第2話 君の命は間違えていない

「フレイア? じゃあやっぱり、あなたは――バルドル!」

「ど、どうしたんだっ?」


 リーヴは腰を抜かしたように尻餅をつく。


「わ、私、実は――ロキだったんだ」


 リーヴは今までのことを話した。自身の記憶を取り戻すために旅をしていたこと。フレイアと出会い、そして自身の正体を知ったこと。フレイアが姿を消したこと。バルドルは時々、目を見開きはしたが、最後までリーヴの話を遮らず黙って聞き続けた。


「なんだ、君は何も悪くないじゃないか」

「へっ?」


 バルドルの言葉に、リーヴは一瞬、きょとんとする。


「君はロキの器として作られ、そして利用されていただけだ。確かに君の中にはロキの血が混じっているかもしれないが、ロキの子である、冥界の支配者ヘルはいい奴だった。君も同じさ。悪いのはロキというあの男であって、君の中にあるロキの血ではないし、ロキの器である君自身でもない。リーヴ、君の命は何も間違えていない」


 脚を三角に曲げて座るリーヴに、バルドルは微笑み、そっと手を差し伸べる。優しい風と共に、花の香りがした。


「俺の名において、そう判決する。さあ、立って」

「でも、私がこうして旅をしてるのも、私の中のロキがそうさせてるのかも……」

「そんなことはないさ。母上はセイズの頂点たるもの。母上の『決定』は決して揺るがない。もし君が導かれているように感じるなら、それはロキじゃない。母上、フレイアによる導きさ」


 バルドルの眼の色が、波のように揺らめいて見える。リーヴはそのセイズに悪意がないことを察知し、受け入れた。


「そう、だね。確かに……なんかそんな気がしてきた!」


 リーヴはバルドルの手を取り、立ち上がる。


「さあ、次はこっちだ――オッタル爺、聞こえるか? 大丈夫か?」


 バルドルがオッタルの肩を叩きながら言う。


「うう……ああっ! ここは一体? え、あ、あなたは、バルドル様!」


 オッタルは目を覚ますと同時に慌てた様子で喋りだした。


「ということは、ここはニヴルヘイムですか? 私はラグナロクで死んだのですか?」

「いいや。まず、ラグナロクは終わった。そして母上が世界の仕組みを変えてくれて、俺たちは蘇ったんだ。そしてオッタル爺は……多分、母上の魔法が暴走してイノシシから戻れなくなったんだと思う」


 バルドルは推測を交えて現状を説明した。


「そんな私を救ってくださったのですね。ああ、なんとお優しい! 確かに、私は人間だったことを忘れていたように思います。最初は自分が獣臭いと分かっていたのですが、だんだん気にならなくなって、その後は……最悪の気分でした。ところで――」


 オッタルがリーヴの方を見る。


「彼女はリーヴ。俺の新しい仲間だ。オッタル爺を元に戻すのに協力してくれたんだ」

「なんと! 見ず知らずの私を救ってくださるなんて、あなたもまたお優しい! 今後とも、よろしくお願いします」

「あ、こ、こちらこそ!」


 オッタルの独特の雰囲気に押され、言葉に詰まるリーヴ。


「よし。じゃあ、中に入ろうか。皆、疲れてるだろ?」


 バルドルに連れられ、家の中へと上がる一同。中ではもう一人の男が、テーブルで待ち構えるように座っていた。


「兄さん、無事に終わったようだね」

「ふふ、当然だろ?」

「ヘズ! あなたも生き返れたんだね。良かった……」


 リーヴは胸に手を当て、心から安堵している様子だ。


「君がリーヴだね? 話は聞こえてたよ。優しい空気を纏ってるね。兄さんによく似た、大いなる愛の色だ。ところで、オッタル爺は?」

「あれ、どこだ、オッタル爺?」

「ああ、ヘズ様! オッタルはあなた様に合わせる顔がなく……本当に申し訳ございません!」


 扉の陰から声がした。


「とんでもないよ、オッタル爺は他の命令を優先させられてただけで、何も悪くないじゃないか。忙しくても、いつも僕のことを気にかけてくれてた。僕は知ってるよ」

「ほら、ヘズはそう判決したぞ」

「そ、そうですか……?」


 オッタルが恐る恐る、扉から顔を覗かせる。


「そうだよ、ほら、こっちへ来て」

「ヘズ様……私、改めて、あなた様のお世話をいたします。何なりとご命令を」


 それは先ほどまでとは違い、力強く、芯のある声だった。オッタルはヘズの前に跪き、頭を垂れる。


「そうかい。じゃあ、またオッタル爺の淹れる、あの飲み物が飲みたいな。兄さんも気に入ってたやつ」

「ああ、あの草の香りが面白いんだよな。なんだか癒されるような気がする。あれは――」

「ハーブティーですね! あれに使う草なら、この辺りにも生えていました。早速、集めてまいります!」


 オッタルは小さく礼をすると、小走りで外へと飛び出した。そんな彼らの姿を見て、リーヴは微笑みながら席に着いた。


「ふふ、本当に良かったね。ところで、ハーブティーって?」

「俺の解釈では『熱した水に草花の香りを移した飲み物』だな。人間たちの世界は俺たちの世界より遅れていたから、人間たちはまだ知らないんじゃないかな」

「へえ、私たちだけの秘密だね、楽しみ!」


 こうして、一同はしばらくの間、休息を取るのであった。

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Forgotten Fantasy -愛の女神の創世譚- (ラグナロクを生き延びたので幻惑の魔法『セイズ』で自身の肉体の限界を惑わして身体機能を強化し、諸悪の根源をぶち殴ります) 植木 浄 @seraph36

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