「てめぇがどうしたいかだ」
明人の言葉に真珠は何も言い返せず、ただただ固まってしまった。
その様子を彼は目を細め、楽しげに眺める。
「な、なぜ星は、あんな状態に……」
やっと絞り出した声は震えている。
明人は先程と変わらず、口角を上げたまま当たり前のように話し出した。
「決まっているだろう。あいつの匣はもう手遅れだった。もっと早くここに来ていればどうにかなったかもしれねぇが……。あぁなったら匣を
その言葉に真珠はなんの反応も出来ない。
思考が追いつかず、顔が青くなり血の気が引いている。
「それで? お前はなぜここに来た。今更、何の用だ」
明人は笑っていた口元をいつもの仏頂面に戻し、低い声で問いかける。
真珠は直ぐに返す事が出来ず、目を泳がせた。
「星を、元に戻し──」
「それは無理だ」
何とか絞り出した言葉も、彼の冷徹な言葉によりかき消されてしまい、最後まで伝える事が出来なかった。
最初は遮られた事により何も言い返す事が出来なかった真珠だが、徐々に怒りが込み上げ、顔を赤くしテーブルを叩きながら立ち上がり、甲高い声で叫ぶように怒鳴り始めた。
「なんでですか!? 貴方がした事なんでしょう!? なら、何とかしてくださいよ!!!」
怒り心頭の真珠を目の当たりにしている明人だが、つまらないというような顔を浮かべ彼女を見上げる。
その目は氷のように冷たく、黒く光っていた。
「誤解しているようだな、お前」
「──は?」
明人は冷たく言い放ち、怠そうな瞳でずっと見続ける。
その目線に耐えられず、真珠は思わず顔を背けてしまった。
それでも、対抗心向き出しで言い放つ。
「なんなんですか、なんで……」
「言っておくが、俺は正義の味方じゃねぇぞ」
真珠は顔を彼の方へと戻すと、その瞳に体を震わせる。
明人の瞳は黒く、闇が広がっており、見ていると吸い込まれてしまいそうになってしまう。
人を侮蔑しているような目を真珠に向けており、思わず悪寒が走った。
「どういう、事ですか?」
顔を青くして、彼女は力なく明人を見た。
その表情からは絶望の色が見える。
明人は誰かのために、このような事をしているのでは無い。
他人がどうなろうと、彼にはどうでもいいと言うように説明され、真珠はソファーに力なく座り込む。
「それじゃ、星は、ずっと……」
真珠は目から溢れ出る涙を拭かずに、ずっと俯いたまま動かなくなってしまった。
その様子を明人は面倒くさそうに眺め、黒く染っている瞳を瞼で隠し、小さくため息を吐いた。
「とりあえず、匣について少し教えてやるよ。その方が楽だ」
真珠は"開ける"と"抜き取る"すらよくわかっていないため、明人は一から。わかりやすく説明をした。
「いいか、一回しか言わねぇからよく聞けあほ面」
・
・
・
・
・
・
「わかったな?」
明人は匣についてと"開ける"、"取り除く"について簡単に説明した。
真珠はその説明で明人が何をしている人かは何となく理解出来た。
だが、非現実的な話だったため、まだ思考が追いつかず彼を見続けていた。
「匣を……。取り除いた匣を戻す事は出来ないんですか?」
「無い匣をどうやって戻すんだ?」
「──え?」
明人から言い放たれた言葉に、真珠はポカンと口をあんぐりさせてしまい、何も言えず金魚のようにパクパクと口を動かすばかり。
「あ? アホ面は元々だが、今度は間抜け面になってんぞ。どした?」
「え、だって。さっき取り除いたって、その匣は、どこに?」
「何言ってんだお前、俺がいつ取り除いたって言った?」
「さっ、さっき言ってたじゃないですか!」
「お前が勘違いしただけだろ?」
「えっ。────あ。紛らわしい!!」
明人の言葉を思い出し、やっと意味を理解出来た彼女は、怒りの感情を剥き出し、大きな声で怒鳴りつけた。
明人は最初、匣を取り除くのが一番楽とは言っていたが、取り除いたとは言っていない。
それを真珠は"取り除いた"と解釈してしまった。
真珠は顔を赤くし怒りを何とか抑えているが、それでも全く気にする様子がない明人は、今の星の状態を軽く説明し始めた。
星の状態は蓋を開けている途中。つまり、正の感情と負の感情を切り離している途中と言う事。
その状態だと、心と脳がどのように感情を制御すればいいのか分からず混乱してしまう。
故に、何も考えられなくなり、人形状態へとなってしまうらしい。
「大体こんな感じっつーのが分かればいい。それで、お前も匣を持っているようだがどうする。開けるか?」
「え? 私?」
説明したあと、明人は右の人差し指を真珠に指し問いかけた。
いきなり自分の事を言われ、彼女は戸惑ってしまい困惑の表情を浮かべる。
すぐに答えない真珠に対し片眉を上げ、再度問いかけた。
「どうするんだ? もし、ここで開けなければ、お前の匣も取り除く事になるかもしれんぞ?」
「っ、ひっ……」
真珠は明人の言葉で身体を震わせる。
彼の言葉に顔を青くしていると、背後から少し高めの女の子のような声が聞こえた。
「脅しは良くないぞ、明人よ」
「きゃっ?!」
いきなり知らない声が聞こえ、小さな悲鳴をあげる。身体を震わせ、ソファーから崩れ落ちてしまった。
「何コントしてんだおめぇら」
「してません!!!」
明人の言葉を否定しながら、彼女はソファーに座り直し、後ろを振り向く。
そこには、先程明人を呼びに行くため姿を消したカクリが立っていた。
近くで見ると本当に美しく、儚い。
思わず真珠は魅入ってしまった。
「なに見ているんだい。見た所で意味は無いと思うがね」
「えっ。ごっ、ごめんなさい……」
見た目からは想像できないほどの鋭く冷たい言葉に、彼女はぱっと目を逸らす。
「脅しとはひでぇな。俺は事実を言っただけだぞカクリ」
「カクリ?」
「私の名だよ。それはよい、君はまだそんなに黒くなってはいない。今、無理に開ける必要は無いだろう」
カクリの言葉に真珠は安堵の息を吐いた。
「それを決めるのは俺達じゃねぇ、こいつだ。てめぇが、どうしたいかだ」
先程までのぶっきらぼうな態度から、真剣な表情に切り替わる。
明人は目を細め、真珠の目を見つめた。
その目は何もかも見通しているように感じ、彼女は口を結ぶ。
ここに居たら危ないと直感が働き、真珠はソファーから立ち上がり、逃げるように小屋から出ていった。
それを明人は追いかける事などせず、ただただ真珠の背中を見ているだけだった。
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