「俺の大好物だ」

「まずは人の話を最後まで聞け。怒りに身を任せるなアホ」


 殴りかかろうとした誠也の右腕を、最小限の動きで避け足をひっかけた。

 勢いのまま殴りかかっていたため、誠也は簡単に躓きその場に転んでしまう。それを、彼は項当たりを鷲掴み床へと押さえつけ、左手首を掴み腰に固定した。


 なんとか抜け出そうと誠也は体をよじるが、明人の力が強く、上手く抜け出すことが出来ない。


「こいつはまだ死んでねぇよ。落ち着け」


 彼の冷静な言葉に、誠也はピタッと動きを止めた。


「死んでいない──だって? さっきの言葉を聞いた後に、それを信じると思うのか!!!」

「逆にさっきの言葉を信じて、なぜこっちを信じない。普通逆だろ。お前、こいつをなんだと思ってんだ」


 冷静に言葉を返す彼に、誠也はこれ以上何も言えなかった。


「あとはお前次第だ。こいつをこのままにするも、生き返らせるのも」

「生き返らせる……」

「そうだ。さっきの言葉は簡単に言ったらって話だアホ。もっと詳しく話すと、こいつは死んでいない。心臓は正常に動いている」

「なら、なぜさっき……」

「こいつの中にある感情。考えや想いを全て俺が頂いた。それにより、こいつはただの人形になったんだ」


 その言葉に、誠也は信じられないような表情を浮かべ驚いた。そして、首を少し動かし、彼の方を横目で見る。


「それで……。こいつは戻るのかよ」

「だから、それはお前次第って言ってんだろうが人の話をしっかり聞けよ。何度も同じことを言わせるな。お前の耳は飾りか? 耳鼻科に行くことをおすすめするぞ」


 彼の言葉の半分聞き流し、誠也は言葉を詰まらせる。その様子を見て、明人はもう大丈夫かと思ったらしく、手を離し移動した。


「お前の返答次第で、俺は次の行動を考える」


 そう言い放ち、明人はポケットに手を入れ、誠也の隣に立ち見下ろした。


「俺次第って……。俺は何をすればいいんだよ」

「それはお前がやるかやらないか。それを決めた時に話す」

「なんでだよ!! 少しは教えてくれても──」

「甘えるなクズ男」

「……はぁ?」


 明人の言葉に、誠也は気の抜けた声を出した。その横にはカクリが「貴様が言うか」と言ったような、呆れた表情を浮かべている。


「お前は自分の安全が優先なんだろう。だがな、それだけではこの世で生きるのは難しい時もある。それが今回だ。何がなんでもこいつを元に戻したいのなら、俺が教えなくても『やる』と答えるはず」


 人を試すような瞳に、誠也は後ずさってしまった。それでも気にせず彼は言葉を続ける。


「安全など保証しない。俺はそういう事を行っている。失敗すれば、お前も今のこいつと同じように、人形になるだけだ」


 そう口にする明人は、誠也をおもちゃとして見ているのか。笑みを浮かべ、反応を楽しんでいる。


 前髪が切れてしまっているため、五芒星が刻まれた右目は露になっており、両目で誠也を見続けていた。


「いっ、いやだ。俺はまだ楽しむんだよ。俺の人生はこれからなんだよ……。まだ……まだ、死にたくねぇ!!!」


 そう叫び、明人の異様な雰囲気に、恐怖で取り乱してしまった誠也は、部屋から走り去ろうとする。だが、唯一の出入口はカクリによって閉じられてしまった。


「なっ!? なんで、餓鬼がここに──」


 カクリはいつの間にか子供の姿になっており、ドアの前に立っていた。その目は、呆れたような。それとも蔑んでいるような。黒い両目で誠也をジトッと見上げていた。


「なっ、なんだよその目……。餓鬼のくせに」


 息切れしている誠也は、色んな感情が渦巻いているらしく、何も考えずカクリを殴ろうと握りこぶしを作る。だが、それは明人によって叶わなかった。


「おいおい。こんな愛らしい子供に手を挙げるなんてな。再教育が必要なんじゃねぇの?」


 わざとらしく『愛らしい』と言う言葉を使う明人に、カクリは先程とは違う呆れた表情を彼へと向けた。


 そのような視線を向けられている明人は、誠也の右手を掴み、空いている方の手で視界を覆う。


「なっ?! 何しやがる!!!」

「お前の行動は目に余る──という表向きの理由と、もう1つ──」


 明人はそっと覆っていた手を離した。その時、誠也はゆっくりと彼の方へと顔を向けると、2人は目を合わせた。


「お前の匣は俺の大好物だ」

「なっ──」


 何も発することが出来ないまま、誠也は気を失った。

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