明人
「早く出なければ」
男性が口にした言葉。それは。
「めんどくさいから──だと??」
「おう」
男性が儀式にこだわる理由は、他の方法を探すのがめんどくさいから。そう口にされた時、カクリは怒りを通り越し、呆れた表情を見せた。
「……命は惜しくないのか?」
「命が要らないとは言ってないだろ」
「なら──」
男性が何を考えているのかわからず、カクリは先程より大きな声で文句を言おうとしたが、それより先に男性が話し出してしまう。
「必ず成功できるからな」
短く告げたその言葉は力強く、嘘偽りがないとわかる。
「なぜ、言い切れる?」
「俺1人じゃねぇから」
迷いのないその言葉に、カクリは目を見開き、男性を見返す。その目線をしっかりとそらさずに受け止め、彼は次の言葉を待った。
「──餓鬼に何を言っている」
「餓鬼だからこそ、俺を助けられんだろ? お前の力が俺には必要なんだから、しっかりしてくれ」
先程まででは考えられないほどの真っ直ぐな言葉に、カクリは目を逸らし、考え込むように俯いてしまう。眉間に皺を寄せ、困惑の表情を浮かべながら。
男性はカクリの考えが落ち着くまで待つことにしたらしく、その場に座り待っていた。
「…………お前の思考がわからん。先程まで私を馬鹿にしていただろう」
「馬鹿にしていた? 何言ってんだ餓鬼。俺は事実しか口にしてねぇわ」
「…………………餓鬼は事実ではない」
「いや、それは覆すことの出来ない事実だ」
男性の淡々とした言葉に、カクリは先程より深く眉間に皺を寄せたが、それ以上言葉を繋げることはしなかった。
「んじゃ、やるか」
「────あぁ」
男性は立ち上がり、カクリと2人で水晶玉に向き直す。
『覚悟は決まったか』
「おう」
「………」
男性は不安を一切感じさせず頷き、カクリはまだ少し戸惑っている様子だが、覚悟は決めたらしく真っ直ぐに水晶玉を見ていた。
『ならば儀式という名の試験を行う』
「………は?」
水晶玉の声に対し、男性は気の抜けた声を出した瞬間、なぜか力が抜けたように2人はその場から崩れ落ちてしまった。
『体が死ぬことは無い。だが、心が死んでしまうかもしれん。この2人の精神的強さが今回の鍵になろう。戻ってくることを祈っているぞ』
──────────────────────
「ふざけるなふざけるなふざけるな………。なんなんだ試験って、儀式じゃねぇのかよ……。いや、命が関わるんだからこうなるのは必然か。なんで俺は気づかなかったんだ。考えないようにしていただけか……。早く終わらせたいと早まったか……ふざけてる」
「先程から文句を言っているようだが、何か違いはあるのかい? 名前が違うだけでやることは変わらんだろう」
男性とカクリは今、何も無い空間に投げ出された状態になっていた。
周りは真っ暗闇で、目印になる物などは無い。光も無く地面や壁なども確認できない。だが、2人だけはお互い認識できるくらいに淡く光っており、確認しあえている。
「まるっきり別モンだわ。つーか、何をすりゃいいんだよ。ここはどこだよ」
「とりあえず歩いてみよう」
「地面も周りの景色もねぇのに歩いているって感じるわけねぇだろうが。目印になるもんも存在しねぇ。どこに向かえばいいのかもわからん。歩いて体力を消費する必要はねぇだろうが」
男性の言葉に、カクリはゲンナリした表情を浮かべた。
「なら、どうするつもりだ」
「灯りをつけろ」
「人使いの荒い」
「人じゃねぇからノーカンだな」
そう言うと、男性はまたしても顎に手を当て考え始めた。
「またか……」
カクリは灯りを点しながら男性を見上げている。
洞窟を歩いている際、男性が考え事をしている時、声をかけるも意味が無かったことを思い出したらしく肩を落とした。
こうなってしまえばカクリができることはない。
「何も無い……。どこかに閉じ込められたということか?」
カクリも周りを見回しながら考えを巡らせている。
2人はその場に立ったまま考え込み、無言の時間が進んでいく。
それから20分くらいだった時、男性がやっと口を開いた。
「想いの試験だとすると、それに関することをする必要がある。想い……。想いの試験……」
「まさか、この真っ暗な場所で、どこまで精神を保っていられるかというものでは無いだろうな……」
カクリの呆れ声に、男性は最初「何言ってんだこいつ」みたいな表情を浮かべ、蔑んだような目で見下ろした。だが、その後すぐなにかに気づいたのか、周りを見回し始める。
「なるほど。精神力の問題……。それはありそうだな」
「なに?」
周りを警戒しながら男性は見回している。だが、どんどん顔色が悪くなり、引きつった顔になっていく。
額からは脂汗が滲み始め、焦っている様子だ。
「人間よ……。なぜ、そのような顔をしておる?」
「参ったな。暗いだけならまだしも。壁や床などもない。本当に何も無い空間か……。早く出なければ──」
男性の焦ったような言葉に、なんのことか分からないカクリは、立ち尽くしているしかできなかった。
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