彼女から出る20人の力士のスタンドを倒さないとキスできない

木船田ヒロマル

接触障害〜セクシャル・ディスタンス〜

 ドヒョウンッドヒョウンッドヒョウンッッ!


 突如空気が裂けるような音と共に屈強な力士が現れた。


 ドヒョウンッ! ドヒョウンドヒョウンッ! ドヒョウンドヒョウンドヒョウンッッッ‼︎


 亞良川の橋の上。時刻は午後7時。


 ドヒョウンドヒョウンッ!

 ドヒョウンドヒョウンドヒョウンドヒョウンッ!

 ドヒョウンドヒョウンドヒョウンッッッ‼︎

 

 付き合って三ヶ月。

 クラスメイトの水田クミコとのデートの帰り道。周囲には、僕と彼女だけで。いい雰囲気で。二人きりだった。きっかり3秒前までは。


 ドヒョウンッッッ!ドヒョウンッッッ‼︎


 二人とも黙って。お互いの顔が近づいて。彼女が目を閉じて。僕がやったと思った瞬間、それは起きた。


「どすこい!」(×20)


「うわあああああっ!!!

 ナニ⁉︎ ナニ⁉︎ ナニコレ⁉︎」 


 どこからともなく手品のように出現した2人の力士が、僕に向かって「仕切りの型」で一斉に構える。


「どすこい!!!!」

 ドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 20人の力士は地響き立てて僕に殺到し、その圧倒的質量と機銃掃射の如き張り手の嵐で、僕を易々と橋の欄干から空中へと寄り切った。


「ぎゃあああああッッッ!???」


 ドボーン……‼︎


「ごっつぁんです‼︎」

 ボワーーン


 僕が落水したのを見届けると、力士たちは出てきた時と同じく魔法のように消えた。


「長尾クン! 大丈夫⁉︎」


 水田さんは川に腰まで浸かりながら、僕を助けに来てくれた。


「げほっ、げほっ……ナニ今の。ナニ今の」

「…………ごめんなさい」

「なに? どゆこと?」

「今の力士たちは私のスタンド。能力名はエターナル・サマー・プレイス(永遠の夏場所)」

「ス……なに?」

「スタンド。精神力がイメージの形を取って発動するパワーあるビジョン。今まで秘密にしてだけど、私の家系は代々スタンド使いなの」

「スタンド使い???」

「そう。だけどスタンドは不便な面もあって。パワーの強いスタンドを操るには、スタンド使いにも強い精神力がいる。私はまだ、自分のスタンドを思うように動かせないの」

「君の精神の形って20人の力士なの?」

「私の場合……私が強い恐怖を感じたり、その……せ、性的に興奮したりすると、エターナル・サマー・プレイスは勝手に発動してしまう」

「つまりビビッたりエッチなことしようとしたりすると20人の力士が出んの?」

 彼女はコクリと頷いた。その仕草で、彼女の頬から大粒の涙が宙に跳ねた。

「ごめんなさい。こんな大事なことを……今まで秘密にしていて」

「いや多分打ち明けられてもただただ困ってたと思うし」

「……別れましょう」

「水田さん……」

「だって無理でしょ? キスしようとしたら20人の力士が出る女なんて……」

「ハードルが低いというと嘘になる」

「大丈夫。一人でいるのは慣れっこなの。寂しくなったらホラー動画でも観れば、すぐ20人に囲まれることもできるし」

「そんなくらいで発動すんのそれ」

「今までありがとう。長尾クン。でも信じて。私は本当に、あなたが好きだった。さような……」


「ちょっと待ったあッッ‼︎」

「ヒッ」

「あ、驚かしてゴメン。僕は別れないよ。君とは」

「えっ……」

「僕だってそうだ。君が好きだ。僕は君を一生のパートナーだと思ってる。運命の人だと思ってる。僕の恋人は、君しかいないと思ってる」

「でも……私、キスしようとすると20人の力士が出る女よ」

「倒す」

「えっ?」

「倒すよ。力士。20人」

「長尾クン……」

「一ヶ月だけ待ってくれ。僕は自分を鍛える。鍛えて鍛えて、20人の力士に負けない男になる。そしたらまた……会ってくれるかい?」

「うん。私、私待ってる。あなたが、私が出す20人の力士を倒せるようになるその日まで──」


 一陣の風が吹いた。

 僕の背中を押す、その運命に息吹を吹き込むような、強い漢の風だった。

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