第三話 父の昔話 

 青州の東側に位置する山、鳳来山、その仙人が住む山下に位置する都市、宝山ほうざん市。

 宝山市からさらに東に行くと一日足らずで着く鉄魚てつぎょと言う小さな港町があった。


 その港町の砂浜に子供たちがたわむれていた。


「いけ、いけ、せい、やっちまえ、そのまま押し出せ!」


「お姉ちゃん頑張って~、せいなんかに負けるな~」


 砂に円形を画いてその中で小麦色に焼かれた少年少女が取っ組み合いをしている、周りで声援せいえんしている子供たちも円の中の者たちと同様に日焼けしていた。

 聖とよばれた男の子は正面から相手の腰に両手を回し力任せに円の外へ押し出そうとしていた。押された方は瞬時にがぶりの大勢をっとた。二人は『人』の字となり、聖の押す勢いはその相対する力に相殺された。すかさず、腰をつかまれている女の子は自分の体重を容赦なく聖の上に落とした。


「ぐぅうう」


 聖は頭から感じるのしかかってきた重みに耐え兼ねて、地面に顔面直撃を防ぐため反射的に両腕を放し手上半身を支えた、その瞬間首に蛇のように細く長い腕が巻き付いた。

 女の子は首に巻き付けた手でもう片方の手首をしっかり掴みそのまますわりこみ、長い両足を聖の腰に絡み付け前首締ぜんぽうくびじめをかけた。


「があぁ、参った、参った」


 首を絞められあっけなく降参する聖。


「ああぁぁあ!、また聖の負けかよ!?」


 自分達の中で一番強い聖がまたもや敗北したのを目にした男の子たちはため息を漏らした。


「へへ、また私のかち」


 聖の首を放して得意げにそう一言残した女の子は、余裕な表情をして応援していた妹のもとに歩み寄った。男子集団も聖に駆け寄る。


「お姉ちゃんまた勝ったね、今回で何勝め?」


「さあ、覚えてないや、おいお前たち、私は今日で何勝した?」


 野次馬たちに挑発的なしつもんをする、落胆している男子集団にその質問は侮辱にしか聞こえなかった。


「十六だよ、十六勝だよ!」


 はぁはぁ、ぜぇぜぇとあえぎながら仰向けに寝ている聖が悔しさが滲んた声で男子集団より先に彼女の戦果を答えた。


「十六勝かぁ、あんたも懲りないね。このままじゃいつまでも負け続けるはめになるよ」


 聖は女の子を睨みつけながら体を起こした。


「いいか李墨りぼく、次こそは勝つからな!」


 そう言うなり立ち去る聖。


「覚えてろよこの男女おとこおんな

「今度こそ聖が勝つからな」

「そうだ、そうだ、お前なんかコテンパンだ」

「このバーカ、バーカ」


 男子集団も口々に負け惜しみを吐いて聖の後を追いかけた。

 それらの後ろ姿を見送りながらやれやれと軽い吐息をする李墨。


「ねえ、お姉ちゃん帰ろ。帰ったら私の武術の特訓にも付き合ってね」


「ふぅ、いんがこれ以上強くなったら聖のやつより先にお姉ちゃんに勝っちゃうんじゃないか?」


「へへ、お姉ちゃんには流石にまだ叶わないよ、でも聖のやつよりは強くなりたいな。あの力バカ、毎回力任せに行動するから私がもうちょっと大きくなったら勝てるのに」


 李墨は十三歳、妹の李韻りいんは十歳。最近薄っすらと女性っぽくなった長身な姉に比べると、李韻の幼稚さがより顕著けんちょだった。聖は李墨と同じ年で日頃は漁師の父の仕事を手伝っているおかげで李墨ほど身長はないが、体つきはがっちりしていた。


 聖との勝負の発端は李韻にあった。李家は有名な武道家の家柄だった、李家の主、李文りぶんは若いころ何度か大きないくさで戦果をあげ、青州の州牧しゅうぼくから李の姓をいただいた武将であった。戦場を離れた後、李文は宝山市まで流れ着き、当地の女性と所帯を持った。李文は跡継ぎになる男の子が欲しかったが、二人目のあと三人目はできなかった、妻が病にかかり寝たきりになったのだ。だから、長女に『李墨』と言う男の名をつけ、幼い頃から武術、剣術、兵法などを習わせた。李韻も姉と同じように武術を習っていたが李文は末っ子には姉のように厳しくあたらなかった。

 妻の休養のために混雑した都市を離れ、二年前にこの鉄魚てつぎょ町に住居を構えて引っ越してきた。


 ある日李韻は浜辺で取っ組み合いをして遊んでいる漁師の息子たちを見て、彼らに勝負を挑んだ。勝負形式はこの町の祭り行事の一つで砂相撲だ。砂場で円形を画きその中で投げ合うものだ。先に円の外に出たもの、もしくは参ったと降参したものが敗者。

 いざ勝負してみると李韻はあっさり勝てた。調子にのった李韻は手当たり次第に次々と男の子たちに挑戦して負かしていった。面白くない男の子達は自分たちのガキ大将である聖を連れてきた。


 いつものように可憐な技を駆使して聖に攻撃を浴びせたが、聖はダメージを受ける様子はなかった。聖は飛び蹴りを入れようとちゅうに飛んだ李韻の足と腰を掴、抱き上げ、円沿いまで行くと、そのまま場外にポイっと落とした。


 李韻はパンパンッと手をたたきはらって何事もないような態度の聖をみて、こみ上げてくる悔しさを我慢できずに大泣きしながら家まで戻った。大泣きの李韻を見て李墨は何事かと思い、事の成り行きを聞いた。李韻はまるで聖にいじめられたかのように姉に語った。李墨は自分の妹がいじめられたと思い込み聖に挑戦して彼を負かした。その後誤解はすぐ解けたのだが、聖は何分なにぶん自分と同じ年頃の女の子に負けたのが納得できず李墨に挑戦し続けた。そしてそれから李墨は聖を十六回も負かしてきたのだ。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「お父さんただいま」

「父上、今帰ってきました」


 家に帰ってきた姉妹は父親に挨拶をした。


 「お前たちまた海辺に行ったのか」


 「うん、お姉ちゃんが今日で十六回目の勝利」


 それを聞いて李墨を見る李文。


 「そうか、砂相撲もほどほどにな」


 「はい、父上」


 口ではあたかも砂相撲を反対しているように語る李文だが、手塩をかけて育ててきた娘が負け知らずであることに心中喜々としていた。


 「墨よ、私と書斎しょさいに来なさい、少し話がある」


 李文はそう言うなり書斎へ歩みだした。何だろうと思いながらも無言で父のあとについていく李墨。


 書斎に着いた李文は李墨に扉を閉めるよう命じ、書斎の椅子に座らせた。そして書棚の中から巻物を一つ取り出して無言で李墨に渡した。


 李墨はその巻物の中身を見た、その中には中年の男の絵が描かれていた。腕の立つ画師がしが高度の技術で描かれたその絵は、今にも動き出すかのような生命力を有していた。男は道士の長い法衣を身にまとい、拱手している。あごには長いひげが生えているが、なぜかそこ以外の口周りは全く髭が生えてなかった。見開いてる大きな両目は鷹のように猛々しく、常に目のあった者を威嚇しているように見えた。李墨は巻物の中のこの男がただ物ではないことは容易に連想できた。

 

 「父上、この人物は何者でしょうか」


 李墨かすかにこの男と李家に何らかの関係があると悟り、隣に座った父に問う。李文はすぐには答えなかった、何か悲しいことを思い出すようにどこともない空間を見上げながら話し出した。


 「その男の名前は李秀全りしゅうぜん、先代州牧の側近そっきんの道士であり、私の師匠でもあった男だ」


 「父上のお師匠様?!」


 李墨は今まで父親の師匠に関することは一度もきいたことがなかった、その上武将である父の師匠が道士だった事実に驚きを隠せなかった。李文は娘の思考を察したように小さく頷き、続けた。


 「州牧様から李の姓を頂いたのもその男の関係があったからこその事だ」

 

 新たな告白に言葉がでない李墨。李文は続けた。


 「私は両親を早くに亡くして、あてもなく露頭に迷っていた所にその男に拾われたのだ。それから兄弟子あにでし、今の李武りぶと共に彼の下で旅をしながら修業を始めた。李秀全は文武両道、さらに仙術まで習得している稀に見る全能的な人材だった。天才と言っても過言ではないだろう。私は仙術に関しては何の才能もなかったが武芸に関しては何とか努力でおぎなえた。皮肉なことに李武の兄者あにじゃは仙術の才能に恵まれていたが、争いごとを嫌い、すべての労力と時間を薬草や仙丹作りに費やした。 我々三人は旅先々にその地で起きた厄介ごとを解決していった。ある時は山賊どもをらしめたり、悪代官の悪事を暴露したり、又ある時は貧しい者に金銭をあたえ、李武の兄者あにじゃが作った薬草で病気や怪我をした者たちを助け、道中出てきた魑魅魍魎ちみもうりょうの退治もした。幾年がたち、我々三人は民間で話題にもなり、いつの間にか『救難きゅうなん李大師りだいし一行いっこう』と呼ばれるようになった。私は世直しをしている気分だった、お師匠様についていけば間違いない、そう信じて疑わなかった。そして青州に流れ着いたのが運命の別れ道になった。」

  

 李文は一旦間をおいて、深いため息をついてから続けた。


 「その時期、青州では内乱が起きていた、先代州牧の統治に不満をもった者たちが反乱の旗をあけて政権を乗っ取ろうと武力行使にでた。そのことに頭を痛めていた先代州牧様は我ら一行が青州にいることを知り、我々を『鎮海市ちんかいし』にある州牧府しゅうぼくふへ招き、助力してほしいと頼まれた。我々は全力で州牧様の頼みをまっうした。民間からを人を集め、短期間で優良な兵士に育て上げた。その兵士たちで小さな軍隊を作った。李秀全は最高指揮官、李武の兄者あにじゃは支援部の総統、私は将軍となり前線へ出た。その後二年に渡る戦の中で我々は戦果を挙げ、反乱軍の鎮圧に貢献したのだ。それを称えられ、私と兄者は師匠である李秀全の李の姓を名乗ってもよいと州牧様から恩恵を貰ったのだ。軍隊も正規軍の一つとして認可された。我々はそれから青州第一の都市『鎮海市』で役職を頂きそこに根を生やした」


 李文はまた間をおいた、そしてまるで昔の景色を目前にしているかのような険しい表情で続けた。


 「李秀全は州牧様の側近の道士になり、多大ただいな信頼と権力を手に入れた。そしてその権力で陰謀を成し遂げようとしたのだ。奴は長年密かに『食血玉しょっけつぎょく』と言う妖器ようきを完成させようとしていた。私は仙術の才能に恵まれておらず、その方の修行は諦めていたが、基礎の知識は熟知していた。仙術を扱うには霊気と呼ばれる目に見えない力が必要とされている。この霊気を体に取り入ることが仙人修行のかなめなのだ。だがそれには膨大な時間が必要だったが、李秀全はもっと早く有効的な手段を使って霊気を集めていた」


 「それがその食血玉?」


 「うむ。人間は生きているだけで知らず知らずの内に霊気を吸収している、もちろん一般人が知らずに取り入れた霊気の量はたがが知れているが、その少量な霊気を沢山集めれば大きな霊気となる。そしてそれを可能にしたのが食血玉。その小さなぎょくは人間の血を吸い取り、その霊気を溜め込むことができる。故に戦争は食血玉を育てる絶好な出来事だった。李秀全は戦場に残った死体の血を食血玉に吸わせていた、だが死人の霊気はほぼないに等しい、だから戦争中、我々の軍隊の最高指揮官の権力を用いて生きた捕虜たちの血ををその食血玉に吸わせてたのだ。戦争後、さらなる権力を手に入れた李秀全はより強欲に血を求めた。囚人たちや間違いを犯した者を次から次へと集め密かに食血玉の餌食にしていた。私は当時反乱軍の余力殲滅を任されており、反乱軍と繋がりが有ると疑いのある者達を片っ端から囚人として李秀全のもとに送り届けた。お師匠様なら公平な判断をされると信じていたからだ、彼らはすべて食血玉の犠牲者になるとは知らずに。そしてある日、鎮海市の薬房やくぼうで研究しているはずの李武の兄者が私のいた軍隊を訪ねてきたのだ。兄者は私から送られてきた囚人たちが次々と変死していくことに疑問を抱いた。何か異変が起きいてる、そう思った兄者は独自に調査を始めた。兄者は人なつこい性格で戦争中に重傷した者を多く救ったこともあり、広い人脈を持っていた。その人脈を使ってやっとのことで事を明らかにしたのだ。兄者は師匠のそのような悪事が信じ難く、また自分ではどうすることも出来ないと兄弟みたく育った私に相談してきたのだ。私たちは李秀全を止めることを決意した、だが我々ではまるで歯が立たたないのも分かっていた。李武の兄者は同じように仙人修行をしている者達に力を貸してもらえれば李秀全の悪行を止めることができるかもしれないと提案し、我々が知っていた青州の名のある数々な名山や洞窟を訪ねる事にした。その間私は何かと理由を見つけては囚人たちの出向を遅らせたのだ。李武の兄者の方は鳳来山から助っ人を頼み、我々は李秀全と対抗した。激闘の末、李秀全は取り逃したが食血玉は何とか奪える事ができた。李秀全はたちぎわに私と兄者に必ず復讐すると言い残し、姿をくらましたのだ。私と兄者は命の恩人で有り、恩師である李秀全を裏切ったことに自己嫌悪にかられた。もともと俗世のいざこざにを煩わしく思っていた兄者は役職を辞退し、鳳来山に弟子入りしたのだ。私も次第に仕事に専念できなくなっていき、李秀全の復讐にも恐れ、最終的には兄者を追うように宝山市に移り住んだ。それからお前たちの母親に出会い、今に至るわけだ」


 「そ、それでは李秀全は未だにつかまっておらず我々に復讐を企んでいるということですか」


 「そうだ、そしてここ数年、ずっと姿を消していた奴は活発な動きを見せ始めた。鳳来山からの情報では、奴もどこぞの妖魔たちと手を組み、全国各地から霊気を集めているらしい。神出鬼没な奴らだが、先月、奴らの一人を捕獲したらしい」


 「それでは、李秀全の居場所も突き止めたのですか」


 「いや、それは出来なかったそうだ、奴ら、自分たちに何かの術をかけていて、仲間の秘密を漏らせないように口封じしている」


 「父上は私にこのことを伝えたのは、私にも何かできることが有ると言う事ですね?」


 娘の感の鋭さに感嘆かんたんし薄い笑みを浮かばせる李文。


 「ああ、お前に鳳来山で仙人修行をしてきてほしい」


 

 

 


 


















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