第十話 喧嘩

 「おう、江里、ご苦労だったな」


 だらけた口調でそう言いながら近寄ってきた趙さんから明らかに二日酔いの形跡が見とれた。体調が悪いと言うのは多分二日酔いの事だろうと近くにいた者たちがそう確信した。

 

 「趙さん、女子達の出迎えの事、僕に伝え忘れてましたよね?」


 「おお、そうだった、でも皆揃ってるし、いいじゃねーか」


 「二度手間になるところでしたよ。今回の件、約束守ってくださいよ」


 「わかってるよ、今度李武のやつに頼んで仙丹作ってやるからさ」


 「お願いしますよもう、じゃあ僕は此処で失礼します、自分の修行も有るので」江里はみんなの方に振り返り「それでは、皆さん頑張ってください」とだけ言い残して、来た時と同じように走りながら去っていた。


 「で?、お前たち江里から何習った?」半開きな目で皆を見渡し、ポリポリ掻きながら、そう尋てきた趙さん。

  

 「仙人修行の基礎知識を習いました」近くに居た晧が答えた。


 「ふーん、そう、また長ったるい話をしてたんだあいつ、まあ俺の手間が省けてちょうどいいか」そう独り言の様に呟いた。


「ほい、じゃあ早速だが今日から霊気を体内に取り入れる修行を始める。皆演習場の方に移動しようか」


 趙さんは昨日と同じようにひとりでに演習場に向かって歩き出した、皆も昨日と同じように彼の後に次いで演習場に向かった。


 演習場は千人ぐらいなら余裕で入れそうな広さで、そこには誰もいなかった。


 「じゃあ、皆俺が見えるようにばらけて座って」趙さんは適当な場所を見つけると地面に座り込んだ。


 皆は半円形に趙さんを囲んで座った。


 「いまから俺のする動作を真似して」


 趙さんは座りながら両足の足裏を合わせて膝を開いた、背筋をのばして、両腕は自然にたれ下げた。親指と人差しで輪を作り、手の甲を膝の上にのせる。皆も彼の真似をする。


 「これがてんかた。覚えたら、次行くぞ次」


 今度は両足を胡坐をかくように交互に三角に組んで座り、両手の親指と四本の指を合わせて、おおきな輪を作った。


 「これがたいの型」


 趙さんは皆が真似したのを見てからまた姿勢を変えた。両つまさきで体をささえ、両手をのばして、まるでゴリラみたいに手の甲を地面につかせた。


 「これがの型、そしてこれが最後のこんの型」


 趙さんは最後に両膝を合わせて地面に座り両腕を膝を抱くようにまわして、そして天の型みたく両手の親指と人差し指で輪を作りその二つの輪を絡ませた。


 「はい、これが天、体、地、魂の型ね、この四つの型を最低でも毎日順番に十五分ずつ保つこと、そしてそれを二回、つまり二時間分やること、これが霊気を集める方法だ」

 

 天地創造の生命力ともいわれた霊気、皆どんな神妙しんみょうな方法でその霊気を体内に取り込むのだろうと期待を膨らませていた矢先にこんな老人が朝にやる体操みたいな動きを教えられて、皆大いに期待を裏切られた空虚感を感じざる得なかった。


 「あのー、趙さん」


 「うん?どうした大牛」


 「僕趙さんがしたような指の形を作れないのですけど、どうすればいいんでしょう」


 「ああそっか、お前左手の指なかったな、お前は本堂から教わった仙術で霊気を取り入れればいい、この方法は柳の試練に合格していないこいつらのための物で、お前は今までの日課をこなしていけばいい」

 

 「あ、はいわかりました」


 趙さんはおしりをパンパンはたきながら体を起こして、

 

 「さてと、『四形しけい』も教えたし、今から約束通り仕事の配分を行う。そうだな、昨日言った読み書きができる者達出てきて」


 と、昨日の四人を呼んだ。晧、聖、張元と彼の付き人が呼ばれて出てきた。


 「大牛、多米お前らもこっち来い」


 大牛と多米も晧たちに加わった。

 

 趙さんは農家のしごとや家畜の面倒役、料理役に木こり役から掃除役等、日常の生活で必要な労働を三百人余りの人に振り分けた。


 「いいか、ここは基本的に自由なとこだ、だが二つだけ守ってもらう事がある、まずは朝六時に起床すること、そして振り分けられた仕事を七時間することそのほかに余った時間は自分らで好きなことをするといい。仙人修行に関しては自分の好きな時間にやればいい、もし柳の試練に挑戦したかったら、あの道をずーっと行けば昨日の試練場に着く、そこで芭蕉扇を扇いでもしそれで柳が動いたら知らせにこい、わかったな?」

 

 皆の返事を待つことも無く晧たちの方を向いて、


 「そしてお前たちは昨日言ったように大牛と多米の教育をしてもらう、おっと、忘れるとこだった」


 趙さんは突然何かを思い出してまた視線を皆に戻した。


 「字が読めない者は朝の六時から九時までは読み書きを教える、明日から此処に六時に此処に集合な」


 そしてまた晧たちにに向かって、


 「大牛と多米も強制参加だ、他の四人、張元と...えっと..」


 「晧です」、「聖」、「小川こがわです、へへ」。晧、聖、そして張元の付き人の小川が名前を告げた。


 「お前たちは九時まで自由にしていい、そして九時から大牛と多米に更に三時間の読み書きを教えてくれ、その三時間はお前たちの労働時間として数えていい、残りの四時間分は....又明日決める」

 

 僕たちの仕事を考えてこなかったんだなとそう思った晧。

 

 「じゃあ僕たちは九時に此処にこればいいんですか」晧が尋ねた。


 「ああ、それでいい、その時間までは自由行動でいい。よし、じゃあお前ら俺についてこい、今から各自の仕事場に案内する」


 趙さんは皆にそういうなりいつものように歩き出した。もう彼のそんな行動に慣れた様に皆も彼をあひるの赤ちゃん達がお母さんの後を追う様に後ろからついていった。趙さんは竹の里の各所を回った、食堂、畑、飼育小屋等、各場所で仕事をしている人たちに新人だと言って仕事を分配した者達を残していった。最後は晧たち六人読み書き組が残った。


 「お前たちはどんな仕事がいいか...」そんな事を呟きながら考える趙さん。


 「そうだ、『倉庫』の掃除を任せる、ちょっとついて来い」


 趙さんに連れて行かれた先は、形は違えど大きさは晧たちの宿舎ほどの竹製の建物だった。扉を開くと埃が空中に舞い上がり、同時に濃厚なかびの匂いが晧たちに襲い掛かった。中に入るとそこは大きな部屋になっていた。そこに書棚が二つあり、本が数十冊ほど乱雑に放置されていた。そして驚くことは本棚から漏れ出したようにあたり一面に積まれている我楽多がらくたの量だった、そしてその我楽多の表面をさらに厚い埃が溜まっていた。


 「えー、此処は書館しょかんだった場所だったがなんせ竹の里に来る者は読書できる者が少なく余り利用されなかった、そんでいつの間にか倉庫化したわけだが、お前らにここの掃除を頼む、じゃあ後よろしく」


 趙さんはいかにも早くここから離れたく、晧たちに仕事を言い渡してそそくさに去って行った。


 六人はこの倉庫の掃除に取り掛かった。晧、聖、大牛、多米は物事を覚えた時から大人の手伝いをしていたから倉庫掃除はそれほど大それた仕事でもなく、四人とも黙々と仕事に取り込めたが張元はお坊ちゃん育ちでこの倉庫掃除は苦痛に見えた、付き人の小川さえ嫌気がさした表情で余り慣れない手つきで掃除をしていた。


 「なんで俺様がこんな下っ端見たいな事をしなきゃならんのだ」愚痴をこぼす張元。


 「そうですよ若、僕ら張府の使用人でもこんな仕事はやったことないですよ」


 「なあ、小川、明日からずっと此処でこんな事をするのか?この俺様が?」


 「そうでしょうね若、僕らはこれから毎日七時間分此処の掃除をされるんですよ」


 「そんなの耐えられるか!明日趙さんに会ったらまた袖の下を渡して再考慮してもらおう」


 「お前ら、愚痴言ってないで手を動かせよ」隣で聞いていた聖が刺々とげとげしい口調で張元達をせかした。


 聖のしっせきに対して張元は煩わしい顔つきで一瞥して、すぐさま小川との会話に戻った。


 「小川、今夜中にでも父上にもっと仕送りを用意するようにと手紙を用意しろ、明日趙さんに頼んで手紙を実家にだす」


 「はい、かしこまりました若」


 「お前らな、そんな汚い事ばっか考えてねーで、ちゃんと仕事しろよ」


 聖のしっ責にたいして不機嫌な顔を向けてきた張元、


 「お前鬱陶しいよさっきから、いい加減黙らないと、黙らせるぞ」

 

 「やってみろよ」


 「おいおい、何やってんだよ、喧嘩はよせよ」晧が止めに入ってきた。


 「趙さんにばれたらどんな処罰がまってるか分かんねーだろ、こんな事で破門でも食らった元も子もないだろ」


 晧の言い分を聞いた両者はお互いに睨み合いは続けていたが破門になるのは困ると思ったのかそれ以上の動きは見せなかった。


 「ふんっ、勝手にやってろ愚民ども、俺様は趙さんを探してくる」


 その言葉を言い残して、張元はきびすを返して倉庫を出た。

 

 「あああ!、待ってくださいよ若」


 小川も早足で張元の後を追った。


 「お前なんでそんなにすぐ喧嘩腰になるの?」


 張元達が去った後に晧が聖に問いだす。


 「うるせーな、あいつらが賄賂なんて汚い事しようとするからだろ」


 「賄賂をしようがしまいが、それはそいつらの勝手だろ、そんな他人事にいちいち首突っ込んで厄介ごと抱かえこむなって言ってんの」


 「あー、そうっだったな、お前もあいつらと同じ様にインチキで自分がとくに成るようなことしてたもんな」


 「はあ?! お前ふざけんなよ、なんで僕の事になるんだよ、一緒じゃねーだろどう考えても」


 「いい加減にしろよ二人とも、昨日喧嘩しないって約束したばっかじゃないか」多米が聖と晧の間に入り喧嘩を止めた。


 「聖、今回は君が悪いよ、晧の事はもう言わない約束でしょ、それに晧は彼らとは根本的に違うでしょ」


 大牛も多米の様に二人の仲ろ取り繕うとやってきた。


 「ふんっ」とだけ残して聖は掃除に戻った。


 聖と晧は重い空気の中でその日の仕事を終わらしてお互いに一言も喋らないまま宿舎に戻った。


 







     





 












     





 








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