「今後会うことは無いでしょう」
明人が向かった先は、不動産屋だった。
ここからは話がスムーズ──とはいかなかったが、なんとか照史のお父さんが今、どこで何をしているのか知ることが出来た。
「本当にありがとうございます。ありがとうございます」
「いえ。照史君が頑張ったおかげですよ。私は少しお手伝いをしただけです」
明人はお決まりの営業スマイルで、照史の父と向かい合っていた。
カクリは子狐の姿になり、照史に抱きしめられている。
何度か抜け出そうとしたが、無理だったため今は諦めてされるがままになっていた。
「照史、これからはパパと住もうと思うんだけど、いいかい?」
照史の父はその場にしゃがみ、照史の頭を優しく撫でながら不安げにそう問いかける。
それに対して、照史は笑顔で大きく頷いた。
「うん。僕、パパと一緒がいい!!!」
「よかった。ごめんな照史。ごめんな」
涙声で照史を抱きしめている父の手は、少し震えていた。
明人は優しい目で2人を見下ろし、カクリは呆れたような表情で抱きかかえられている。
「それじゃ、お兄さんとバイバイしようか」
「うん……」
カクリはやっと解放されると安堵の息を吐いた。だが、照史はいつまで経っても離そうとしない。
「照史君? どうしたのかな」
明人もその場にしゃがみ、カクリを受け取ろうと手を伸ばすが、照史は一向に手を離さない。顔を俯かせ、口をへの字にしている。
「もうお兄ちゃん達に会えない? また、公園で遊びたい」
照史は小さな声でそう呟いた。明人はその問いに、すぐ答えることができずにいる。
照史の父も困ったように眉を下げてしまった。
「──照史君。これからはパパとずっと一緒だ。だから、もう知らない人について行ってはダメだよ。絶対にダメだからね」
明人がそう口にし、照史の頭に手を乗せた。
少し顔を上げた照史の目には涙が浮かんでいたため、ずっと涙を堪えていたのだろうと分かる。
「お兄ちゃんは知らない人じゃ──」
照史がそう口を開いた時、カクリを掴んでいた手を緩め、そのまま明人の胸へと倒れ込んでしまった。
「あ、照史?」
父は戸惑いの声を上げ彼の顔を見るが、その目線に気づかず──又は気付かないふりをしているのか。彼はそのまま父へと、寝てしまった照史を返した。
「今後会うことは無いでしょう。あと、照史君の前で今回の出来事は話さないようにしてください。今回のことは、照史君にとって辛い過去になってしまう可能性がありますので」
それだけを口にし、カクリを自身の肩に乗せる。そして、照史の父に一礼をして、その場を後にした。
照史達から離れ、明人はいつもの林の中を歩いていた。
「明人よ。大丈夫なのかい?」
「何がだ」
「右目だ。まだ赤いままなのかい?」
「視界はまだ少し赤いな。さっきよりかはマシだが」
明人がそう返すと、カクリはそっと前髪を避け右目を確認した。
「先程までと変わらんな。そう簡単に戻るものでもないか」
カクリがそう口にするように、彼の右目は赤いままだった。五芒星が黒く光っている。
「まさか、呪いの影響ではないだろうな」
「なんでお前との契約書みていな五芒星にも呪いが絡んでくるんだよ。これは、お前の力がえいきょ──」
明人は言葉を途中で切り、その場に立ち止まってしまう。
「明人?」
カクリはいきなり立ち止まってしまった彼を不思議に思い名前を呼ぶが、いつもの如くその声に反応はなかった。だが、今回はいつもより早くに自分の世界から戻ってきた明人は、カクリに目線を送った。
「なんだい?」
少し戸惑った声を上げるが、カクリのそんな様子を一切気にすることなく、彼は肩からカクリを降ろし手に持ち替えた。
前足の下あたりを片手で持っているため、カクリはバランスが取れず後ろ足をバタバタと動かしていた。そして、落ちないように尻尾を明人の腕に絡みつける。
「おい、降ろすかしっかり持て。危ないだろう」
「この高さから落ちてもかすり傷すら付かねぇわ。それより──」
明人は子狐姿のカクリをじぃっと見ながら口を開く。
「な、なんなのだ」
「この片目は、お前の力と影響しているはずだ。そして、俺の目に異変を起こした。もしかすると、お前自身気付かねぇうちに力が膨らんでいる可能性があるな」
「力が膨らむ?」
「つまり、お前の力が俺の体に影響を出している」
その言葉に、カクリは体を硬直させてしまった。
「何を。しかし、私には何も感じんぞ」
「だから、お前が気づかないうちにって言っただろうが話をしっかり聞けや。お前の耳は飾りか?」
苛立ちのあまり、腕を掴んでいたカクリの尻尾は明人の顔を殴っていた。
「いって!!」
「ふん。少しはその余計な一言──いや、言葉を言わないようにするなどの努力をしろ」
明人は咄嗟に手を離してしまったが、カクリは体を回転させ綺麗に地面へと着地出来た。
「力が膨らむ。強くなっているということか。しかし、それがなぜ明人の体に異変をもたらすのだ?」
その場にしゃがみ、自身の顔を支えている明人を気にせず、そのまま疑問をカクリは口にした。
「目に毛が入っただろうがくそが……」
「質問に答えるが良い」
「お前のせいだろうが。たくっ、お前らみてぇな妖の力は俺達人間には負担が大きい。だから、まだ子狐であるお前の力を俺に移した。だが、力がどんどん大きくなれば、その分俺への負担も大きくなるわけだ」
その言葉を聞き、カクリはやっと今の状況を理解したらしい。目を見開きその場に固まってしまった。
「なら、私が明人を傷つける可能性も──」
「いや、それなら何度も傷つけられているから問題ねぇわ」
「そうでは無い!!!」
そんな会話をしていた明人だったが、その場に立ち上がり歩き出した。
「明人、まだ話が──」
「あとは小屋の中だ。こんな所で話している意味はない。疲れた、眠い。だるい。寝る」
「最後はもう確定された行動なのだな……」
そのような会話を最後に、明人とカクリは林の中に姿を消した。
「子狐ちゃんの力が強くなっているわね。人間がどこまで自我を保てるか。少し見物ねぇ。ふふっ」
明人達が居る林の上空。
怪しい笑みを浮かべた女性がそう静かに呟いた。
金色で、少しウェーブがかかった髪は風にそよがれており、目は緑色で、右目の下には星マークが書かれている。
白いベストに、中は黄緑色の長袖。緑色のスカートに、膝くらいまでの白いブーツを履いている。
そして、その人は背中に大きな
「さぁ、楽しませてもらいましょうか。楽しい楽しい悲劇の物語を──」
笑い声とともに、その人物はその場から姿を消した。
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