「嘆きなさい」

 ファルシーはいきなり明人から視線を向けられたため、困惑の表情を浮かべ、額からは脂汗を流し始める。嫌な予感が頭の中を駆け巡り、引きつった笑みを浮かべた。


「えっと、私が何?」

「おい堕天使。お前、俺のために協力してくれるんだよなぁ? なら、早速手を貸してくれるな?」


 明人はファルシーに手を差し出し、協力を仰いだ。だが、何か良からぬ事を企んでいるような表情に、彼女は少し手を取るのを躊躇している。


「えっと…………。具体的には何を?」

「おめぇが協力すると言ったら教えてやる」


 その言葉に彼女は「えぇ……」と肩を落とす。その後、明人の手と顔を交互に見る。ムムムッと考え、どうする事も出来ないと悟り、諦めたように手を握った。


「これでお前は俺と協力関係だ。もしもの時はそれなりの対処をさせてもらう。いいな?」

「う、うん」


 明人は、ファルシーの手を引っ張り自身の顔に近付かせ、脅すように言葉を投げかける。その威圧に押されるように、ファルシーは顔を青くしながらも小さく、肝に銘じるように何度も頷いた。


「んじゃ、まずは──」


 ファルシーを解放し、明人はこの後何をするのかを二人に話し出した。


 ☆


「なるほどな。それはいつなんだい?」

「あいつらはもう動き出していてもおかしく無い、明日から始める。堕天使は病院、俺達はこの小屋で待機だ。人間相手なんだから一人でも楽勝だろ」

「まぁ、なんとなく腑に落ちないところはあるけれど、内容自体は面白そうだし、頑張るわ。でも、なぜ私が病院? 子狐ちゃんより私の方が戦えるわよ?」

「俺は小屋から動けない。そんで、カクリは俺と契約している。お前は呪いでむしばまれているか弱くかわいそうな俺を放置するつもりか?」

「…………もう、何も言わないわ」

「なら素直に従っとけ」


 肩を落とし、ファルシーは自身の失言に項垂れる。カクリは哀れみの目を向け、肩にポンと、手を置いた。


 この後もカクリと明人、ファルシーは作戦をしっかりと立て、明日から実行するということで話が終わる。

 その後はそれぞれが時間を過ごし、夜には眠る事が出来た。その際、明人は何か企んでいるような怪しい笑みを浮かべ、ファルシーを横目で見ていた。


「さぁ、どんな反応をするかねぇ〜」


 ☆


 次の日朝。日が昇り街を照らしている。雲一つない晴天で、空は青く輝き眩しい。心地よい風も吹いており、外出している人が多い。

 そんな中、ファルシーは神霧音禰しんむおとねが眠る病室に来ており、翼を広げ空中を漂い。暇そうに唇を尖らせ、ベッドで眠っている音禰を見下ろしていた。

 看護師がいつものように音禰の様子を確認すると、ファルシーに一切目を向けず病室を出て行く。ファルシーの姿など一切見えていない。


「さて、ここでまず男が来るのを待つって事ね。それに関しては、本当につまらないわねぇ」


 愚痴を零しながらも、音禰の近くで空中に浮き、時間が経過するのを待ち続けた。


 ☆


 ファルシーが待ち続けていると、音禰がなんの前触れもなく苦しみだしてしまい目を丸くする。

 息が突如として乱れ、脂汗を流し前髪を濡らす。その様子は異常で、ファルシーは眉を顰め顔を覗き込んだ。


「魘され始めた? もしかして、この子の体も限界に近いのかしら」


 冷静に音禰の顔付近に手を添える。すると、淡い光が徐々に彼女を照らす。その光は儚くも見え、暖かくも感じた。


「どのような悪夢を見ているのかしら。少し、気になるわね」


 呑気な事を言いながらも、音禰に光を当て続けていた。すると、荒かった呼吸は治まり始め、静かな空間にはファルシーと音禰の息遣いだけが響く。


「はぁ……はぁ……」


 落ち着きを取り戻し、音禰はそのまま深い眠りに入った。


「これが。代償は大きいはずなのにね。これをやった魔蛭とかいう男、一般的な思考の人間じゃない事は確かなようね。それに、悪魔が近くにいる。しかも、悪魔の中でも最悪な人物、ベルッ──」


 ファルシーが悪魔の名前を口にしようとした時、どこからか黒いナイフが光の速さで彼女へと飛んでいく。反射的に避ける事が出来たファルシーの頬と腕を掠め、赤い血が流れ服を汚した。


「ちょっと、話が違うじゃない。なんでこっちに悪魔が来るのよ」


 文句を口にしながら、彼女は出入口に立っている人物に目を向け、舌打ちをする。


「なんの話しか分からんな」

「こっちの話よ、気にしないで」


 余裕そうに口角を上げ、ファルシーに少しずつ近付いているのは魔蛭の相棒である悪魔、ベルゼだった。

 その姿は青年男性と変わらない。口角を上げ、怪しい笑みを浮かべている。


 ファルシーは最初こそ驚いていたが、今はしっかりと体勢を立て直し、ベルゼを見ている。


「今すぐそこから離れてもらうぞ。邪魔だからな、堕天使よ」


 楽しげに影を操り、ファルシーに向けてナイフのような鋭く尖った影を飛ばした。

 ファルシーは翼を広げ空中を舞い、軽やかに全てのナイフを避けている。だが、病室の中は狭いため上手く動けず、最初こそ良かったが、今は行動を制限された状態なため、徐々に削られてしまう。

 頬、腕、足。徐々に掠め始め、舌打ちが零れた。


「くっ! 堕天使を舐めないで欲しいわよ!!」


 避けながら彼女は、紫色の霧を手に纏わせ、ベルゼに向かって放った。


「こんなもの──」


 ナイフのような影で霧を消そうとしたが、それは無駄な行動。霧は一度分散され、再度形を作りだしそのままベルゼへと突っ込んでいく。


「ふふっ。私は堕天使。そのような甘い攻撃は効かないわよ? 悪魔は悪魔らしく、地獄で自身の行いを嘆きなさい」


 妖艶な微笑みを浮かべ、右手を口元に持っていき、キスを投げかける。相手を誘惑するような姿だが、手から出しているのは黒い霧だ。

 紫色の霧で動きを制限したあと、ベルゼを包み込むように黒い霧が動き出す。


「それは堕天使である、貴様がやるべき事だろう?」


 ベルゼは先程より口角を上げ、鋭い牙を覗かせる。楽しげに笑いながら、ベルゼは自身の袖をめくり、腕を尖った爪で切り裂いた。


 血飛沫が舞い、白い病室を赤く染める。ファルシーが出した霧もついでというように、消えてなくなってしまった。


「あらら。私は私の行いに未練はないわ。自由を手に入れたかったんだもの。仕方がないでしょ?」


 霧を消された事など一切気にせず、どちらも楽しげに会話を交わし続ける。


 ベルゼが出した鮮血は、霧を消し、白い病室を染めただけでなく。徐々に彼の右手に集まり始める。


「そうだな。堕天使とはそういうものだ。嫉妬、傲慢、自由を求める意思。そのようなものを優先したばかりに、お前は地上に落ち、人間にもなれず、悪魔となった。興味深い生き物だが、今は我の邪魔をする者。地獄へ落としてやろう」


 ベルゼの手に集まっていた鮮血は、少しずつ形を作り始める。その形は、死神がよく持っているような大鎌。

 赤く輝いている刃は、少し掠っただけでも深く切れてしまいそうに見え、普通の人なら立っている事すら出来ないだろう。

 悪魔であるベルゼがそのような武器を手にしている時点で、何をしでかすか分からない。これにはファルシーも余裕な笑みを浮かべる事などできず、引き攣らせた顔でベルゼを見返した。


「それは、さすがにまずいかも」

「さぁ、堕天使。これで終わりだ」


 ベルゼは鮮血で作られた大鎌を、大きく振りあげた──…………

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