったら全てが終わり。この悪魔の本当の想いを見つける事が出来るかしら」
ファルシーが呟くと、明人のポケットが光出した。
「ん? なんだこれ、光ってる?」
真陽留は光っているポケットに手を入れ、何かを取りだした。それは、レーツェルから預かった、五芒星が描かれているメモ紙が貼られた空の小瓶だった。光っていたのは五芒星。
「これって──あ」
小瓶がカタカタと動き出し、真陽留の手元から滑り落ちる。だが、割れる事はなく、コロコロと転がりベルゼの元へ行ってしまう。それを音禰が拾いあげようとしたが、ファルシーが「待って」と止めた。
空の小瓶はベルゼにぶつかり、止まった。
「自然に転がった訳じゃなさそう?」
音禰の言葉に、真陽留が困惑気味に頷く。
ずっと見ていると、突如としてベルゼから何か、黒いモヤのものが現れ始める。そのままモヤは、ベルゼを包み込もうとしてした。
「え、だ、大丈夫なの?!」
「これって──」
二人でファルシーを見るが、本人は余裕な笑みを浮かべている。安心したように目を細め、瞳を揺らす。
「どうやら、終わったらしいわね」
ボソリと呟き、彼女は安心したように息を吐く。
「終わった?」
「どういう事だ」
よく分からない二人は、もう一度彼の方に目を向ける。
ベルゼを包んだ黒いモヤは、徐々に空の小瓶に吸い込まれていく。全てを吸い取った小瓶は、蓋をするように五芒星の紙が動きだし上に貼られた。
小瓶の中には、黒い液体が光に反射し、キラキラと輝いている。
ベルゼが倒れていたところには、小さな少年が涙を零しながら「お父さん、お母さん」と呟きながら眠っていた。
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