風が呼び 10

「うわあ!」


 メリーは、ラトスの隣で大きな声を上げた。能天気な気持ちをおさえられなくなったようだ。彼女は、少しずつ歩く速度を上げていく。


 ラトスは速度を落として、彼女が歩いていく先を見た。

 洞窟の中からのぞいた外の世界は、緑一色だった。外から、ゆるやかに風が流れこむ。ふわりと草の香りがして、ラトスは息を大きく吸い込んだ。

 先を行くメリーは、とうとう走り出していた。何度か足をすべらせながらも、洞窟から飛び出していく。


 彼女が飛び出していく先をしばらく見て、ラトスは違和感を感じた。

 外から飛び込んでくる緑が、とてもあざやかに見えたのだ。


 多くの者は、そこに違和感などないだろう。だが、ラトスは、妹を失ってから、視界から色がほとんど抜け落ちていた。わずかにしか色が識別できないのだ。だが、今ははっきりと、洞窟の外にあざやかな緑が広がっているのが分かった。


「すごいです!」


 あまり先に行かないでくれと言ったばかりだったが、メリーは何も覚えていないのだろう。黄色い声が、洞窟の外から聞こえてきた。仕方なく、ラトスも洞窟から出ようと、足早に進む。ラトスをつつむ洞窟の中の冷えた空気が、次第に、外のあたたかな空気に入れ替わっていくのを感じた。


「ラトスさん。遅いですよ!」

「分かったよ」

「見てください! あれ!」


 洞窟から顔を出したラトスを、メリーが出迎えた。

 彼女は、さっとラトスの隣に立って、大げさに手を広げながら外の景色を見せた。そのしぐさに、ラトスはにがい顔をした。

 だが、にがい顔をしたのは一瞬だった。二人の前に現れたその景色を見て、ラトスは大きく目を見開いた。


 それは圧倒的だった。

 石室から洞窟に来る前に、白い柱が、頭の中に見せた光景が広がっている。事前の知識のおかげで、草原のようなものがあるのだろうということは分かっていた。だが、眼前に広がるそれは、ただの草原ではなかった。今までに見たことがないほど、無限に広がる大草原がそこにあったのだ。


 黄色と緑色の光が、混ざりあって、おどっている。

 美しい草原にあふれた光と、澄み切った青い空が、ラトスの目を強く刺激した。


 これはどういうことなのだろう?

 ラトスは、小さく首をかしげた。かしげながら、メリーのほうを横目に見たが、メリーの姿だけは、やはり色褪せて見えた。


 色あざやかな草原と、色褪せたままのメリーを、ラトスは何度か見比べた。

 色が見えるようになった、というわけではないらしい。あまりに不思議な状況に、ラトスは困惑した。だが、それ以上深く考えるのは止めた。


 そして、ラトスは目の前に広がる美しい大草原に、もう一度目を向けた。

 草原のここそこには、なだらかな丘がいくつも見えた。はるか先の地平線をながめてみたが、そこには、山も海もないようだった。

 風がゆるやかに吹きこんで、草原を波立たせている。まるで、緑色の海の上に立っているようだった。あまりに異様で幻想的な風景に、ラトスは心をふるわせるのだった。

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