" Z " to " ■■■■■ "

「下がれぇぇぇッ!! カノォォォォンッ!!」


 絶叫と共に、激しい形相のフーガくんに、突き飛ばされる。

 一切の容赦なく、一切の躊躇なく、血に塗れた手のひらで。

 身体を襲う衝撃に、かれに突き飛ばされた事実に、思考が止まる。

 かれに、そんな力で拒絶されたことなんて、一度だってなかったから。


「え――」


  ボンッ!!


 声を失って、突き飛ばされたわたしの、前。

 わたしを突き飛ばした、フーガくんの後ろ。

 そこにあった、アミーの死体――が――


(な――)


 噴水のように、


 天高く舞い上がる、血肉の飛沫。

 天から降り注ぐ、血色の雨。

 雨の中に立つ、血肉の柱。

 その柱から、なにか。

 細い、ものが――


(に――)


 血肉の柱から、伸びていて。

 宙に踊る、その細いものは。

 赤く、どろどろとしていて。

 血肉を束ねたように、歪で。

 まるで植物ののようで――


(が――)


 つよく突き飛ばされた身体が、

 たたらを踏むように後ろに弾かれて、

 血の柱から、赤いつたから、遠ざかって、

 フーガくんから、遠ざか――


(あ――)


 鋭く閃く、一筋の赤い線。

 血色の蔦が、宙を走る。

 その先には、フーガくんが。

 フーガくんの、頭が――


(ああ――)


 まって。

 とまって。

 いけない。

 フーガくんが。

 フーガくんが、まだ――


「ふっ――!!!」


 口の中で、つぶれたその叫びは、

 今度こそ、どうしようもなく、手遅れだった。


 その、あかい蔦が、

 かれの、あたまを、


  グジュ――


 つぶれたような、

 つぶしたような、

 かれのからだが、

 こちらにたおれ――


(――ああああああああっ!!!)


 アミーの流した血で、

 乾きかけた赤黒い血、

 よごれていたフーガくん、


 の、かお、

      目が、ずるり、と

 血、血が、

      赤い、あかい――


「――ああああああああっ!!!」


 口から、叫びが、

 もう、わからない、

 絶叫が、支配する。

 衝撃が、鳴り響いて、

 ガンガンと、うるさくて、

 前方の宙で、舞い踊る、

 赤い、蔦の、動きが、

 変わって、止まって――


   ヒュオンッ


 こっちに、


「ひぁ――――――っ!!!」


 口から漏れ出る声が、あたまのなかを塗り潰される。

 目の前にあるものが、理解できない。

 わたしは。

 ここは。

 これは。

 なんだ。

 なにが――


「あっ――」


 反射的に目の前に突き出した手に、

 絡みつく、ぎゅるりと、赤い蔦が。

 革グローブ越し、感じる、

 ぬるりと、ぬめった、

 赤い、血に塗れた――なまあたたかい血肉のつた。


「ひっ――」


 振り払うようにして手を引き。

 ぬるりと、血と脂で滑って。

 革グローブが、すっぽ抜けて。

 その蔦が、再び、こちらに――


「っ――!!」


 口の中で潰れた悲鳴に、ふさがる喉。

 よたよたと、後ろに下がる足。

 赤い蔦は、宙を踊るように、

 目の前で、とまって――

 こちらには、近づいて来ない、


 その蔦は、たかるようにして、

 目の前の、地面に向かって伸びて、

 そこにいる、のは、かれ――


「っ、だめぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」


 叫んだところで、なにがどうなる。

 そもそも、わたしの叫びなんて聞いてない。

 だけど――


   ヒュルンッ


 アミーの身体から生えた蔦は。

 再びわたしを絡め捕ろうとする。

 わたしの、こえ――音を聞いて?

 こっちに、迫ってくる。


「っ、こっち、きてっ!!」


 フーガくんの身体から、遠ざかるように。

 倒れているかれから、引き付けるように。

 アミーから立つ血肉の柱の反対側に走る。


 でも、そんなことをしてなんの意味があるの。

 だって、かれは、もう――


「――ああああああああっ!!!」


 あたまのなかを絶叫で塗り潰す。

 赤黒い思考を、中断させる。

 わたしの叫び、その音に惹かれて、

 赤い蔦が飛来する。


 先ほどよりも、多く、

 先ほどよりも、早く、

 先ほどよりも、強く、


   ビュオンッ


 わたしに、迫ってくる、

 赤い蔦の――束。

 それはしなる鞭のように、

 上から叩きつけるように――


   ビダァァァンッ!!


「――ぁぐっ!!」


 上からの衝撃に、崩れ落ちる。

 肩が、熱い。痛い。

 叩かれた、の?


   バシィィィンッ!!


「ぅぐ――ッ」


 身体を横に弾き飛ばす、横薙ぎの衝撃。

 おなかのあたりが、カッと熱くなる。

 草の上を転がりながら、身を起こそうとして。


   ヒュルンッ


 起き上がれない。

 また、くる。

 よけられ――


   ぎゅるんっ


「ぐぅっ――」


 わたしを叩き潰した赤い蔦の束が、

 と解けて、身体に絡みつく。

 ぬるりとやわらかで、血にぬめっていて、

 なまあたたかくて、人肌のように沈み込む――血肉の網。


 振りほどかないと、

 動かないと、

 逃げないと、

 逃げて、

 にげて――




 それで――どうするの?




(あっ――)



 ふーがくん。

 ふーがくんが。

 ふーがくんが、いない。

 ふーがくんが、みえない。


 アミーだったもの、

 そこに、赤い肉の花が咲いている。

 噴水のように、アミーの身体から、

 花開いた血肉の柱の向こう側に、


 ふーがくん、が、

 倒れているはず、

 倒れているだけだから、


 ふーがくん、

 だいじょうぶだから、

 だいじょうぶだから、

 ふーがくん、

 きっとおきて、

 おきてくれる、

 そうすれば、

 そうしないと、

 わたし、は――


   ぎゅるんっ


「ぎっ――」


 腕に絡みつく、赤い蔦。

 胴に絡みつく、赤い蔦。

 脚に絡みつく、赤い蔦。

 ぬるぬる、ぬめぬめ。

 気持ち悪い。きもちわるい。

 血の匂いがする。脂の匂いがする。

 決して人のそれではない。

 わたしの、しらない――


「あっ、がぁっ――」


 細い、蔦が、

 首に、巻き付き、

 首を、締める。


「ぐっ――」


 わたしの首を、ケープ越しに締め付ける、赤い蔦。

 血と脂に汚れて、黒ずんでいく、ケープ。


「やぁっ――」


 やめて。やめてよ。

 それは、たいせつなものなの。


「――ぐぅぅぅっ!!」


 わたしよりも、ずっとずっと、

 たいせつなものなんだ。


「ぐっぎぎっ――」


 首に掛かった、ぬるぬるの赤い蔦を、引きはがす。

 力任せに突き立てた爪が、血肉の蔦に沈み込む。

 不快で、気持ち悪くて、ぬめって、だけど。


(――――ッ!!)


 その下にあるケープを、汚させたくない。

 もがけばもがくほど、肌を締め上げ、喰い込んでくる。

 ぎしぎしと、骨と肉を締め付ける蔦。

 動かせば動かすほど、骨を軋ませる。

 ぐぎりと、なにかが、鈍い音を立てて。

 びくりと、からだが、引き攣るように震えて。

 でも――いいんだ。

 そんなこと気にならない。

 は――


   ヒュンッ


 ――不意に。

 後ろから、なにか、音が聞こえて。

 無意識に、その音を避けるように。

 首を、左に傾けた。


 ――傾けて、しまった。


   ヒュボッ


 首筋を掠めた、赤い槍が、

 わたしの、手を裂きながら、

 わたしの、肩に掛かっていた――


   ブチィ


「ぁ――」


 ケープを、引き裂いて、

 血と脂に、よごれていた、

 ケープが、わたしの、

 かたを、はなれて――


「――やめてぇぇぇぇええええッ!!!」


 赤い槍に引っかかり、引き裂かれたケープが、

 わたしの身体を離れて、投げ出されて、

 それに集る、赤い蔦に、呑まれて、


「――ぃゃぁぁぁぁああああッ!!!」


 だめだ、だめなんだ、

 そんなこと、しちゃだめだ、

 それがない、わたしは、

 フーガくんがいない、わたしは、

 とまってしまう、

 とまらなく、なってしまう、

 ふーがくん、

 あわせて、

 いやだ、

 ふーがくん、

 あわないと、

 どろどろ、

 このどろどろが、

 この――


   ぎゅるんっ

 

「ぐぎっ――」


 剥き出しになった首に、再び絡みつく蔦。

 先ほどよりも多く、太く、先ほどよりも強い。

 息が――詰まる。


(――――ッ!!)


 いたい。

 くるしい。

 だめだ。

 あつい。

 だめだ。

 それはだめだ。

 なんでだ。

 ふーがくん。

 あいたい。

 いない。

 みてない。

 だめだ。

 いたい。

 きもち――


(――ぁぁぁ、ぁぁぁあああッ!!)


   ぎゅるんっ


「ぐぅッ――」


 赤い蔦が、更に身体に絡みついてくる。

 腕に、脚に、胴に、首に。

 ぬめる血肉でできた赤い蔦が、

 わたしの身体を締め付ける。


 押し潰すように、壊すように、

 蔦の拘束が、一瞬強まって――


   フッ――


「ぇ……」


 からだが、持ち上がる。

 からだが、宙に浮く。

 世界が、下に、流れて、

 ふわりと、重力が、なくなって、

 今度は、上に、流れて、

 目の前に、地面が――


   ズドォォォォンッ!!!


「ッか、はッ――」


 からだ中に、電流が走ったような。

 ばらばらになってしまったような。

 目の前にある、地面が、

 ぐらぐらと揺れて、動いていて、

 なにもかもが、もうわからない。

 からだ中が、あつい、いたい。

 きもちわるい、はきけがする。


「――っ」


 身じろぎ一つ、できない。

 指先を動かすことすら、できない。

 赤い蔦は、さらに締め付けを強めながら、

 引き絞り、皮膚を破り、肉を裂き、

 この身体を、潰し、壊そうとする。


 首が締まり、骨が軋み、

 肉が裂け、血に塗れて、

 目の前が、霞む。

 意識が、遠くなっていく。

 なにも、聞こえなくなっていく。


 わたしは、この感覚を知っている。


(――――ぁ)


 これは――死んじゃう。


 これは――だめだ。


 もう――だめかもしれない。


 もう――だめだよ、ね。


 だから――



(――ごめん……ね。……ふーが……くん――)



 せっかく、てをのばしてくれたのに、


 かれのとなりに、さそってくたのに、


 わたしを、まっていてくれたのに、


 いっしょに、いられるきがしたのに、



(――かわれ……なかった――)



 やっぱり、わたしは、だめだ。


 やっぱり、かわっていなかった。


 わたしは、わたしのままだった。


 わたしは、よねんまえの、ままだ。


 だって、もう、だめなのに。


 くびをしめられて、いためつけられて、


 いたくて、くるしくて、うごけないのに。


 もう、死んじゃうのに。


 それなのに――



   ……ふるり



 からだが、ふるえる


 いたいから、じゃない


 こわいから、じゃない


 くるしいから、じゃない


 しんじゃうから、じゃない



 これは――よろこび、だ



   ……ふるり



 からだが、よろこんでいる


 こころが、ふるえている


 わたしは、いま――



(――う、ふっ)



 この、いたみも、


 この、くるしさも、


 この、あつさも、


 この、つめたさも、


 このさきにまちうける、くらやみも、



 どろどろに、ひたる


 どろどろに、のみこまれる



 あつくて つめたくて


 いたくて くるしくて


 こわれて こわされて 


 もう どうしようも ない



 それ は なん て





  なん て  き も  ち  い   い

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