「可能性はある」

「なーんてね」

「なっ!!」


 ベルゼが振りかぶった大鎌を、ファルシーは片手で楽々受け止める。よく見ると大鎌はファルシーの手に当たっておらず、触れる直前で止まっていた。

 下唇を舐め、影のある笑みを彼に向ける。


「私は堕天使よ? こんな物に臆する訳ないじゃない。それに、貴方より私の方が長く現世をさ迷っているのよ? 舐めないでちょうだい」


 妖艶な雰囲気を纏わせ、ファルシーは受け止めている大鎌にフッと息を吹きかけた。すると、先程の霧のような物が大鎌の周りを漂い始める。


「何を──」

「見ていればわかるわ」


 ベルゼは驚きに目を見開き、何とか引こうとするも動かす事が出来ない。徐々に包まれてしまう大鎌を見続けていると、いきなり床へと黒い液体が落ちた。


「なっ──」


 ボタボタと。大鎌自体が溶け始め、ベルゼの手からずるっと落ちてしまった。


「まさか、この霧──」

「勘が鋭いのね。でも、遅いわよ。話とは違うけれど、貴方を現世から地獄へと送り届けた方が、あの人間のためでもあると思うの」


 ファルシーは、不敵な笑みを浮かべながら彼へと手を伸ばし、そっと腕を掴む。


「さぁ、私と一緒に行きましょう? 地獄の底へ──」


 腕を掴まれたベルゼは、ファルシーの狂気じみた表情を見た瞬間顔が凍りつき、咄嗟にその手を振り払い距離をとった。


「これが堕天使か。確かに実力を見誤っていたらしい。今日はこれで失礼しよう、目的の人物はいないようだからな」

「なっ。待ちなさい!!!」


 逃がすかと言うようにファルシーは、急いで翼を広げ手を伸ばすが、遅かった。彼女に手は空を掴み、ベルゼは自身の影に体を潜り込ませその場から姿を消してしまった。


「少し油断したわね。目的の人物、か…………」


 ファルシーは窓の外に目を向け、少し不安げに眉を顰める。誰を指しているのかすぐに分かり、小屋に残っている二人を頭に浮かべた。


「まぁ、あの男なら問題ないわね。私はこのままここで待つ事にするわ。その時が来るまで──ね」


 窓から目を離し、ファルシーは薄く口元に笑みを零し病室の中へと視線を移す。すると、その笑みは急に凍りつき、額から冷や汗を流し始める。


 目の前で広げられている光景は、まるで赤い箱にでも閉じ込めれているのかと考えてしまうほど、ベルゼの鮮血で赤く染っていた。

  ファルシーにとっては正直関係ないが、今ここで何も知らない人が入ってきた場合、弁解できるのは彼女のみ。それを察してしまい、力なく肩を落とし、空中を無意味に漂い天井を仰いだ。そこにも血飛沫が付いており、さらに顔を青ざめさせる。


「これ、私が何とかしないとダメなの?」


 顔を引きつらせ、どうするか考えていると病室のドアが開かれてしまった。そこから現れたのは、いつも音禰の体調を見てくれている看護師で、病室内の惨状を目にし、ファルシーの声とともに甲高い叫び声が病院内に響き渡った──


 ☆


「明人よ。小屋はいいのかい? なぜいきなり奥へと進もうと言うのだ」

「気になったからな」


 明人とカクリは今、小屋がある所から少し奥へと進んだ林の中を歩いていた。

 太陽光が周りの木により遮られ、霧も漂っている。夜のように暗く、君が悪い。ジメジメとしており、体に纏わりつく気持ちの悪い感覚は拭えない。


 風が吹き、木々が重なり合う音が響く。鳥が飛び交う音や、虫の声まで耳に入り気になり気が散る。

 異世界へ続く道を歩いているのではと思うほど、ここは人里離れしているように感じた。


「今まで気にした事など無かっただろう。いきなりなぜなのだ?」

「別にいいだろ。気になったから来たまでだ」


 明人は真面目に答える気がなく、適当に流している。彼の性格を理解しているカクリは早くに諦め、そのまま後ろを静かについて行く事にした。すると、蛍のような輝きが暗闇の中に漂い始め、カクリと明人はその光景に足を止める。


「これは?」

「蛍……では無いな。まさか、小屋の奥にこんな。隠された所があるなんてな。興味が無かったとはいえ、少し勿体なかったか」


 彼の目に映るのは、青い光。林の中を漂い、漂っていた霧を払うかのように空中をゆらゆらと動く。もっと奥を見ると、迷い込んだ者を引きずり込もうとするように洞窟がある。


「ここは?」

「さぁな。だが、何か秘密があるのは確実だろ。とりあえず、ここは後にし小屋に戻るか」


 洞窟に近付き、まじまじと見たあと。明人は鼻を鳴らし、すぐに引き返してしまった。その行動にカクリは驚きを隠せず、「えっ、明人?」と困惑の声を上げる。


「言っただろ、ここに来たのは少し気になっただけだ。この機会に見ておこうと思ってな。それに、俺達には依頼人が来るかもという考えも頭の片隅に置いとく必要がある。まったくめんどくせぇな。まぁ、俺は何もする必要はねぇけど」


 頭をガシガシと掻きながら口にし、小屋へと戻り始める。その際の最後の言葉に、カクリは頭を抱えた。


「私の負担とか考えぬのか、貴様…………」

「俺は呪いで体の節々がいてぇーんだよ。今もだるいしいてぇしで、まったく。風邪をひいたみたいな感覚だな」

「風邪と呪いを一緒にするでない」


 カクリは呆れながら溜息をつき、明人の後ろを歩き進める。


「まったく、貴様はもうすこ──ぶっ」


 グチグチと。カクリが呪いのような言葉を発しながら歩いていると、前を見ておらず。明人が立ち止まった事に気付かず、鼻をぶつけてしまった。


「どうしたのだ明人よ──」


 赤くなってしまった鼻を押さえながら前を見ると、言葉を途中で止める。彼の前方に立っていたのは、片手にカッターナイフを持っている魔蛭だった。


「あやつ──」


 カクリが明人の隣に立ち警戒態勢をとるが、明人は変わらず魔蛭を見ているだけで、何も行動を起こそうとしない。だが、それは魔蛭も同じで、顔を俯かせその場に立ち止まっているのみ。


「お前、なんでここにいんの? まぁ、こっちに来るとは思ってたけど」

「……」

「……なぜ動こうとしない?」

「……」

「話せねぇのか? まさか知能がそこまで落ちてしまったなんてな。俺は悲しいぜ」

「……」


 明人の言葉を全て無視し続ける魔蛭。カクリも警戒しつつ、二人を何度も見比べていた。


「何も用がないのなら、俺は忙しいんで失礼するぞ。お前さんみたいに暇じゃないんでね」


 呆れたように言い、魔蛭の横を通り過ぎようとした。その時にやっと彼は動き出し、明人の腕を掴む。


「っ明人!!!」


 魔蛭が明人の左腕を掴み、そのまま右腕を振り上げカッターナイフを彼に刺そうと動き出した。その目は何も映しておらず、死んでいるように、黒かった――……

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