こもれびの下で

野宮ゆかり

残された森

この国が生まれてから、どれだけの月日が経っただろうか。

アマテラスは、高天原から地上を見下ろし、大きな溜息をついた。

人類は酸素を生み出す装置を発明した。元素という概念が覆されてから数十年。人類は植物を必要としなくなった。「野菜」「果物」そういったものは全て人工の食物が取って代わった。

「昔はもっとみんな楽しそうだったのにな…。」

アマテラスの目に輝きはない。彼女の二歩後ろに佇むオモイカネが耐え兼ねて俯いた。

人間は皆政府の決めた場所に住み、決まった時間に起き、決まった場所で働き(と言ってもほとんどの仕事は機械がこなす)、決まった時間に寝る。人間は笑顔を忘れた。何時の間にか、機械よりも機械になっていた。無論星を眺めることも、空を見上げることも無くなった。化学は目覚ましい発展を遂げ、今は気象庁によって天気までもが管理されている。太陽神のアマテラス、天気を操るオモイカネが覇気をなくすのも当然のことであった。

「地上の神ちゃんたちはなにしてんのかなぁ…。」

アマテラスがぼそっと呟く。彼女の胸元には父イザナギから譲り受けた勾玉が、今の姿とは対照的に煌めいていた。

「そういえばイタケルノミコトから手紙来てましたよ」

「イタケル…あぁ、木の神ねぇ、、。もう木なんてないのによく消えないわねぇ」

「えーっと、オモイカネさんこんにちは。僕はそろそろ消えそうでお肌がヒリヒリしていますが、なんとか姿を保っています。なんでだと思います?そう、まだ森は消えていないんです。敦ヶ山、ここだけは地球の姿が残っているんです。みんなここにいます。オモイカネさん、アマテラス様、どうかお力をお貸しください。…ですって」


アマテラスの真紅の目に一筋の光が伺える。

「まだ森は…消えていない……?」

「どうされますか、アマテラス様」

アマテラスが久方ぶりに微笑んだ。初春の太陽が眩しさを増す。勾玉が光を浴びて七色に瞬いた。アマテラスが立ち上がる。漆色の髪の毛が風に揺れた。

「行くわよ、オモイカネ」

「畏まりました」

高天原と地上を結ぶ船に飛び乗って、一途敦ヶ山を目指す。二人の心は燃えていた。

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