猫娘―ねこムスメ―

織香

第1話キョーコの場合

 ふあん。ひら、ひら。



 あかと白のまぁるい体。

 尾ひれがヒラヒラ、揺れている。

 空に飛ぶのはピンポンパール。



 だぁれもその子に気づかない。

 当たり前よね。

 私は見上げて、にっこり笑う。


「ぷっくぷく。よっぽど甘い夢なのねぇ♪」


 ピンポンパールは恋の夢。

 それも、上等な甘い夢。



 猫耳、ぴこぴこ。

 尻尾、ふさふさ。

 肉球、ぷにぷに。

 準備はおけー!



 私はキジトラ猫娘。

 今日も獲物を、ハントする。



 ここは路地裏・隠れ店。

 見える人しか、入れない。

 見えない人には、ただの家。


「あらん♪ ずいぶん上物じょうものじゃない」

「でしょー? この子おいくらになる?」


 鳥籠に入る金魚を眺めて、

 受け付け猫娘じょうのアビシニアンが

 ほぅっと優しくため息をつく。


「そうねぇ……。五千円ってとこかしら?」


 私は思わず肉球をぽふぽふ。

 尻尾がピンと、立ち上がる。


「そんなに!? ラッキー♪」


 売ります! 売ります!

 これで契約成立ね。


「猫娘協会も安心だわぁ。

 これからも頑張ってねん♪」


 いつもはフツーの高校生。

 そんな私の正体は、

 生まれながらの猫娘。



 ママも、ばぁばも、おばちゃんも。

 みんな昔から金魚狩りを生業なりわいにしてる。



 ナンのための、金魚狩り?

 もちろん、私のお小遣い♪

 今日もたくさんハントする。



 ……はず、だったのよ。



「おい、深森ふかもり京子きょうこ

 本当にこれで俺も猫娘になれるんだろうな?」


 こわぁい声で、うなってる。

 図体デカシ。

 態度もデカシ。

 まるで大型犬みたい。



 そんな彼に猫耳カチューシャ、

 肉球手袋、

 尻尾チャーム。

 準備はおけー!



 私が持ってる猫娘アイテム。

 つけた彼って、

 かーわいい♪



 そんな大出おおいで慶悟けいご君は、

 私に向かって威嚇する。

 体と尻尾がぶわーっと逆立ち、

 フーッとうなる、トラみたい。




 私も思わず尻尾をしまって、

 イカミミ仕様でハンゲキよ!


「ナーによう。疑ってんの?

 そのまま、ほおって帰るわよぅ?」


 今日こんにちの猫娘はジェンダーレス。

 やる気があれば、ドンと来い。

 必要なのは、好きってキモチ!


「俺に似合わんのは、わかってるんだよ!

 だがな、俺は、……俺はっ!!」


 可愛いモノが好きなんだっ!!

 特に猫ものっ!!

 拳を握って大絶叫。

 空飛ぶからすもビックリしてるわ。


「わかったわかった。猫娘クン」


 ついついやっちゃう、新人イジメ。

 可愛い子には、苦労をさせよ。

 だったっけ?


「そんじゃ、目を閉じて」

「おぅ」

「ちょこっと下向いて」

「おぅ?」

「はい。ちゅー♪」

「☆★○◎◇」



 猫の挨拶。

 ハナちゅーです。

 これは全世界共通なのよ。

 白黒してた慶悟君見上げて、

 私はニパッと笑って言った。


「ほらもう完璧。見えるでしょ?」

「魚が、飛んでる……。なんじゃこりゃ!」


 彼は茶トラの猫娘ねこムスメ、君?

 私たちの頭の上には、

 のんびり泳ぐ和金ちゃん。

 ご飯の夢のお魚さん。


「空飛ぶ魚は人の夢。

 それ捕まえて、売っちゃうの」


 私の説明聞いた彼。

 ビックリ顔してぴたりと固まる。

 あんぐり開けた口からは、

 マヌケな声が、飛び出した。


「夢!? 金魚がか!?

 勝手に売っちまっていいんか!」


 今の彼にはハッキリ見える、

 空飛ぶ金魚が舞う姿。

 それは猫娘のアイテムのお陰。

 私は胸はり、彼に言う。


「夢って勝手に見るもんよ?

 それにほら、早くしないと逃げちゃうよ」


 和金はスイスイ泳いでく。

 自由に空へと、流れてく。


「ほらもうどっかにいっちゃうよ?」

「げ! どうやって捕まえんだよ!」


 慌てた慶悟君が私を見下ろす。

 頭を抱えてうーん、て考えると、

 耳がピクピク動いちゃう。

 そうだわこれだと肉球にぎにぎ。

 慶悟君の前でジャンプする。


「飛んで、捕まえる」

「や、やってやらあああぁぁぁ!?」


 私のノンキな応援のおかげ!

 勢い余って大ジャンプ。

 屋根の上にすとんと着地し、

 びちびち跳ねる和金を手にして

 猫娘君はつぶやいた。


「マジか! 俺すげぇ飛んだぞ!?」

「当たり前でしょ? 猫だもん」


 フフンとセンパイ風を吹かして、

 私は尻尾をくるくるまわす。

 エコ鳥籠ばっくの中にいれて、

 今日もお店に納品、納品。


「あらん♪ 新入り? ごきげんよう」

 

 あでやかねえさま目の前にして、

 赤くなる慶悟君を引っ張って、

 和金ちゃんを査定する。


「ん~。五百円、かな?」

「そんくらいよね。ありがとー」

「深森……、一体こいつら誰が買うんだ?」


 アビシニアン猫娘じょうの後ろで泳ぐ、

 いろんな種類の金魚たち。

 それ見て質問。さすが猫娘ちゃん。

 耳の後ろをピコピコいて、

 私は答えてあげたのさ。


「お金持ち」

「……そんだけ?」

「そう。あと売れ残りちゃんは餌になったり、

 撒き餌になったり」


 あごに手をあて、うなる猫娘君。


「ってことは、

 罠とかも仕掛ける事ができるんだな」

「それは別のヒトのお仕事。

 私はフツーのハントだもん」


 換金終わった慶悟君に、

 ちちち、と指を軽く振る。

 私は約束させました。


「じゃ、これで良いのよね?

 私の正体ばらさないでね」

「解った。俺も男だ。約束は守る。

 ………? 取れねぇ」

「うん。取れないよ?」


 彼を見上げて、小首を傾げる。

 一生懸命耳を引っ張り、尻尾を引っ張る。

 カチューシャ、手袋、チャームの三つは

 今や慶悟君の一部になったの♪


「はぁ!? 冗談じゃねぇぞ!」

「大声出さないでよぅ」


 今度は真っ青慶悟君。

 地団駄踏んで、暴れてる。

 耳がキンキンしちゃうじゃない。


「そんな都合の良いやつなんか、

 ろくな事がないものよ」


 それに、それらはフツーの人には

 無いのと同じ。

 私はウインク、猫なで声。


「安心してね♪」

「できねぇし!」


 アビシニアンの猫娘も掩護射撃えんごしゃげきの猫じゃらし。

 きょときょと目で追い、

 尻尾もピクピク。


「これからもよろしくねん♪ かーれし♪」

「俺は一回だけのつもりだったんだぞ!?

 冗談じゃねえ!」



      ――必 殺!!――


 ペタ耳!

 肉球沿い手!

 尻尾絡み!

 おまけのうるうる猫目!

 猫娘ねこムスメのお願いモード!


「……猫娘、キライ?」

「……!」

「猫娘、なりたくない?」

「……グゥ!」

「私の事、好きじゃないの?」

「~~ッ!!……ん? 変なの混じってねぇか?」

「まあまあ。これで私達、運命共同体♪」



 白黒させてる慶悟君の目が、

 あまりに可愛かったんだもん♪

 私は元気にコブシをふりあげ、

 えいえいおー! とジャンプした。


「トラトラコンビ発足だ~☆」

「センスねぇな!」















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