【完結】就活から始まるラブコメ

御宮ゆう

第1話 就活で疲労困憊の俺、ヒロインに出逢う

『内定貰った』


 就職活動で訪れていた企業での面接がひとまず終わり、立ち寄った喫茶店。

 面接の反省をしてからお気に入りのカフェオレを片手にスマホをいじっていると、そんな通知が届いた。


「嘘だろ」


 思わずそんな言葉を呟く。

 見間違いでなければ、内定を貰ったと伝えてきたのは先週大学の仲良いグループで集まった際に「なかなか選考が進まない」と嘆いていた奴だ。

 あれからまだ一週間。

 いくらなんでも早すぎる。


 なかなかその通知を開けずに固まっていると、次々と別の通知が画面の上から降ってきた。


『おめでとう!』

『おめ、やったな!』

『おめでと! 先週と同じく打ち上げする?』


 スマホの上画面に内定への祝福の言葉が飛び交う。

 キュッと唇を噛んで、俺もグループチャットの画面を開いた。


 今は五月中旬。

 そろそろ就職活動を終える人が半数程度を占めてきて、毎日スーツを着ることが堪らなく憂鬱になってしまうこの季節。

 気分転換をしようと訪れた喫茶店で、俺は更に憂鬱な気分になることを強いられていた。


「……はぁ」


 心の底からこぼれたような溜息を吐き、トーク画面を眺める。

 そこには祝福の言葉と、それに伴う集まりの予定を組む言葉が並んでいた。

 大学の仲良い友達だけで作られたそのグループメンバーは全五人。

 先週もその内の一人が内定を貰い、その打ち上げをしてきたところだった。


『おめでとう、これで残すは俺だけか!笑 待ってろよみんな!』


 俺はそんな言葉を無心で綴り送信する。

 瞬間、既読が四件付いた。どうやらグループ全員が現在トーク画面を見ているらしい。


『おう、めっちゃ応援するわ!終わったらみんなで卒業旅行の予定立てような』

『とりま飲みは今週の土曜にしようと思ってんだけど、勇紀はどう?合わせるぜ』


 その言葉に俺、新田にった勇紀ゆうきは苦笑いした。

 合わせるというのは、俺の就職活動を気遣ってのことだろうと分かる。基本的に土日は就活も休みなので、それに合わせてということだろう。


 ──就活が一人終わるたびに打ち上げしようぜ。


 そんな提案をみんなに投げかけたのは、三ヶ月前の俺自身だった。

 一人一人終わるたびに打ち上げをすることによってグループの絆も深まって、就活へのモチベーションも高まる。

 そんな想いからの提案だった。


『ありがと、それでいいよ! 飲もうぜー!』


 送信されたのを確認すると、スマホの電源を切った。

 不思議と気持ちが落ち着く。

 普段スマホの電源が切れるとソワソワしてしまうのに、今日に限っては別のようだ。

 余計な思考を停止させて、俺はカフェオレのストローを咥えた。

 カフェオレに入っていた氷は溶けて、もう味が薄い。

 中身が無くなっても、俺は暫くストローから口を離さなかった。


 ◆◇◆◇


 俺にしては良い大学に入った。

 そこそこ頑張って、その頑張りが報われた。

 親も喜び、親戚も喜んだ。

 いつもは褒めてくれない一つ上の姉も、「やったじゃん」とその時ばかりは笑ってくれた。

 そこからはある程度単位を取りつつ、サークル活動や合コンで遊ぶ大学生活。

 彼女こそずっといたわけではないが、それでも充実していたものだった。


 ──運が良い。


 俺はいつしかそう思うようになっていった。

 そこそこ頑張れば、そこそこの結果がついてくる。

 それは受験に限らず、恋愛や部活もだ。

 だから就職活動だって努力さえすれば。


「……そう思ってたのにな」


 駅の高架下で、俺は自嘲気味に呟いた。

 太陽が沈み、夜の帳が下りようとしている街中は帰りのサラリーマンで溢れている。

 同僚らしき人と笑いながら歩くサラリーマンもいれば、陰鬱な面持ちで歩くサラリーマンもいる。

 街ゆく人を眺め始めてから、もう二時間が経とうとしていた。


 何となく、すぐに家へ帰る気にはなれない。

 明日は平日にしては珍しく就活の予定も入っていないので、少しくらいボーッとしていてもいいだろう。

 そう思案していると、ふとサラリーマンで溢れる街には似合わないものが聴こえてきた。


 歌だ。

 どこから聴こえるのかを探して数秒、歌の主を見つけた。

 対面側の路地でマイクを片手に歌っている。

 道路を挟み、遠目から見た後ろ姿のみだが艶のある黒髪ということだけは分かった。

 肩までかかる髪は風で泳ぎ、それが言葉で形容し難い情景を生み出している。

 一度歌に耳をすますと、先程まで気付かなかったのが嘘のようにずっと聴くことができた。車の排気音もどこかへ行き、俺は彼女が歌い終わるまで微睡むように聞き惚れていた。


 ──もっと近くで聴こう。


 そう思い、俺は彼女の方へと歩き出した。

 横断歩道を渡る間も微かに歌は聴こえていて、近付くにつれ足取りが軽くなっていく。

 清流のせせらぎのようでいて、どこか艶めかしいものを感じさせる声調は不思議と耳に残る。

 彼女の前に行くと、三十人程度が歌を真近で聴いていた。

 観衆の隙間から辛うじて見える看板はダンボールで、彼女の側に置かれている。

 そこには『シンガーソングライター雨宮あまみや砂月さつき、五月末までにCD300枚売り上げに挑戦中』と書かれていた。

 真紅のカーペットにCDが積まれ、どうやら今聴いているのは彼女オリジナルの曲のようだ。


 彼女はとんでもなく綺麗だった。思慮深く濡れた長い睫毛に、吸い込まれるような大きい瞳。

 歌う表情はたおやかで、アイドルのように笑顔を振りまくわけでもない。だがそれが一層彼女を魅力的に映していた。

 彼女の周りにいる人達は歌に惹かれ、そして容姿にも惹かれているのだろう。


 ふと目が合った。

 多分、俺と歳はあまり変わらない。

 彼女は今、夢に向かって突き進んでいるところなのだろう。観衆の多さから、その成功する確率は高いものだといことは察することができる。

 こうしてる間にも彼女はSNSなどを通じて有名になっていき、少しずつ夢に近付いていくかもしれない。


 ただ、人よりも少し良い生活がしたいが為に就活に身を入れている自分が、やけにちっぽけに思えた。


 普段なら、こんなことは思わない。

 だが、その時だけ俺は思ってしまった。


 ──失敗すればいいのに。

 


 ガシャンッ。



 無機質な音が、俺を思考から引き戻した。

 音楽は止み、観衆の喧騒だけが辺りに響いている。


「路上ライブってよ、条例違反なんだぜ? こんなとこで歌ってんじゃねーよ!」


 若者グループの一人が、笑いながらCDを踏み付けていた。他はスマホでその動画を撮り、ケラケラと笑っている。


「ひでえ……」

「誰か止めなよ」


 何処からかそんな呟きが漏れる。

 だがあれだけ群を成した観衆の中に、その行為を止める者は誰も現れない。

 不快感をあらわにした表情を浮かべて、中には睨み付ける人もいるが、直接若者たちを止める者はいない。


 皆んな怖いんだ。

 増してや見知らぬ路上シンガーの為に、強面が混じる若者グループに飛び込むことなんて、誰にでも出来るわけじゃない。


 俺も、その大多数の内の一人。

 見知らぬ人の為に怪我をする程、俺はお人好しじゃない。


 普段の俺なら、そうだった。


「止めろ」


 この後の俺の姿は想像に難くない。

 だが、罪悪感があった。


 ──失敗すればいいのに。


 夢を追いかけ歌う彼女に、そんなことを思ってしまったダサい自分を。

 この行為で、チャラにしたいと思ってしまったのだ。

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