昔の話〜也凪編(語り)


 はい、これが私の昔話。与太話にもほどがあるわよ、もうこれ以上貴方に話すことはないと思うけれど。

(実は、貴女がいつ『符契わりふ』の正体を知ったのかお聞きしたいのです。当時、もうご存じでしたよね。)

 ああ、なんだ、そう。そのことね。最初からそう聞いてくれたら、私だってこんなこっ恥ずかしい話しなくてよかったのに。

(いえいえ、面白かったですよ。貴女の可愛らしい一面が拝見できて、大変貴重な体験でした。)

 ……最悪。絶対書かないでちょうだいね。やってみなさい、末代まで祟ってやるから。(肝に銘じます)(笑い)


 それで、『符契』ね。あれ、風月ふうげつよ。

(彼から直接聞いたということですか?)

 いいえ。誰も『符契それ』を直接口にしなかったわ。風月だってそう。箝口令でも敷かれていたのかも。当時の私たちに、気を遣っていただけなのかもしれないけど。私にはわからないわ、それは紫暮しくれ様にでも聞いてちょうだい。

(それでは、どうやって?)

也凪やなぎ、ため息を溢す)どうしても、話す必要はあるかしら。

(そうですね。できれば。)

 ……あまり、故人を暴く真似はしたくなくって。


(しばし、沈黙)


(また改めましょうか。一年であろうと、十年であろうと、私は貴女の心からの語りを待ちましょう。)

 ……ごめんなさい、貴方にも立場があるものね。ありがとう。大丈夫、ちゃんと話すわ。


 今となっては大昔の話だけど、そうね、の二年くらい前かしら。風月と菊乃きくの様がいなくなって、ちょうど十年目。いい加減、『遺品』を整理しようって話になったの。だって、十年よ? そのあと、二人して一緒にまた水鏡みずかがみいずみから『生まれて』くるなんて、誰も思ってもみなかったし。あんな状態で残された蓬閃ほうせん白銀しろがねも不憫じゃない。それで、年越しの大掃除っていってね、片付けようかって。そのときの、蓬閃ほうせんのことよく覚えてる。すっごく良い子なの。あの、礼儀正しくって、辛抱強かった子が、「嫌だ」「片付けたくない」って、わあわあ泣いて、可哀想だった。


 師走、いえ、その頃はまだ春待月しわすね、その寒い日だったわ。雪がたくさん降ってて、腰の高さくらい積もってた。海風がうんと寒くって、これでもかって火を焚べて。たたらに、……そう、そのときは、まだたたらも、ね。自由な目をしていたから、煎餅を焼いたり、焦がしたりして、笑ってたわ。

 風月って意外と物持ちなの。私もその時までは知らなかった。本当、押し入れの中からたくさん出てくるのよ。乾涸びた押し花のしおりとか、へんてこな似顔絵とか、そういうの。捨てられないたちなのね。私が風月からもらった、あの簪ももちろんあった。


 その中に、蒔絵のはこがあったの。さほど大きさのあるものではなかったけど、大層値の張る品よ。わりに重さもあった。ねえ、中身はなんだったと思う?

(陶器や祭具のような物でしょうか。当時のお社では、祭祀なども行っていたと聞き及んでおります。)

 私も最初はそう思ったんだけれど、残念外れ。なんと、入っていたのは、お金。すごいでしょう、筥いっぱいの、金貨よ。まるでお伽噺の玉手箱みたいにね。

(金貨ですか?)

 ……貴方もそう思う? そうよね。私だって、それを見て後悔したわ。それまで、金貨なんて見たことも触ったこともなかったの。だって、神職きぞくのお金よ。神殿きゅうていか、花街でしか出回らない、綺麗で汚いお金。


 なんで風月がって、思った。それも、一生遊んで暮らせるだけの金貨。私、それで知ったわ——『符契』って一体なんなのか。

(それは、どういう?)

 実は、筥の中に入っていたのは金貨だけじゃなくって、手紙も二通入っていたの。そうね、片方は恋文とでも言うべきかしら。煤けた紙の上に、女筆の細い字で、こう書いてあったわ、


『あなた、きんがお好きでしょう。なれば、その御手が摘み取った数だけの金をここに』

『なんと、これほど引き取られました。あなたに委ねられ、虚しい骸』

『どうか、その引き裂かれん痛みを、心ばかり慰めてくださいまし』


『ああ、わたくしの賤しい魂をも、あなたに委ねられれば、どれほど幸福でしょう』

『ひと、いつか絶えるもの。あなたとて、この金塊と同じ。いつか彼方に待つものは、等しく脆い終わりのみ』

『然すれば、この永久なる私こそ、あなたの半魂を受け入れる器に相応しい』

従名つきなちかいなるもの、成った暁には、理をもげましょう。あなたの忠実な師従とやらにもなりましょう』

『こうして、あなたの死するときこそ、私の死するとき。あるいは、私の死するときがまた、あなたの死するとき。相成って、地の果てを見果てるまで永遠なり。これ即ち、私の幸せにございます』

『どうか、私も、私にも、あなた、どうか憐れに思って』

『あなた、「死にたくない」と仰いました』


(この手紙の差出人に覚えは?)

 いいえ、全く。私にはわからないわ。予想もつかない。山犬うちのひとではない、とは思うけれど……。ごめんなさい。

(いえ、私の方こそ、失礼いたしました。ちなみに、もう一通の手紙にはなんと? 現在もご記憶でしょうか?)

 ……ええ。そっちは、手紙というよりは何かの切れ端のようだった。そこに書かれていたのは、一言だけ。おどろおどろしくって、震えた筆跡だったから、よく覚えている——


◼️◼️サイカノ元ニ帰レ』


(これは、貴女の他の誰かもご覧になった?)

 このときは、私だけだったの。他の誰にも見せなかった。言ったでしょ、故人を暴く真似したくないって。こんなの、誰にも見せたくないじゃない。すごく、恐ろしいものに思えたし。

 それで、どこかに隠そうと思った。このまま風月の部屋にあったら、誰かが見つけてしまうかもしれないでしょう。使っていない部屋に隠しても、知らないうちに片付けに入ってしまうかもしれない。だから、私、白銀しろがねの部屋に隠したわ。あの子、あのときはまだ小さかったから。手の届かない、天井裏の、高いところに隠したの。

(まさか、今もそこにあるでしょうか。)

 どうかしら。だって、今のお社のこと、貴方も知っているでしょう。ほとんど焼け落ちてしまったじゃない。当時のものはもう何も残っていないと思うけれど。


(そうですか。たいへん参考になりました。ありがとうございました。)



(慶成十一年八月三日談)


 ——————

(追記)知額島しらぬかじま(旧称:満月島)、廃神宮に当該遺物の痕跡無し。。誰かが持ち去ったに違いない。

 しかし、あの当時の状況で、一体誰が◼️◼️彼女を知り得、また、どうやって彼はそれを入手した。彼が生きている間に、もっと話を聞いておくべきだった。

 やはり、一度ヒユルらと合流した方が賢明かもしれない。

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