4:謎解き希望のお客様(前編)

 喫茶・スケルトンはもっと繁盛してもいいと思う。

 そんなことを考えながら、ラッドは霧の中を歩いていた。


 異世界交差地点――。仰々しい名前が付いたこの場所は、異世界と異世界を繋ぐ為だけに存在する場所だ。誰が舗装したか分からない一本の石畳に沿って歩けば別の世界へ移動することが出来る、架け橋のような場所。


 一般的な橋と違う点があるとすれば、橋の両端に存在する世界が常に移り変わるということだろうか。


 ラッドは自分が生まれた世界に帰る術を持っているから何の心配もなく異世界交差地点に来られるが、そうでない者は迂闊に立ち入ることが出来ない場所だ。白い霧に覆われて先が見えない道はどの世界に繋がっているか分からないし、どこにも、、、、繋がっていない、、、、、、、可能性だってあるのだから。


「いらっしゃいませ」


 りりん。二つ取り付けられたドアハンドルの下側を手前に引いて木製扉を開けると、カウンターのほうから穏やかな声が響いた。程なくして、白いシャツにエプロン姿の男が持ち手付き木札を持ってカウンターの端へと移動する。


「あ、この前ビットさんと一緒に来てくださった……ラッドさんですね。いらっしゃいませ」


 『笑顔のマーク』が書かれた木札を顔の横に掲げていた男――喫茶・ノードのマスターは、来店客が誰であるか即座に思い出すと優しい声で再度挨拶した。前回の来店から間が空いておらず、常連客の連れということもあってラッドの名を覚えるのは容易だっただろうが、それでも一度来ただけの客を覚えてくれているというのは気分が良い。

 変化が少ない兎の顔に照れ笑いを浮かべたラッドは「ここと繋がってる時に時間が空いたんで来ちゃいました」と来店理由を伝えた。


「ただ、急だったんで同僚は連れてこられなかったんですけど……」

「いえ、来ていただけて嬉しいです。どうぞ、お好きなお席へ」


 優しい声を僅かに弾ませながら、マスター――クロスは、木札を左右に揺らす。ラッド以上に表情の変化を表せない彼なりの意思表示のつもりなのだろう。


(これはちょっと……やばいかも)


 内心そう呟きながら、ラッドはカウンター席の真ん中に腰掛けた。


 ラッドの好みは自身と同じく兎族の女性であり、決して人間型骸骨スケルトンの男ではない。人間型骸骨スケルトンの男ではないが――来店を喜ぶ姿が何だか可愛く思えて、ラッドの心臓は早鐘を打っていた。


「……あれ、そっちの方は?」


 胸の高鳴りを誤魔化すようにメニュー表を眺めていると、従業員控え室と思しき場所から一人の男が現れた。クロスと揃いの制服を着た、黒い髪と瞳を持つ人間型の若い男だった。


「ああ……。僕の友達で、先日入ったばかりの従業員です」


 男に目を向けたクロスは、男を手招きすると自らの傍に立たせた。


「ミオ、こちらはラッドさんだよ」

「初めまして、ミオです」


 クロスに紹介され、ミオと名乗った男は一礼した。


「まだ見習いですが、よろしくお願いします」

「ミオくんかあ。よろしくっす」


 兎族のラッドから見てもなかなか端正な顔立ちのミオに向き合い、ラッドは会釈する。――正直なところ、客入りの少ない喫茶・スケルトンが手伝いを必要としているようには到底思えなかったが、きっと事情があるのだろう。ラッドとしてはミステリそう入りコーヒーの味が変わらなければ新しい従業員が入ろうと特に問題はない。

 注文を取りにきたミオにミステリそう入りコーヒーとカツサンドを注文し終えたラッドは、料理が届くまでのんびり過ごすことに決めた。ラッドの母国がある世界は比較的平和だが、防衛機関であるトーサ軍第二部隊に所属しているラッドにとって気の休まる時間は左程多くない。日々厳しい訓練が行われる中、与えられた部屋で読書したり小粋な喫茶店でぼんやりしたりする時間が数少ない憩いの時間だった。


「お待たせいたしました。ミステリそう入りコーヒーのホットとカツサンドでございます」


 天井に取り付けられたシーリングファンが回るのをぼんやり眺めていると、程なくして注文した品が提供された。届けたのはミオで、練習したのだろうが僅かにぎこちなさが残っている。


(――俺も新入りの頃ってこんなのだったっけ)


 恐らくそうなのだろう。入隊して六年経った今ではすっかり先輩面しているが、隊に所属した当初は右も左も分からず狼狽えていた気がする。

 喫茶・スケルトンの新人君に心の中でエールを送って、ラッドは温かいミステリそう入りコーヒーを口に含んだ。


「……やっぱ美味いわ……」


 口の中に広がる感動的な味わいに、ラッドは呟く。

 数週間ぶりに飲む喫茶・スケルトンのミステリそう入りコーヒーは、実に美味だった。普段母国で飲むミステリそう入りコーヒーは青臭さに似た癖があるのに、ここのミステリそう入りコーヒーにはそれがない。それでいてミステリそう特有のまろやかな旨味と爽やかな香りはきちんと残っているのだから、クロスには恐れ入る。正直なところ、ここのミステリそう入りコーヒーを飲んでしまうと母国で飲むそれが二流品に思えるほどだ。


 口が肥えるのも考えものだ。そんなことを考えながらカツサンドを頬張っていると、りりん、とドアベルが鳴った。次いで、フードを被った客が店内に足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ。お好きな――」

「失礼。ここは『スケルトン』という喫茶店ではないのかの?」


 件の木札を掲げて挨拶したクロスに、来店客の男は尋ねた。「ここは喫茶・スケルトンではないのか」と。


「ええと……正式名称は喫茶・ノードなのですが、一部のお客様はそう呼んでおられます」


 穏やかな声に苦笑の響きを滲ませながら、クロスは説明する。


 この喫茶店の正式名称は、喫茶・ノード。『喫茶・スケルトン』は店主であるクロスの種族から勝手に付けられた愛称である。

 ただ、その愛称は随分と広まっているようだ。ラッドがこの店を愛称で呼ぶのは上司であるビットがそう呼んでいたからだが、ラッドとは別の世界に住んでいると思しき客すら「異世界交差地点にある喫茶店の名は『喫茶・スケルトン』だ」と勘違いしているのだから。


「そうかそうか、ここで間違いなかったか。一安心じゃわい」


 安堵の息を吐いた男は被っていたフードを下ろすとカウンターへと向かい、飛び上がるようにしてラッドの右隣に腰掛けた。


 何だか年寄りのような喋り方をするその客は、言葉遣いに反して幼い外見をしていた。長く尖った耳の特徴から、種族は恐らく小妖精エルフかその近縁種だろう。身長は一メートル前後で、小さな顔は子供らしい丸みを帯びており、ぱっちりとした目とショートヘアにした髪の色は新緑を思い起こさせる瑞々しいグリーンと、兎の獣人であるラッドから見ても可愛らしいと感じるような顔立ちだ。服はシャツに分類される白い衣服を着用しているようだが、その大半が老竹色のフード付きローブに隠されていて仔細は分からない。


「さて……。マスター殿、早速依頼をお願いしたいのじゃが」

「依頼?」


 唐突な申し出に、クロスが尋ね返す。もしも眼球を有していたならば目を丸くしているだろうと感じさせるような声で。


「……お客様。失礼ですが、何のご依頼を?」

「何とはおかしなことを訊くのう。謎解きの依頼じゃて、勿論」


 続けて問うたクロスに、客は答えた。謎解きの依頼だ、と。




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