テレポバグ(2)

 さて、テレポバグの話を続けようか。

 ここまでの話では、テレポバグはプレイヤーにとって悪いバグだったという話だったよな。

 そして発見から1年経ってようやくバグフィックスまでこぎつけた、と。


 では、今度は別の切り口からテレポバグについて語ってみよう。



 *────



 ときはテレポバグのバグフィックスからさかのぼること3か月前、ところは検証勢による考察スレッド。

 テレポバグの初回報告から、既に9か月が経過していた。

 この時点で検証勢たちは「なぜ発生するか」はいまだによくわからないが、「なにをすると発生するのか」についてのおおよその検討を立てていた。

 幾つかの発生プロセスが仮定され、そのなかでも比較的低コストで検証可能なものについて、実際に起きるか試してみることになった。

 そんなときに建てられたスレッドがこれだ。


   「テレポバグ人柱募集スレ」


 装備・アイテム類をすべて預け、外敵脅威に対するすべての備えを失ったうえで、圧倒的現実感に裏打ちされた死亡デスが99.99%決まっている、地獄への片道切符を受け取ってくれるプレイヤーが募られた。

 そんな人柱いけにえが果たしていたのか?


 けっこういた。

 検証勢って、概ね頭のおかしい集団だったんだよな。

 さて、そんな通称「人柱スレ」において、あるとき検証勢の一人がこんなことを言い出した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 テレポバグ人柱募集スレ ★2

 301人目の人柱 20xx/xx/xx (金) 20:53:26.56 ID:in6WrwxE9

 このバグ、もしかして楽しいのでは?


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 それはまさに天啓、発想のコペルニクス的転回。

 テレポバグが「グリッチ/Glitch」――バグを利用した「技術」になった瞬間だった。

 一部のプレイヤーにとって、『犬』のゲーム性が大きく変わった歴史的瞬間でもある。


 >>301はなにを言っているのか。

 テレポバグのなにが楽しいというのか。

 その答えは、このゲームにおいてプレイヤーが「なにを楽しんでいたのか」を考えればよい。

 未開地の開拓?

 新たな資源の採取?

 装備や設備の拡充?

 それらも『犬』の楽しみの一つだ。

 だが、そうした「かたちに残る成果」とは別に、このゲームに楽しみを見出すことができる者たちもいた。


 眼下に雲を見下ろす高地。

 コバルトブルーの湖を頂く火口。

 水晶の織りなす極寒の洞窟。

 溶岩の川が織りなす灼熱の荒野。

 テレポバグを用いれば、そういった「未だ誰も訪れたことのない場所」に一息に飛び込んでしまえる可能性があるのだ。

 ただ、アイテムロストを避けるために「なんの備えも持っていけない」ゆえに「なにも得られず」「惨たらしく死ぬことになる」だけで。


 人柱スレに端を発する、テレポバグを用いた特異な――ゲーム的な成果をなにも残さない――愉しみ方に魅せられたものは、当時「彷徨い人ワンダラー」と呼ばれ、『犬』の日陰のなかでひそかなムーヴメントを興し始めた。

 彼らはアイテムロストを避けるために、いっさいの装備・道具を持たずに、地獄への片道切符を嬉々として握り締め、なんどもなんども未開域に飛び込んでいった。


 その行為は、死に戻るだけで、なにも得るものがない。

 ただ、テレポバグの向こう側にあるものに、ワンダラーたちは魅せられていた。

 その「向こう側にあるもの」がなんなのかは、それぞれのワンダラーによってちがったと思う。

 それは幻想的な風景であったり、見たこともない草花であったり、異形の生命であったり。

 あるいはサバイバルという行為そのものだったり、死のスリルだったり。

 形としては決して手元に残らないそれらが、どうしようもなく愉しかった。


 もちろんワンダラーたちは、テレポバグを利用したこの愉しみ方が決して日の当たるものではないと知っていた。

 リアリティを伴う死の感覚と、アイテムロストの可能性のあるバグ利用など、このゲームを批判したい人間からしてみれば格好の標的だろう。

 もとより彼らは検証勢と呼ばれるほどに『犬』にのめり込むプレイヤーたちだ。

 ゆえにテレポバグの再現性が徐々に確立され、意図的にテレポバグを起こすことが可能になってきた段階でも、ワンダラーたちはその方法やテレポバグによる「愉しみ」を大体的に喧伝することはなかった。

 バグを起こす方法さえ喧伝しなければ、この薪が悪意ある者によって燃え上がることはない。


 だが、そうは言っても隠せないのが人とというもの。

 無言で場末のスレッドにアップロードされる、誰も見たことのない絶景のスクリーンショットや、どこか幻想的な世界を映した提供者不明の動画などから、「テレポバグによる死に戻り前提の未開域探索」は、「人柱スレ」のワンダラーたちが静かな盛り上がりをみせるほど、『犬』のプレイヤーたちの中でも徐々に知れ渡っていった。

 発生条件未確定・ほぼ死ぬ・アイテムロストの可能性という負の要素も、運営開発の真摯な対応という受け皿の上に載ってしまえば、むしろ 『犬』という世界が持つ深さに一役買っていたとさえ言える。



 *────



 余談だが、この頃の『犬』の海外掲示板では「RTG」という単語を見ることがある。

 これは字面そのまま「Random Teleport Glitch」の頭文字だ。

 海外でもこの頃から「テレポバグ」は、バグを利用した技術として認知されていたようだ。



 *────



 一方で、検証勢のはたらきかけのなかには、「人柱スレ」とは別の方面におよぶものもあった。

 ときはテレポバグのバグフィックスからおよそ一か月半ほど前の事。

 ところはやっぱり検証スレ。

 「もしも任意でテレポバグが起こせるとしたら」という仮定の下で、とある一つのプロジェクトが起草された。

 それが検証ガチ勢と攻略ガチ勢による共同作戦、通称「未開域調査隊」だ。


 「未開域調査隊」の理念はいたってシンプル。

 「ランダムテレポートバグ」を意図的に引き起こすことができるならば、超高価なポータル設置アイテムをも含めた万全の準備を以て「ランダムテレポート」に臨むことができる。

 そうして転移先の地域を開拓し、ポータル設置までこぎつけることができたなら、全く新しい世界へと一足飛びに飛び込めるのではないか。


 これまではいつ起こるか分からなかったために「万全の準備をしてランダムテレポートする」ということができなかった。

 準備も何もなく、たった一人で未開域に放り出されては蹂躙されていた。

 だが、もしも任意にランダムテレポートが引き起こせるならば、万全の備えを以て転移先の未開域を集団で攻略し、そこにポータルを設置して無事に戻ってくることも可能なのではないか。


 このプロジェクトは検証スレの住人からとある攻略ガチ集団――このゲームにそういう公式システムがあるわけではないけれど、そうした集団は「クラン」とか呼ばれていた――に持ち込まれ、「バグの再現性の精査」という大義名分をもって大々的に実行された。

 だが実際のところ、攻略に向かうガチ勢たちの目はみな子どものように輝いていた。

 「誰も辿り着いていない未開域を自分たちで開拓攻略する」というのは、このゲームで前線に立つプレイヤーなら誰もが夢見ること。

 それが場所も分からない未開域だというのならなおさらだ。


 そういうわけで、プロジェクト「未開域調査隊」の第1次遠征がはじまる。

 調査期間は、通常の――生存圏に隣接してはいるが、まだ誰も足を踏み入れていないという意味での――未開域の開拓に要する時間の倍、1か月ほどを予定していた。


 だが、その期間が十全に使われることはなかった。

 彼らはランダムテレポート後たったの1時間ほどで全員が順次「死に戻り」してきたからだ。


 彼らは口々に語る。

 彼らが転移テレポバグしたそこは、どこか仄暗い地底湖らしき場所で、彼らは突如として湖底から浮上した半径2メートルほどの異常な発光飛翔体と遭遇した。

 なにかチカチカと信号のようなものを発信するその存在を見ていると、なぜか頭が真っ白になり、気が付いたらいた。

 死に戻りしたばかりで、やたらテンションの高いリーダーは冗談交じりにこう語った。


『ああ、そらに! そらに!』


 ……どうやら彼らは、神話的恐怖に類する経験を味わう憂き目にあったようだ。


 なお、死に戻った隊員の一人は、その発光体との遭遇時、情報端末に備えていたガイガー=ミュラー計数管に、超短波長のガンマ線を感知していたと証言している。

 死に戻りしたため、そのデータは残らなかったが――恐らくそういうことだろう。

 彼らが即死したのは幸いだったのかもしれない。

 彼らの身に起きたことを察した者はみな黙り込んだ。


 さて、全滅した彼らが失ったものは、「ポータルを設置するための極めて作製コストのかかる装置」と、「失ってもいいと思っていたそれなりの装備一式」。

 確かに甚大な損失ではある。

 だがこの損失は、検証勢が主導したカンパプロジェクトによって、その大部分が補填された。

 その補填対応が行われる前であっても、「やっぱり冒険は愉しいなぁ」と濁りきった眼で語った彼らはまぎれもなく『犬』の攻略ガチ勢であったと言える。

 テレポバグの恐ろしさと、その代償として得る突飛な冒険の魅力。

 その2つが白日の下に晒された出来事であった。


 「誰も開拓していない未開域に一足飛びで飛び込める」というのはやはり魅力的であるようで、第1次調査隊の壊滅的失敗からわずか1週間後、別のクランによる2度目の調査隊が結成される。

 そして、惜しげもなく投入された物資と『犬』ガチ勢によるガチ攻略、そして転移先が第1次遠征に比べればあまりにもまともな環境であったという幸運により、第2次未開域調査隊は3週間の月日をかけ転移先を開拓し、ポータルを設置するという任務に成功した。

 公にははじめてテレポバグから「生きて戻って」きたのが彼らということになる。


 転移先の緋色美しい針葉樹の樹林帯は、第2次調査隊リーダーの名前を取って「紅マグロ樹林帯」と命名された。

 素敵な名前だが、この名前を見るたびにマグロの刺身が食いたくなって困る。


 「紅マグロ樹林帯」は当時のプレイヤーの生存圏から、海洋を挟んで東になんと12,000km――日本・ニューヨーク間よりもう少しだけ広い――という、テレポバグが起こらなかったならサービス終了まで辿り着けなかったんじゃないかというような場所だった。

 つまり、テレポバグによって新たに世界が広がったわけだ。


 そうして……そんな副産物としてのムーブメントを生みだしながらも、『犬』をこよなく愛した検証勢たちは、「人柱スレ」や「未開域調査隊」といったプレイヤーたちの協力もあり、遂にバグの原理を解明し、さらにはテレポバグの完全な再現性の確立に成功したというわけだ。


 そして再現性が確立されるやいなや、速やかに運営開発に検証結果の報告を行った。

 それは人柱スレの>>301の書き込みから、およそ3か月後の事だった。



 *────



 ここらで小休止を入れよう。

 「ディープブルー」はまだ残ってる?

 いや、ゆっくり飲んだほうが良い。

 慣れてないと身体がびっくりするからな。


 この話が終わるまでに、飲み切るくらいでちょうどいい。

 テレポバグについて。

 そして『犬』について。

 話し終えるまで、あと一息だ。

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