「罪は償ってもらおうぞ」

 ────今から4年前。

 カクリは小狐の姿で〈隠れ家の森〉を歩いていた。

 そこは見渡す限り緑ばかりで、上を向くと葉と葉の隙間から太陽の光が漏れ、神秘的になっている。

 風も心地よく、肌に触れると優しく撫でてくれているような感覚がある。そのため、カクリはよく1人で散歩をしていた。


「カクリ、もうそろそろ戻ってきてくれないか? また話でもしよう」

「レーツェル様。今戻ります」


 カクリの名前を呼んだのは、深緑色の着物を着こなし、顔には狐の面を付けた青年、レーツェルだった。

 片手には煙管が握られている。


「今日も楽しかったみたいだね。新しい発見はあったか?」

「いえ。ですが、森の中を歩くのは好きなので」

「好きな物があるのは良い事だよ」

「ありがとうございます」


 そんな会話をし、1人と1匹は森の奥へと姿を消した。






 カクリが夜寝ている時、何かを感じ取ったのか、いきなり目を開けた。

 レーツェルとは一緒に寝ている訳では無いため、周りを見回してもカクリしかいない。


 体を少し起こし、周りを警戒しながら鼻をヒクヒクと動かしている。だが、何も分からなかったのか。カクリはそのまま寝る体勢になり、再度瞼を閉じた。


 その時────


「カクリ」

「!! 何者だ!!!」


 名前を突然呼ばれた事により、体を勢いよく起こし四足歩行で立ち上がる。

 狐の姿のままで威嚇しているが、周りを見回しても闇の中なため何も見えない。だが、カクリは狐だ。夜行性なため闇の中でも問題はない。


「クックックッ。私はベルゼ。お前さんは狐の妖だろう」


 闇の中から姿を現した人物は、190くらいの身長で、天パの緑色の髪。白いワイシャツに赤いネクタイ。黒いロングジャケットを着ていた。

 藍色と赤の左右非対称な瞳は怪しく光っており、口元には薄く笑みが浮かんでいる。


「だったらなんだという。お主は何者だ」

「名前は伝えたであろう」

「そうでは無い。私達とは違う種族かと聞いている」


 カクリは少し後退しながらも、威嚇姿勢のまま言葉を交わし続ける。


「そんなに怖がらなくてもよかろうが。まぁ、私は悪魔だからな。怖いのも無理ない」


 ベルゼはカクリに近付きながらそう説明する。


「なぜ私の元に──」

「ここに来た理由か。ならすぐにわかるぞ」

「なっ──に?」


 ベルゼがそう口にした瞬間、闇の中に溶け込むように姿を消えた。そして、次に現れた時にはカクリの目前だった。

 右手をカクリの顔に伸ばし触れようとする。


「お前の力を全て貰うぞ」


 歪な笑みを浮かべながら、ベルゼはそう口にする。

 彼の、前に出している手からは、黒いモヤのようなものが出てきており、カクリを包こもうとしている。


「なにを──」


 すぐに反応出来なかったカクリは、なんの抵抗もできず、そのまま包まれようとしてしまう。だが、なぜかいきなり黒いモヤは弾け飛び、カクリは何も怪我することなく無地に終わった。


「──何が起きた?」


 ベルゼは何が起きたのか理解できなかったのか、少し慌てた表情で周りを見回す。

 カクリも何がどうなっているのか分かっておらず、その場に立ち尽くしていた。


「よぉ、君。俺の連れに何か用かな?」

「レーツェル様!!」


 カクリの後ろ側。

 森の闇から出てきたのは、狐面を顔の斜め上に付け、不敵な笑みを浮かべたレーツェルだった。


「なぜ小悪魔がここにいるのか知らんが。ここは俺の森だ。悪いが帰ってもらおう」

「小悪魔では無い。……化け狐か。お主がここの主と言うわけだな。なら、こんな小狐に興味はない。お前の力を貰うだけだ」


 今度ベルゼは、狙いをレーツェルに定めたらしく、両手を前に出した。すると、先程と同じように黒いモヤが出てきたりだが、それは先程とは違い、みるみるうちに形が変化していき、鋭利な黒いナイフへと形を変えた。


「死んだ後でもすぐなら力を貰えるだろう。死ぬがいい」


 黒いモヤで作り出したナイフは数十個。その全てをベルゼは操り、レーツェルへと投げた。


「レーツェル様!!!!」


 カクリはレーツェルを守ろうと走り出したが、その必要はなかったらしい。


「何?」


 レーツェルには1本もナイフが当たらず、避けている──いや。避けたのではない。


「我のナイフが、消えた──だと?」

「俺への攻撃、無意味だったようだな小悪魔よ。さて、カクリを怖がらせた罪でお前を封印しようか」


 レーツェルは冷静にそう口にすると、懐からを取りだし、蓋を開けた。


「封印だと? そのようなことが出来るわけがないだろう。我はベルゼ様だぞ」

「そうかい。だが、俺には関係ない。この森を荒らそうとしたのはお前自身だ。罪は償ってもらおうぞ」

「させるか!!!」


 先程より数多くの黒いナイフを作り出し、四方八方からレーツェルに向けて投げた。だが、どれもレーツェルに当たる前に溶けてしまい、そのまま消えてしまう。


「なぜっ──」

「そうだな。その質問に答えるとしたら、俺はこの森が存在する以上的存在だから──とでも言っておこうか」


 レーツェルはただ歩いているだけのように感じるが、いつの間にかベルゼの目前まで迫っており、頭を鷲掴む。


「さて、どう罪を償ってもらおうか」

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