「前払いでな」

 ゴミ屋敷に見える照史の家は、周りからも見放されているらしく、ここ一体は空き部屋だった。それだけではなく、皆この道を避けているのか明人達しかここにはいなかった。


 この道だけ存在していないような空気に、彼は立ち尽くしていた。だが、いつまでも立っている訳にはいかないと感じたのか、溜息をつきやっと足を動かした。そして、玄関に近づきドアを開ける。


「………鍵開いてんじゃねぇか。ぶようじ──とか関係ねぇのか。そもそも人通りもねぇほど不気味なんだ。こんな所に盗みに入るバカはいねぇか」

「それは今いいだろう」


 ドアを開け中へと入り、明人は1度床に照史を下ろした。その後、自分も靴を脱ぎ中へと入る。


「外よりえげつねぇな」

「確かにそうだな」


 廊下には、閉じられていない袋が至る所にころがっている。そのため、トレーや紙ゴミなどが袋から飛び出してしまっている。そのトレーなども水洗いされていないため、いつのか分からない汁や食べ残りなどが床にこぼれている。


 そんなゴミの中でも、1番多いのはビールの空き缶だ。

 袋に収まりきらないらしく、廊下の左右はほとんど空き缶で埋め尽くされていた。


 足の踏み場が辛うじてある廊下を進むとドアが見えてきた。中からは微かに音が聞こえる。

 人の声だが、それは生声ではない。おそらくテレビから聞こえてくるものだろう。


 明人は警戒しながらゆっくりドアを開け、中を覗き込んだ。すると、顔をゆがめ鼻をつまむ。


「何だこの匂い。生臭いのとタバコ──酒の匂いまで混ざってるな。餓鬼が居るのにどんな食生活してんだよ」


 悪態付きながらドアを全開にすると、部屋の中心にある丸テーブルに肘を付き、静かにテレビを見ている女性を確認できた。


「照史。帰ってきたのかい? まったくめんどくさいねぇ。いつも通り部屋にいろ。私の前に姿を見せるな、醜いんだから」


 親の言葉とは思えない。

 その女性は照史の方を一切見ずにそう口にした。


「おいばばぁ。不用心にも程があるんじゃねぇの? 今目の前に不法侵入者がいるんだぞ。いいのか?」


 明人がそう言った時、女性はゆっくりと振り向いた。その顔に生気はなく、髪はボロボロで乱雑に切られ、目元には隅、肌は手入れが一切されていないらしくカサカサになっていた。

 露出度の高い赤色のワンピースを着ている。


「あら、照史以外にも居たのね。それにしても、すごい美形じゃない。素敵よ」


 甘声を出す女性は、その場に立ち上がりゆっくり彼に近づいた。そして、誘うように明人の体に触れる。


「ねぇお兄さん。お姉さんと気持ちのいいことしない? 貴方ぐらいのイケメンさんだったら私、頑張るわよ」


 背伸びをして、誘惑するように明人の耳元でそう囁く女性。それを目の当たりにしてしまい、カクリは少年の姿に早変わりし、照史の目を尻尾で、両耳を手で抑えた。


「ねぇ、いいでしょ?」


 女性の肌は手入れされていないが、体格はモデル並みで、胸は大きく、クビレがある。それに、手馴れた様子で彼を甘い声で誘っている。

 このような事をされてしまえば、普通の男性なら誘いに乗ってしまうだろう。だが、明人は無表情で誘ってくる女性を見下ろしていた。


「──はぁ。わかった。やりたいなら相手してやる」

「明人?」


 カクリは、明人なら必ず断ると思っていたらしく、首を傾げた。


 女性は彼の返事を聞くと頬を染め、嬉しそうに腕に絡みつき、寝室へ案内しようとした。


「なら、今すぐにしましょう。あぁ、準備は大丈夫よ。寝室に行けばあるわ。まぁ、私には必要ないけれど」


 寒気がするような甘い声を出し、歩き出そうとする女性だったが、明人は立ち止まったまま動かない。


「どうしたのかしら? もしかして初めて? なら大丈夫よ。私がしっかりと先導してあげる」


 明人の顔に自身の顔を近づかせ、今にもキスする勢いでそう囁いた。そして、そのまま近づこうとする。

 吐息がかかるほど近付き、キスする1歩手前でやっと彼は動き出し、女性の口元に手を置いた。


「だが、俺がお前の相手をしてやるんだ。それ相応のものは貰うぞ。


 女性の口元に置いていた手を離し、彼はそのまま頭の上へと移動させ掴んだ。


「えっ、なんのはな──」


 女性は状況がわかっていないらしく、目を丸くし困惑の声を上げた。それを気にせず、明人は空いている方の手で前髪を避け、女性と目を合わせた。


「さぁ、お前の匣を褒美として貰い受ける」


 口元に笑みを浮かべ、そのまま2人は意識を飛ばしてしまった。

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