旅人
camel
ハズレのない国
「旅の人かい。ここはハズレのない国と呼ばれているんだよ」
「つまり、全部アタリということですか?」
ハズレのない国のパン屋の店主は困ったように微笑む。私はクリームパンを買おうと店主に声をかけると、おもむろに箱を取り出した。天辺に拳1つ分の穴が開いている。くじということか。私はお代を払い、箱の中に手を伸ばし、紙を一枚取り出した。
「十二番」
「大当たり!焼きたての食パンだ!!」
ちょっとしたランチに、食パン一斤は多すぎる。
「あの、クリームパンを」
「じゃあ、もう一度くじを引いてくんな」
試しにもう一度引いてみた。
「五番」
「おめでとう!マルゲリータピサだ!」
丸く大きなピザを渡された。袋の中でほかほかの食パンと平べったい箱に入れられたピザを持って、私は途方にくれた。
広場のベンチに腰を下ろし、鳩に出来立てのパンくずを与えながら、よく伸びるチーズのピザを食っていると、一人の少女が走っていく。陶器のように白い肌と金色の髪が揺れる。
「お父さん!待って!」
「待ってるじゃないか」
父親は黒い肌の身長の高い男だ。隣に連れられているのは母親だろう。そちらも黒い肌の髪の縮れた女性だ。おそらく養子なのだろう。
ぼうと見ていると、先程のパン屋の店主が休みを取りに現れた。あろうことか、私の食べたかったクリームパンを頬張っている。
「くじなんだよ……」
私は首を傾げる。
「さっき駆けていった娘がいたろう。あの子は私達の娘だった」
言われてみれば、ふくよかだが店主と先程の少女の面差しが似ている気がする。
「この国では同時期に生まれた子どもたちを集めて、親がくじを引くんだ」
「まさか」
「その、まさかさ。子どもをハズレなんて言えないだろう」
「どうして、そんなことを」
「王さまの口癖なのさ」
『平等にくじで決めよう』
裏声で店主は王様の口癖を真似てくれた。
「では、あなたのお子さんは?」
「病気でね、三歳で死んじまった……」
クリームパンを食べ終えた店主はパン屋へと戻っていった。私は二切れでピザを諦め、箱に仕舞った。
街を歩くと、ちぐはぐな格好の人々が歩いている。上は立派な貴族の服で、下はぼろぼろのズボンを穿く青年。安そうなドレスに高級そうな靴を履くご婦人。予想はできる。くじなのだ。
買い物は一定の価格で全てくじだった。
私は履けないハイヒールを持て余しながら、城の方へと向かった。どんな王様か、一度見てみたかったのだ。
門番の男に話しかけると、また例の箱を取り出した。
「会えるか、会えないかもくじなんですか?」
「もちろんです」
「王様に会えないのは『ハズレ』なのでは?」
「会っても『アタリ』とは限りませ……いえ、ハズレはございませんよ」
私は料金を多めに払い、くじを引いた。
「おめでとうございます!大当たりです!」
箱から手を引き抜く前に、門番の男は言い放った。
『謁見可』の紙を手に、私は城の廊下を歩いていく。案内をする女も開口一番「おめでとうございます」と言ってくれた。
玉座の前に、不自然に一脚の椅子が置かれている。とりあえず、椅子に座り、王様を待った。
十六時を知らせる鐘が鳴ると、細く背の低い王様が玉座についた。大きな王冠は小さな頭には少し重たそうだ。
「旅の者だったか。まずは、おめでとう」
高い声の王様だ。
「名はなんと申す?」
「ミカと申します。旅をしながら、記事を書いています」
「ミカか、つまり、私の国の記事を書くのだな」
「はい、面白い国だなと」
「もちろん、私の国が面白くないわけがなかろう」
「どうして、民にくじを引かせるんですか?」
「平等だろう」
「得たいものを得られないのに、ですか?」
「いつか当たるぞ」
「運次第と」
「ああ、この国にハズレなど存在しない」
「でも、私はクリームパンが食べたかったのです」
「何が当たった?」
「焼きたての食パンとマルゲリータピザです」
「大当たりじゃないか」
「そうですかね」
せり上がるような量のチーズの味を思い出しながら、首を捻る。
「この国は全て民に委ねておる」
「民の意思ではなく、運にですが」
「旅人よ、この国はこうして栄えたのだ。いつか良いものが当たる。その夢でこの国は回っている」
「民はくじを引き続けると?」
「ああ、私もくじを引いた」
「何のですか?」
「王子になったのだ」
――では、次の王子はいつ決まるのでしょうか。
それを口に出せず、私は城を出た。
ちぐはぐな格好の兵士の敬礼に、お辞儀を返した。
私はクリームパンが無性に食べたくて、この国を後にした。
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