「約束して」

 真陽留が地面を蹴り、走り出す。一歩でベルゼの目の前まで移動し、拳を振り上げる。瞬きした一瞬で目の前に現れた真陽留に驚き、ベルゼは目を開くがすぐさま受け止めるべく両手を胸元辺りに持って行く。だが、直感的に駄目だとわかり住んでのところで横に避けた。

 人間ではありえないほどの威力が真陽留から放たれ、風が起き、土埃が舞う。近くにいたベルゼも風で飛ばされ、壁に背中をぶつける。勢いが強く、壁が崩れへこんでしまった。


「貴様、まさか──」

「そのまさかだ。僕は、ファルシーと仮契約をした」


 真陽留は言いながらも殴り続け、ベルゼに攻撃を仕掛ける。拳が当たる直前、ベルゼは翼を広げ苦衷に回避。それでも風圧で体が流れ、次の行動に移れない。


「ぐっ!! …………ほう、なかなかやるな。なら、我も少々本気を出そう」


 ベルゼは空中を飛び回り風圧を溶け、大鎌を作り出し握った。


「下克上など、させんぞ魔蛭!!」


 今度はベルゼが大鎌を構え真陽留へと突っ込み攻撃を仕掛けた。

 真陽留も来るのがわかっていたため、それを避けカウンターを仕掛けようとする。お互い譲らない攻防を繰り広げた。


 ☆


 明人はカクリを受け取り、顔色を確認していた。

 傷口にも手を当て状態を見ているが、険しい顔を浮かべるのみ。悲し気に眉を下げ、口を閉ざし続ける。


 血は止まっているため出血多量にはなっていないが、それでも服に付着している血の量などを見ても、どれだけ酷い事をされたかは想像出来る。

 いつも白いはずのシャツが赤く染まり、胸元には大きく穴があいている。人間なら死んでいる状態だ。


 明人は下唇を噛み締め、震えるほど拳を握っている。その手を音禰が優しく包み込み、カクリを見下ろした。


「可哀想。こんなに小さいのに……」


 カクリの様子に、彼女は涙を浮かべる。


「おい、残り一回、こいつに使えねぇのか」

「分からない。ここまで酷い傷を治せるかどうか……。相想のでも精一杯だったの。約束は出来ないわ」


 音禰は渋い顔を浮かべ彼の質問に答えた。その返答に、明人は少し考える素振りを見せたが、直ぐに口を開く。


「それでも構わない。こいつを治せ」

「なら、貴方の右腕を治した方が確実なんじゃ──」

「いいからさっさと治せ──頼む音禰」


 相変わらずの命令口調だが、その中には不安や心配、怒りなどの感情が込められており、音禰はこれ以上口を開く事が出来ず、小さく頷いた。


「時間がかかるわ」

「時間稼ぎならあいつがやる。俺もな──」

「──えっ。ちょっと!!」


 カクリを音禰に無理やり渡し、明人はその場から立ち上がりベルゼと真陽留の所に行こうとする。


「ま、待って!! 貴方も怪我をしているのよ!? 骨が折れているの。今は少しでも休んだ方がいいわ。体力だって限界だったじゃない!!!」


 明人を必死に呼び止め、音禰は彼の怪我をしていない方の手を掴む。


「それじゃお前は、真陽留に全てを任せるつもりか? 俺達三人でも危なかった相手だぞ。それをあいつ一人にさせる気か?」

「そ、それは……。でも、相想は怪我を──」

「うるせぇよ」


 彼は振り向かず、低く重たい声で言った。怒っているのか分からないその声に、音禰は息を飲み言葉を途中で止めてしまう。


「これは俺達がやらなきゃならねぇ。怪我をしているからという甘えは通用しない。そんなの、お前だってわかるだろ。甘えんな。お前も、次は助からねぇかもしれねぇんだぞ」


 肩越しに明人は、彼女を見下ろす。


「わかったなら、さっさと離せ」


 また前を向き、彼は歩き出そうとした。だが、音禰が手を離さなかったためそれは叶わない。

 手を離さない彼女にイラつき始め、明人は舌打ちをし勢いよく振り向いた。


「いい加減にしろ。どうしても嫌なのなら、ここから出て行け。弱い奴はただ死を待つだけだ。甘えるぐらいなら、とっとと消えろ」


 怒鳴りつけたのだが、それでも音禰は手を離さず、逆にギュッと握る力を強めた。


「おい──」

「約束して」

「あ?」


 また離すように口にしようとした時、それを遮り音禰が訴えるように彼を見上げた。


「約束して。必ず、また三人で会うの。三人で遊ぶの。失った時間に戻る事は出来ないし、取り戻す事も出来ない。でも、補う事は出来ると思うの。だから、必ずまた三人で遊ぶの。それを、約束して──」


 音禰は真っ直ぐと彼を見る。その目に迷いはなく、ただ明人を信じている──そのような目をしていた。

 目を合わせた彼は舌打ちをした後、ゆっくりと。目線を逸らしながら小さく頷いた。


 それを確認した音禰はするりと手を離した。目に涙を浮かべながらも笑みを作り、一言だけ伝える。


「お願いします」

「お願いされました」


 面倒くさそうな表情を浮かべる明人だったが、その耳はほんのり赤くなっていた──

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