第九話 仙人修行の基礎知識

 夜が明け、四人は朝の六時少し前に集合場所に着いた。他の人もちらほらと集まり六時前には男子陣全員が集合した、だが六時過ぎても趙さんは一向に姿を見せない。


 「なあ、趙さんってやつ何してんだよ、まさか寝坊とかじゃねーだろうな」しびれをきらした聖がそう呟く。

 

 「確かに、あの人昨日の素振りからして絶対低堕落な生活してるよな」多米も少し待ちくたびれて愚痴をこぼした。


 大牛と晧は苛ついた様子はなく、周囲の人々を伺っていた。大牛はいつもの無表情でどことなく泳いでいる目線で人々を眺めていた。大牛その表情を昨日も目撃した晧は彼がそんな表情をするときは女の事を考えているのではないかと疑問を抱くようになった。


 晧はこれから一緒に修行する男子陣を観察した。まさに多種多様な集まりだった。農民の恰好をした者が大多数、そのほかにちらほらといかにも落ちぶれた生徒風な恰好の者、そして張元ほどではないが身なりが明らかに他のものよりよく、見るからにいい家系の者達が数人いた。ほぼ全員が二十代そこらの若者で、晧たちの様なまだ十代初めの「子供」は晧たちだけだった。


 「おい、誰が来たぞ!」


 誰かがそう叫び、みんなが一斉にその方角に向く。昨日趙さんが去った方向からこっちに駆け寄る人影が見えた。趙さんかなと皆最初はそう思ったが、少しして、他の人であることが見とれた。坊主頭で東鉉とうげんと同じく袖がない服を着ていた。彼は物凄い剣幕でみんなの前にまで駆け寄ると両手を膝について、ゼハーッ、ゼハ-ッっと息を切らしながら、


 「み、皆さん、はぁはぁ、趙さんは少し具合が悪くなって、はぁはぁ、きょうは臨時で僕がお昼まで皆さんの面倒を見ることになりました、はぁはぁ」


 息を多大きく吸っては吐いて吸っては吐いて、少し落ち着きを取り戻した坊主頭は顔を挙げて改めて集まっているのが全員男子だと気付いた。


 「あれ?今年は全員男子?珍しいですね、女子が一人もいないなんてまるで軍隊ですね」


 「えっと、女子たちは昨日趙さんに女子用宿舎まで連れて行かれました」


 近くにいた晧がそう答えた。


 「えええ、じゃああの人、女子たちに此処に集合ってことは伝えてあります?」


 「え?それはわかりません、僕たちには六時に此処に集合って言ってましたけど、女子達になんといったかはわかりません」


 「まじですか?!、女子達は此処に来ること伝わってないのかも。あーもうあの人いっつもでたらめなんだから、ちょっと迎えに行ってきます」


 そういってまた来た道を戻ろうとした坊主頭、その時、


 「ああ!女子達が来ましたよ」


 と叫んだのは先ほどと同じ男だった。皆も彼の声に反応するように視線を坊主頭から挙げた。女子達が坊主頭と同じ方向からこちらに向かってきた。やってきた女子達は遅れた理由を説明した。なんでも趙さんは昨日彼女らを宿舎まで案内した後、別れ際に朝の六時に女子用宿舎まで迎えに来ると言い残したが、今朝待っても待っても彼が来ないので何事かと此処まで自分たちでやってきたのだ。


 話を聞いた坊主頭は額を手で押さえ嘆きながら呟く、

 

 「あの人そんな事僕には一言も言ってないのに。あああ、これだから早く東鉉さんの下で修行したい」

 

 そんな彼の姿をみて苦労してんだなと誰もがそう思った。


 はあーっと長いため息をついて、気を取り直した坊主頭は改めて自己紹介をした。


 「色々朝からごたごたしたけど、さっきも言ったように僕は趙さんの代理で昼まで君たちの面倒を見ることになりました。僕の名前は江里こうり、仙人修行を始めて今年で九年目、術式系の仙術を得意とする術師です。これから頑張る皆さんに一番重要なことを此処で伝えたいと思います」


 江里は深刻な口調と真面目な眼差しを皆に向けた。彼の言葉で場は静まり帰り、ゴクリと誰かが唾をのんだ音も聞こえるほど彼が話そうとする事に神経をとがらせて耳を傾けた。


 「一番重要なことは、絶対、絶対、絶っっ対に! 趙さんの門下には入らない事!」

  

 まさかの答えに皆唖然となり、そして同時に彼は趙さんの門下に入ってしまったのだろうかと頭にその疑問が過った。


 「いいですか、この事をよーく覚えてくださいね、まるで宝物の様に大事に胸にしまってくださいね」江里こうりはそう念を押してから一息ついて続けた、


 「ふぅ、それでは今から仙人修行とは何かについて説明したいと思います」


 皆再び真面目に彼の言葉に耳を傾けた。


 「まず、この世界に存在している霊気について説明しましょう。この世界が盤古ばんこ様によって天地開闢てんちかいびゃくのち、彼は力尽き倒れ、吹く息が風と雲になり、出す声が雷鳴になり、左右のめが太陽と月となり、四肢が東西南北となり、肌が大地となり、血液が川と海になり、汗が雨となりました。だからこの世界は彼の命でつくられており、この世界はそんな偉大な生命力で充満しています。生物は少なからずそ生命力を持って生まれる、言い換えればこの世界に生きるすべての者は盤古ばんこ様に生命を分け与えてもらっているわけです。そして霊気とはこの生命力の事です。仙人修行とはこの霊気を体内に吸収し溜め込むこと、そしてその溜め込んだ霊気を体内で目に見えない一種の力に変換する事、その力の事を霊力と言います。此処まで質問がある人は?」


 誰も質問がない事を確認してから江里は続けた。


 「この霊力を使って色々な、それこそ一般人からは思いもよらないような事が出来るようになります、たとえば、物の形を変えたり、姿を消したり、空を飛んだり、それらの事を仙術と呼んでいて、霊力はもとはと言えば万物を創造した霊気からできたものであり、使い方も無限に可能性があります、想像力と使い方次第では自分独特な仙術を編み出すことができます」


 「あのーそれじゃあ、その霊気を集めることができて仙術を使えれば仙人なんですか?」晧がそう聞いた。


 「いい質問だですね。霊気を集めて、霊力にかえてそれを行使して仙術を使う。でも、それだけじゃ仙人とは言えません。順を追って説明しましょう。

 まず仙人の中でも最高神に値する存在の元始天尊げんしてんそん霊宝天尊れいほうてんそん道徳天尊どうとくてんそんの三大天尊様。彼らは盤古が天地開闢した後に生まれた霊気の化身であるお方たちである、彼らに寿命はなく、また、伝説上の存在であり、実在するかどうかは定かではないのです。その下に君臨するのが真人しんじんとよばれる者達で、彼らは半永久的に寿命が長く、その霊力は天地変動を起こさせる程のものだと言われています。この他の者達は名称や実力が違えど全員仙人と一括りされています。たとえば、土地神や閻魔大王、龍王や玉帝ぎょくていなど全員役職も実力も違うが一言で言うと仙人ですね。

 我々の様なまだ仙人ではないが仙術を使える者を術師と呼びます、一つでも仙術を使えれば術師と呼べるのですが、それじゃあ仙人との違いは何かというと、仙人と言える者は人外の力を持った者を言い、『人外の力』の定義は飛ぶことであり、我々仙人修行をする者にとって他の動物や法器ほうきを借りずに、己の霊力だけで空を飛べるものを初めて仙人と見なされます」


 「法器ほうきって何ですか」又晧が聞いた。


 「法器と言うのは我々が使う道具の事、一般的な法器は霊力を使って強化したり、操ったりすることができます。ただ法器と言っても三等級に分かれていて、一番上の法器は霊寶れいほうと呼ばれていて、物によっては天地変動を起こすことも出来るぐらい珍しい物。その下に法寶ほうぼう、これは法器が仙人級の者によって大きな霊力で力が増幅したものを指します、そして一般的に我々が使っているほぼすべての物を法器と呼びます」


 (なるほど、王正さんの持っていた赤い木剣も法器か)と説明を聞いた晧がそう思った。


「それと術師の上に当たる天師と言う者たちがいます。彼らは霊力で法器を操り空を飛べる者達ですが、まだ自分で飛べない準仙人に値する者達ですね。これらの事を覚えておくといいですよ、将来もし本堂に入っても無知とバカにされずにすみますよ。」


 江里の最後の一言には苦さが滲み出ていた、基礎的な知識を趙さんに教えてもらえず本堂で笑いものにされたのだろうと皆が察した。

 

 そうこう言っている内に、趙さんがふらりとやってきた。



 

 

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